『痛み屋』のおしごと
「あなたが魔女のチユさんかね? 孫のラウルがお世話になったようですじゃ」
「膝小僧……男の子のおじいさん?」
村の入り口に差し掛かると、白髪の老人が笑顔で出迎えてくれた。
どうやら転んで怪我をしていた男の子――ラウルというらしい――のお爺さんだ。
「はい、黒髪の魔女様に助けて頂いたと。たいそう喜んでおりましたゆえ」
「いえいえ、それほどでも」
お互いにペコペコとお辞儀を交わす。
とりあえず友好的でよかった。
村に入るなり「魔女は出ていけ!」と石を投げられることだってある。大抵は先に商売をした魔女が何か「やらかした」とばっちりだけど。
自分が『治癒師』ではなく『痛み屋』つまり、痛みを取り除くだけの魔女だと告げる。最初に説明しておかないと、後々めんどうな揉め事になるからだ。
それでもご老人の態度は変わらなかった。
「こんな辺境の村に、王宮にしかおらんような治癒師さまなんぞ来てはくれぬ……。貴女のように痛みを和らげてくださる魔女さまなら、みな大歓迎じゃ」
「そう言っていただけると嬉しい」
これは商売になりそう。
今夜のごちそうにもありつける。
思わず金勘定をしてしまうけれど、ここは表情を引きしめる。
「長旅でお疲れでしょうが、すでに村の衆は広場で待っておりますのじゃ。ささこちらへ」
ラウル君が宣伝してくれたお陰で、すでに施術の希望者がいるらしい。人助けは他人のためならず。金は天下の回りもの。
「この子……竜馬も入っていいですか?」
「もちろんですじゃ、白い毛並みの竜馬は幸運を運ぶとされていますしのぅ」
魔獣の一種である竜馬は、大きな町だと入り口で拒まれることもある。お爺さんはちょっと気まずそうにそこで黙り込んだ。黒い竜馬は不吉。私が黒髪なことを気に掛けてくれたのだろう。
『ボクは幸運、チユは不運?』
「だまってなさい」
ぼす、とミーミルの横腹をつつく。
「何もない村ですがのぅ」
村の家々は茅葺き屋根で、道沿いに転々と並んでいる。白い漆喰の壁は可愛らしく、玄関ドアには花が飾られていたりして、穏やかな暮らしの様子が垣間見える。
草原地帯を流れる小川沿いにあるこの村は、牧畜が主な産業だとか。村に商店は数えるほど。雑貨屋と食堂、酒場と鍛冶屋。宿屋は無さそう。
今夜の宿が心配になる。誰かを助けてお世話になれるといいけれど……。
「今夜の宿は、うちに泊まるとよいですじゃ」
「まじっすか、お世話になります」
願ったり叶ったり。
ラウル君さまさま、思わず即答する私。お爺さんの腰や肩の痛みぐらい無料でとってあげないと。
歩きながらラウルのお爺さんから話を聞くと、ここはムスペルという村で人口およそ四百人。百世帯ほどが暮らしているらしい。
名君ノルド公爵の支配地域で、商売にケチをつけてくる魔法使いもいないとみた。
「あっ! チユねーちゃん! こっち!」
元気な男の子の声がした。向こうで手を振っているのは、膝に布切れを巻いたラウル君だ。
「やぁありがとうね」
村の中央広場は共同炊事場を兼ねていた。
二十メル(※1メル=1m)ほどの広場に、午後ということもあり暇そうな人々が意外なほど集まっている。
敷物を広げて雑貨や乾物を売る商人、薬売りの旅の商人もいる。
「ここ、おねーちゃんの場所ね!」
「あら素敵」
広場の中央、水場の横に古びたテーブルと椅子が用意してあった。地べたで商売をする人に比べたら破格の高待遇に恐縮する。
「ここで診てもらうとするかの。いまお茶と菓子を用意するでの」
「何から何までありがとうございます」
お爺さんは近くにいた老婆や、村人と何やら話している。その間に商売の準備を整える。
「ミーミルはそこでお座り」
ぺたんと座る竜馬に村の子供達が群がった。ラウルも目を輝かせて顔を近づける。
『チユ、ボク食べられちゃいそう』
「子供達と遊んでいて」
小さな子供達によじ登られるミーミル。その間に私は商売道具を取り出し机に並べる。
