私の戦い
「ちょっと顔を貸しな」
私がまごついていると、混濁の魔女オプティヌラが口調を変えて凄んだ。
怖い。
幻鞭の魔女サディルトさんの妹。トーナメントで一番人気の魔女を陰で支えていたのは、思った以上に反社会的な魔女だったらしい。
しかも彼女は「準一級」と名乗った。
王宮や王国軍には「一級」と称される魔女や魔法使いがいる。彼らは神話級の魔法を使い、炎で岩を溶かし、氷の刃で鋼さえも切り裂くという。
準一級はそれに匹敵する実力を持つ……という。
少なくとも街のバトルトーナメントで優勝経験があるということか。
「嫌です」
「お前の魔法に用があるんだよ、でないと可愛いお友だちを代わりに痛い目にあわせっぞ」
ドスの利いた声。
「うぅ」
「路地の奥へ進みな」
感じる魔力は、若い魔法使いを苦しめていた「致死性の呪詛」で間違いない。血を濁らせ、全身を麻痺させる。やがて死に至る恐るべき呪詛の臭い。
「アタイとお前でタイマンしようじゃないか」
これは……ヤバイ、やばすぎる。
怖くて足がすくむ。
全力で逃げ出したい。
だけど……逃げちゃダメ。アプローラやメラルが人質に取られているも同然だから。
ここは私がなんとかしなきゃならない。
でも、どうしてこんなことになっているんだろう。さっきまであんなに楽しくスッキリしていたのに。
恨めしさと恐怖心がごっちゃになって、胸の奥がモヤモヤする。今にも『痛み箱』が破裂しそう。
心拍数は急上昇、呼吸は浅くなりとても平常心でいられない。
――ミーミル……! ミーミル聞こえる? お願い……届いて!
ダメ、念話が届かない。
何かの魔法が邪魔をしているのだろうか。単に眠っているだけかもしれないけれど。
重い足取りで裏路地を進むと、表通りの喧騒が聞こえなくなった。気がつくと十五メルテ四方ほどの空間に出た。
「ここは人払いの魔石を四隅に配置、周囲から切り離したアタイのアジトのひとつさ」
黒紫の魔女が邪悪な瞳を私に向けた。
蛇に睨まれた蛙状態。
もう足が動かない。
逃げようにも空間は閉ざされている。薄いヴェールで覆われ、倉庫の壁に囲まれた空間は殺風景で逃げ場は無い。四角い空が遠い。
「お前の魔法を試してやるよ」
「試すって」
「決まってるだろ、暗殺者になれる素質だよ!」
「あ、暗殺者っ」
「とぼけるんじゃないよ、可愛い顔しやがって……。あんな呪詛を使える魔女が、カタギだってのかい? カマトトぶるんじゃないよ!」
呪詛!? 私の魔法が? カタギって何? このひと絶対なにか勘違いしてる。
「ちち、違い……」
「んだと!?」
「ひぃ」
「あの群衆のなか舞台の上を狙える高精度の魔法、一発で昏倒させる魔力、実に見事なものじゃぁないか……? アタイの姉貴より……よっぽど見所がある。……同業者だろ、お前」
品定めするように目玉をギロリ、そして舌なめずりをする。
「だから違うって」
彼女から逃げ、後ろに下がっているうちに壁際に追い詰められた。互いの距離は10メルテほど。
「痛覚呪術の使い手かい? どんなふうに殺すのか、アタイが試してやるよ」
「貴女が友達を狙っていたから、それで」
咄嗟に放っただけ。
目立ったのはやはりマズかった。暗殺を生業とする魔女に目をつけられてしまった。
試合会場に潜み、試合の勝敗を意のままにする黒幕。誰かに雇われているのか。とにかく闇の世界で蠢く魔女だ。
カラスの濡羽のような髪、黒紫の革の服は悪魔のようで、瞳には邪悪な光が輝いている。
「アタイの顔に泥を塗ったんだよ? わかっているんだろうね?」
「そんな」
私たちが「黒紫の魔女」と呼んでいた呪詛使い。致死性の恐るべき呪詛を放つ魔女に、私は完全に絡まれている。
「……チユ、といったね」
「はっ、はひ」
「アタイらの仲間にならないか?」
声色を柔らかくして、彼女は言った。今までの圧迫から一転、懐柔するように猫なで声で。
「仲間」
「そうさ、この街の裏家業。その中のアタイはトップだからね。口利きをしてやるよ、どうだい?」
髪をかきあげる腕に刻み込まれた呪痕。
魔法を無効化する効果がある。メラルの幻炎を消し去った。
でも今、このひとはなんていった?
