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いらない二つ名

「チユ、お前を治療魔術学院(メディラカレッジ)から追放する!」

 大勢の生徒たちの注目が集まる。

 興味、驚き、哀れみと嘲笑。そして一部からの感謝の拍手と尊敬の眼差し。様々な感情を背に受けながら私は学院を後にした。

「お世話になりました」


 ――これは……昔の記憶。


「役にも立たぬ二級の魔法使いや魔女にチャンスを与え、王国に貢献する人材を育成する。治療に関する魔術や魔法薬学を学び、学院を創立し支援してくださっている貴族の皆様に尽くす。それこそがジェネリーク治療魔術学院(メディラカレッジ)の存在意義である!」

 でっぷりと肥え太り、見るからに不健康そうな学院長は事あるごとに言っていた。

 治癒に使えそうな魔法の才能を集め、教育と就職の機会を与える――。

 学院は一年間無料。だから私のような中途半端な「二級」の魔法使いや魔女が問戸を叩く。

 確かに有意義な授業や実習もあって、熱心な先生もいた。だけど崇高な理念とは裏腹に、実態はお粗末なものだった。

 上級国民に従順な「奴隷人材」を育成するのが目的としか思えないような思想教育が行われ、学院を経営する貴族お抱えの魔法使いが出入りし、我が物顔で補助講師として闊歩していた。

「いいかぁ! ボクちんは超エリート『準一級』魔法使いだぁ! ゆくゆくは学院長だから、お前らはボクちんの言うことを聞くんだぞう」

 準一級とうそぶく彼は「犬を治療する」魔法に長けていた。犬の怪我なら何でも治せた。貴族の奥方の飼う犬の治療を一手に引き受けていたので、気に入られているのだろう。そのことを常日頃から自慢する嫌な奴だった。おまけに言動も横暴で、生徒に対するパワハラ、セクハラはあたりまえ。

 男子生徒を「怪我の治療の練習だ!」と殴りつけ、可愛い女子生徒は「身体検査だぁ」と身体を触りまくる。数々の狼藉にも教師たちは見て見ぬふり。生徒たちも将来を考え、じっと耐えるしかなかった。

 私も我慢はした。けれどある日そいつに呼び出された私は「ボクちんの(たぎ)って大きくなった下腹部(ここ)を治療するんだ」とニヤニヤしながら迫られた。

 私は咄嗟に顔面にパンチを叩き込んだ。ノーモーションで一切の加減無し。「痛み」の魔力を拳に乗せて。

「ンギャァア!? 痛い痛いァアア!」

 もんどりうって倒れたそいつは絶叫し悶絶。

 準一級は魔法防御に優れていて強い、という噂はなんだったのか。拍子抜けして自分の拳を眺めたことを思い出す。

 やがて騒ぎを聞き付け先生や生徒たちが駆けつけた。そこで下半身丸出しで失神した魔法使いを見るなり学院長は頭を抱えて叫んだ。

「ジェ、ジェネリーク伯爵のご子息様になんてことを……!」

 魔法使いは貴族のご子息だったらしい。好き勝手できるわけだと腑に落ちる。


「治癒に関わる魔女が貴族様を傷つけるとは言語道断! お前の魔法は役立たず、呪われた魔女め! 恥を知れ!」

 ブチ切れられたものの事件は学院内で話題となり、世間にも漏れ聞こえた。流石のバカ貴族側も騒ぎを沈静化させたかったのか、私は処罰されずに済み、学院追放で済んだ。

 嬉しいこともあった。

 同様にセクハラ被害にあっていた女子生徒たちからは拍手喝采され、男子生徒からも「スカッとしたぜ」と親指を立てられた。内心、男子(おまえ)らも見てないで助けろよ、と思ったけれどどうでもよかった。


 学園を後にした後も仕返しが怖かったし、王都にはいたくなかった。

 そのころ王都では「月が落ちて世界が終わる!」という話題でもちきりだった。田舎に疎開すると王都を脱出する人たち、貴族も保養地に逃れる者が後を絶たない。その混乱に乗じ、ミーミルと私は旅に出ることにした。