手書きの立て看板『痛み屋 ~旅の魔女があなたの「痛み」を引き受けます~』その下に『痛みは消せますが、傷と病気は治せません』と明記してある。
あとは『料金表』だ。
軽い傷は一回十銅貨。重傷者は銀貨一枚。
「よし」
そして旅装束の上着を整える。襟つきのチュニック風ドレスに、膝丈スカートとロングブーツ。シワを伸ばして椅子に腰かけ、髪も整えて準備よし。
「なぁアンタ、怪我を治せるのか?」
早速お客さんがきた。他の村人を押し退けて、のしのし歩いてくる。いきなりガラが悪い。
日焼けした顔、よどんだ眼差し。右の二の腕にぐるぐると包帯を巻いていて、包帯から血が滲んでいる。
「傷を治すことはできません。痛みを取ることならできます」
説明の看板に書いてるのに。ちゃんと読んでよ。
「なんでもいい。痛くて仕事になんねぇ」
眉間にシワをよせて脂汗を流し、辛そう。
「代金は銀貨一枚です」
「……高ぇな、仕方ねぇ」
何よ、エール酒二杯分でしょ。
テーブルに銀貨を置いたので、私は手をかざし痛みを引き受ける。
途端に右腕に激痛が走る。
「くっ……!」
かなり深い傷。刀傷ね。
どうして怪我をしたかは聞かない。ただ痛みを引き受ける。
痛くて脂汗がでてくる。最初から結構キツイのにあたっちゃった。
それでも十秒ほど苦痛に耐えていると、徐々に『痛み箱』に吸収され、痛みは引いてゆく。
「……お!? マジか、痛くねぇ! すげぇなアンタ!」
都合のいい笑顔を浮かべて腕を振る。
「き……傷口が開きますから、無理をなさらず」
「あぁ、ありがとよ。痛みがねぇだけで楽だかんな!」
男の人はそう言うと去っていった。
「村のものではありません……。商人の馬車に乗り込んできた男だそうで」
お爺さんがすまなそうに耳打ちする。
「代金は頂きましたので平気です」
それでも宣伝にはなったみたい。様子をみていた村人たちが顔を見合わせ、我先にと詰めかける。
「次は私に……歯が痛くて」
「ワシャ、腰が痛くてのぅ」
「はいはい、順番でおねがいします」
今日は大繁盛。これはいい感じ。
何人かの痛みを受け取って、次は若い女性の番。
「あの、お腹が……」
辛そうなのに恥ずかしそう。
「みなまで言うな。半額でいいです」
銅貨五枚だけを受け取る。
「女性の悩み、引き受けます」
辛い生理痛は何気に一番多い依頼。私は彼女の手を握り、痛みを引き受けた。
「……っ!」
ズンっと下半身が重くなる。泣きたくなるほど辛くて苦しい。この人、こんなの我慢してたんだ。
「あっ……楽に……楽になりました!」
「お……おぅ」
「ありがとうございます!」
キツかった。でも役に立てて嬉しい。
『チユ、そろそろ休んだら?』
子供達の遊具状態のミーミルもね。
そこへラウルのお爺さんとお婆ちゃんがお茶とお茶菓子をもってきてくれた。
「魔女さま、お茶をどうぞ。お口に合うといいですが」
「嬉しい……」
甘い素朴な小麦のクッキーとハーブティ。本当にほっと一息つく。
と、広場の向こうから男の人が近づいてきた。
疲れはてた雰囲気に息を飲む。まるで何か思い詰めたような表情をしている。
「魔女さま、頼む……ウチにきて妻を診てほしい」
「えっ、はい」
病気か怪我か、身動きできないのだろう。
すると私の横にいたラウルのお婆さんが、表情を曇らせた。
「……フェラウドさんや、あんたのとこの奥さん、そんなに悪いんかい」
「ずっと苦しんでいて。もう見ているのも辛くて……お願いです。金なら払います」
「魔女さま、この人の奥さんはずっと病で臥せておるんじゃが……どうだろうね?」
雰囲気からしてかなりの重病人らしい。もしかしたら命に関わる状態なのかもしれない。
傷はもちろん、病気も治せない。
けれど痛み、苦痛を取り除くことならできる。
「わかりました。案内してください」
私は、できることをするだけだ。
<つづく>