仲間?
仲間にならないか?
なんで? どうして暗殺者に誘われなきゃならないの。
冗談じゃない。
段々、腹が立ってきた。
「嫌です」
オプティヌラは途端に眉根をよせ、鬼のような形相に。
「あぁそうかい! 惜しいね、殺すには実に惜しい。その才能と命を……無駄にする気かい。その気になれば金だって、いくらでも手に入るってのに」
おそらく最後通告だ。
以前も似たようなお誘いを受けた。あっちは貴族お抱えの商売人だったけれど、今度は暗殺者?
今はどこでも人材不足なのかな。
バカバカしい。
「仲間になんてならない」
まっすぐに見据えて拒絶する。
私は自由な旅がすき。
どこまでも広い世界を旅したい。
こんなゴミゴミした汚い欲望の街で、這いずり回りたくなんてない。
「それが答えか」
「クソくらえ」
言っちゃった。
ビキッ彼女の額に青筋が浮かぶ。
「じゃぁ……死にな!」
オプティヌラは腕を突き出した。予備動作を含めて二秒ほど。腕全体が黒い霧につつまれる。蛇のような渦巻く呪詛をまとい、それを放ってきた。
身を翻して避ける。だけど左腕に切り裂かれたような激痛が走った。
「ッく」
叫びそうになるのを我慢し、距離をとる。
痛み箱、お願い……!
痛みが徐々に消えてゆく。呪詛のどす黒い魔力が左腕にまとわりついている。致死性の呪詛だ。痛みは消えても痺れは残り、皮膚や指先が青黒く変色しはじめている。
「ギャハハ! 初撃を避けるとはね! センスあるじゃないか。普通なら今の一撃で黒ずんで死ぬってのに! 呪詛と痛みに耐性があるのかい!?」
悪魔みたいにゲタゲタと嗤い、とがった爪の両手を私に差し向ける。
動け……私の足!
地面を蹴った。背後の空間がどす黒い雲のようなもので歪む。呪詛がボゥンと破裂する。
「ちょこまかと! 逃げ道は無いよ!」
「くっ」
私は振り返りざまに「痛み」を放った。狙いも威力も適当に、魔女に向けて。
「おっと、危ないね!」
魔女は両腕を自分の胸の位置でクロスさせ、私の放った痛みを叩き伏せるように防いだ。
――呪痕……!
「ハハッ……! いいねぇ、これか! 確かに痛い……だけど効かないね!」
ダメだ届かない。
足りないんだ。
本来、魔女が使える魔法は一種類。なのに腕の呪痕は相手の魔法を無効化できる。これじゃ「二つ目の魔法」を持っているようなもの。攻撃と防御、両方を持つに等しい。
あんなの反則だ。
やっぱり私じゃ準一級の魔女には勝てな……。
いや、弱気になっちゃダメだ。一級でもない限り完璧じゃない。実際、彼女の魔法には予備動作「溜め」の一瞬がある。
「気分が良いから教えてやるよ。アタイの混濁の呪詛はね、血肉を濁らせ朽ちさせる……! 解呪するにはアタイを倒し、魔力供給を断たなきゃならない!」
「ご親切に」
左腕の感覚が失くなった。段々と身体全体も重くなりつつある。呪詛は全身を巡り死に至らしめる。
おちつけ私。
息苦しくて、視界が狭窄する。とにかく呼吸を整えろ、考えるんだ。
あの魔女を倒す。
生き残る。
準一級とか、どうでもいい。私のありったけをぶつけてやる。そしてみんなで街を出る。ミーミルもアプローラもメラルもいっしょに!