 旅は楽しかった。相棒のミーミルと一緒に、あてどもなく歩き回った。お金が足りなくなったら稼ぐ。こんなにも世界は広く、自由なのだと知った。


 それに友達も出来た。

 アプローラとメラル。

 もっとはやく出会えたらよかったのに。


 だけど旅先にも嫌な奴はいる。

 邪魔をする者、行く手を阻むヤツ。今度は黒紫の魔女だ。怖い。関わりたくない。それでも私が私であるために、自由でいるために、なけなしの勇気を振り絞る。

 戦うしかない。

 あの時、貴族を殴ったように、こいつを倒さなきゃ前には進めない。

 魔法を叩きつけると目の前から黒紫の魔女が消えた。


「……夢……?」


 見知らぬ天井……。

 眠っていたらしい。 

 そうだ思い出した。黒紫の魔女オプティヌラ。彼女と戦って私は……。

 あたりを見回すと綺麗な部屋の中だった。

 漆喰の白い壁。机と姿見の鏡。窓辺に飾られたお花。おそらく宿屋の一室だろうか。

 アプローラを運び込んだ天幕の簡易テントとは違う。

「チユ、気がついたっス!?」

「メラル……ここは?」

 茜色の髪を後ろで結ったメラルが、心配そうに顔を覗き込んできた。

「海祭り実行委員会が手配してくれた宿屋ッス」

「……暗殺者ギルドの地下牢かと」

「もう心配ないッス。万事解決、チユは英雄ッス」

「冗談」

「冗談じゃないッス。チユのおかげで黒紫の魔女は再起不能! 仲間の魔法使いも全員、衛兵さんたちが逮捕していったッス」

 事態が飲み込めない私に、メラルはいろいろと説明してくれた。ポポロノイカの自治政府、祭りの運営委員会から「黒紫の魔女一味」の逮捕命令が出ていたとか。違法賭博ギルドが、トーナメントの試合結果を意のままに操ろうと貴族の一部と結託、送り込んで来た「最強の刺客」だったらしい。


「メラルもアプローラも無事でよかった。ミーミルは?」

「動けなくされたオラたちを助けてくれたのは、ミーミルだったっス!」

 メラルが目を輝かせた。

「ミーミルが?」

「馬屋を飛び出して人混みを縫って駆けつけて、魔法使いをブッとばしてくれたっす。アプローラの話では『チユはどこ!?』って探しにきたらしいっス。友情パワーッスね!」

「そっか……」

 竜馬の脱走を追いかけてきた衛兵さんたちが、アプローラとメラルの被害の訴えを聞いてくれた、とメラルは付け加える。


「なんでもミーミルとチユを知っているって。ゴドモスとマックシ……だか。ごつい衛兵二人組ッス」

「あぁ、あの人たち」 

 不思議な縁があるらしい。魔法のお導きというやつかしら。

 あとでお礼を言わなきゃ。でもよかった。ミーミルにもお礼をしなきゃ。


「チユ!」

 ドアが開きアプローラが飛び込んできた。ベッドのうえに起き上がった私に抱きついてくる。甘い髪の匂いがする。

「アプローラ」

「気がついた!? よかった! ミーミルは私が宿屋の下に預けてきたから大丈夫、元気だよ」


 みんな無事。ならば街を脱出だ。

「……街から逃げた方がいいよね」


「心配ないよ、衛兵さんたちもいるし、街のひとも運営のひとたちも味方だよ! チユのこと英雄だって誉めてた。祭りのあとで領主さまにも表彰してもらえるかもって」

 なにそれ目立ちたくない。

「やっぱ逃げよう」

「大丈夫ッス!」

 私の手をにぎるメラル。そしてアプローラが顔を寄せてきた。


「……チユ知っていた? 黒紫の魔女のこと」

「オプティヌラ?」

「そうその魔女! 彼女ね、準優勝(・・・)した鞭の魔女、サディルトさんの妹さんなんだって」

「それ……本人が言ってた」


「準一級ってのは昔の話。人を呪い殺したのがバレて、王立魔法協会から懲罰をくらい、準一級を剥奪された魔女だったッス」

「剥奪……」

「両腕の『呪痕(じゅこん)』は魔法を封じるためのものらしいっス」


「お尋ね者だったって衛兵さんが教えてくれたわ。チユも危なかったって」

 驚いた。

 彼女はお尋ね者だったなんて。

 闇に生きるしかなかったオプティヌラは、姉の優勝を、準一級の称号を手に入れることを願い、密かに手を貸そうとしていたのだろうか……。


「あたしも驚いちゃった。あの魔女(ひと)、自分の『呪痕(じゅこん)』を改編して封印を解いて、防御につかっていたんだって」


「そんなことが」

 いろいろと合点がゆく。

 二つの魔法を持つ黒紫の魔女オプティヌラは、彼女なりに工夫していたのか。魔法封じの『呪痕(じゅこん)』を逆に利用。対魔法防御に転用するとは……。

 私は少なからず感銘を受けた。もちろん口には出さないけれど。


「今やチユは『準一級魔女キラー』ッス。トーナメント優勝者にも勝てるんじゃないかとオラは思うッス」

「な……なにそれ」

 いつのまにか要らぬ二つ名が付けられていた。なんだキラーって。


「ご飯もご馳走してくれるって。ミーミルも下で待っているから、元気になったらチユもいける?」


 気がつくと日が暮れかけていた。

 窓の外には明かりが灯り、祭りの喧騒と軽やかな祭り囃子が聞こえてくる。


 ――チユ、聞こえる? 元気?

 ――聞こえるよ、大丈夫。

「ミーミル、いまいくね」

 私は寝台(ベッド)から立ち上がった。


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 辛くも窮地を脱したチユ。黒紫の魔女オプティヌラは、運営側の手駒だと思っていたのですが……。 ここは直感に従って街から脱出するのが吉だと思うのですが!? 予想ではオプティヌラが使い物にならな…
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