「良い目だ」
私はいつのまにか戦うことを選んでいた。
「……」
深く呼吸をすると神経が研ぎ澄まされた。
逃げ出せないなら、戦うしかない。
生き抜くためにと腹をくくったのは何度もあった。相手は盗賊や強盗の比じゃない。命を奪うことを厭わない、邪悪な魔女だ。
相手を見据え、右の拳を握りしめる。
相手の余裕と自信は、強力な呪詛と、両腕の呪痕からくる防御力によるものだろう。
でも防御には耐久限界がある。完璧じゃない。現に彼女は「痛み」を感じていた。
つまり防御力を上回る魔法攻撃ができれば……。私の攻撃手段はひとつだけ。全力で「痛み」をぶつけるしかない。
オプティヌラは私の様子が勘に障ったのか、突如激昂した。
「二級以下の雑魚魔女が……! 覚悟を決めた顔をしたところで、アタイに勝てる気でいるのかい!?」
怒りまかせ呪詛を叩きつけてくる。
慌てて避け、地面を転がるように逃げまくる。
「はあっ、はあっ」
一瞬たりとも休ませてくれない。
ほんの三秒、いや二秒、時間があれは『痛み箱』を全解放、ありったけを叩き込めるのに……!
私にも別の魔法があれば。
相手にスキを生むような……そうだ!
「逃げるだけか、飽きてきたよ。そろそろ……朽ちて死にな!」
さっきよりも予備動作が大きい。圧倒的な有利からくる余裕ゆえか。腰の横で拳を握り、魔力をチャージ。両腕を突き出す動作、おそらく大技を放つ気だ。
今だ!
「オプティヌラ!」
私は叫びながら腰のポーチから丸薬を取りだし、地面に叩きつけた。
ぼちっと音がして魔法が発動する。
魔法の丸薬。
――相手や地面に投げつければ幻を見せるわ。うまく使ってね。
勇者崩れの彼氏と旅をしていた魔女、レルラーロさん。彼女が御礼にとくれた魔法の丸薬。
それは相手が望む姿の、幻を見せる魔法。
「あっ……姉貴!? どうし……いや違ッ」
混濁の魔女オプティヌラが一瞬驚愕し、目を見開いた。けれどすぐに幻、偽りだと見抜いたのだろう。怒りにまかせて呪痕の刻まれた腕を振るう。
「ふっざけるなガキがぁあ! アタイの姉貴の……フリなんざしやがってぇええ!」
幻を消した一瞬のためらい、崩れた体勢。
痛み箱、解放!
煮えくり返っていたお腹の底から、ありったけの魔力を解放する。これが私の、
「全力、だぁあああッ!」
渾身の拳にのせて叩きつける。距離は十メルテ、狙いもクソもない。必中の一撃を放つ。周囲の魔法のヴェールを巻き込んで、痛みの嵐が混濁の魔女オプティヌラを直撃する。
「なっに……ぎぁああああ!? ぐっぼ……べぇらぁああああッ!」
彼女の周囲で呪詛の逆流と、痛みの魔力が衝突。激しい竜巻となり黒紫の衣に包まれた身体を壁に叩きつけた。
「ゴボォ!? いッいぎゃあぁあああ!?」
「全部あげるよ」
続けざまに、左の拳、右の拳と打ち放つ。虚空を叩くたび魔女の身体が弾けた。
「いッ痛ッ、いい痛い痛いい! なっ……なんだこれは……こんな……ば……ガハッ……!」
絶叫し、吐血。
糸の切れた人形のようにずるずる……と地べたに崩れ落ちた。彼女の両目は白く白濁し、皮膚はひび割れ、髪が静かに抜け落ちてゆく。おそらく全身の臓器も、心臓も脳も、呪詛と痛みの魔力の逆流でズタズタになってしまったのだろう。
「はぁっ……はあっ……」
やった……。
勝った。
準一級の魔女に……!
「――チユ!」
「こっちッス!」
遠くから声が聞こえてきた。アプローラにメラル……! そして大勢の衛兵たちの足音が近づいてくる。
『チユ! みんなを助けたよ……!』
ミーミルの声も。
あぁ、届いていたんだ。
よかっ……。
意識はそこで途切れた。
<つづく>




