痛いの痛いの、頂きます
「痛いの痛いの、頂きます」
手をかざし「痛み」をもらう。
相手は男の子、転んで膝を怪我している。私は膝に軽い痛みを感じ、魔法が成功した事を知る。
「あれ? 治った、もう痛くないや!」
男の子はケロッとして立ち上がり、目を瞬かせた。転んで痛めたはずの膝小僧を見つめ、驚いている。
「けど、傷が治ったわけじゃないよ」
「そうなの?」
膝の傷からはまだ血が滲んでいる。私はポシェットから布の切れ端を取り出して、男の子の膝にぎゅっと巻きつけた。出来る範囲の応急手当て。
「あとでお母さんに消毒してもらってね」
「うん。ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
私は傷を治せない。
痛みは感じなくなっても傷はそのままだ。
私のスキル『痛み箱』(ペインボックス)は、他人から痛みを引き受ける。だけど傷口は塞がらず血は流れ続ける。場合によっては更に悪い事態を引き起こす事もある。
誰かが言った。お前の力は嘘つき、出来損ないのスキルだと。
そうだと思う。
傷や怪我を治せるのは『治癒師』と呼ばれる一級スキル持ちだけなのだから。
だけど痛みを消してあげることは、悪いことじゃないと思う。少なくとも男の子は元気になった。
「すごい魔法だね!」
嬉しそうに笑う男の子は、7歳かそこらだろうか。栗毛が可愛い。
背負った薪の重さのせいか荒れた道で転んでしまい、膝を怪我。道端で涙ぐんでいたところに、私が偶然通りかかった、というわけ。
転んだ拍子に撒き散らしてた薪を拾うのを手伝う。一緒に拾い集めて「背負い籠」に詰め込むと嬉しそうに頭を下げた。
「もう転ばないように、気をつけて」
「……お姉ちゃんって魔女?」
「そう」
本当は「魔女」と名乗るのは気恥ずかしい。
堂々と名乗れるのはアースフィア大陸魔法協会が認定する一級スキル保持者だけ。私の「痛み箱」スキルは二級扱いで「偽物」や「詐欺師」と陰口を叩く人もいるからだ。
「髪の毛が黒くてキレイだし、かっこいい」
そう言われるとちょっと嬉しい。
「でも色は魔法とは関係ないの」
「ふぅん?」
髪の色で魔法使いかどうかわかる、というのは俗説に過ぎない。
肩にかかるほどの黒髪を指先で整える。身だしなみと肌と髪のお手入れは欠かさない。第一位印象は商売をするなら大切だから。
「あのね、このまえ村に来た魔法使いは赤毛で、その前に来た魔女は青い髪だったんだよ」
「じゃぁ私は黒髪の魔女ってことで」
同業者か商売敵かな。
同じように「流し」の魔女や魔法使いモドキは他にもいる。
占いや薬草を売るもの、時には呪や死さえも売り歩く。様々な商売をする人たちがいる。
「みんなに教えなきゃ! 痛いのを治す魔女のおねーちゃんが来たって」
栗毛の男の子は薪を背負い直す。
「あ、まって。お金」
手を差し出す。
子供だろうと代金は頂かないと。
それが世の中ってもんです。
「えっ、お金……?」
男の子は途端に困り顔になった。
「銅貨5枚」
「ぼくお金もってないよ……どうしよう」
貧しそうな身なりで、お金なんて持っているはずもない。薪を村で売っても小銭程度だろうし。
悲しそうにうろたえている。
もう、そんな顔しないでよ。
「なんてね。今日はサービスしとく」
「ホントに? よかった……」
素直にホッとする様子が可愛い。
「そのかわり」
「そのかわり?」
私はしゃがんで男の子と視線を合わせた。
どんぐり眼を瞬かせ、何を言われるのかと身構えている。
悪さをすると魔女に煮て食われるよ、なんてお母さんに言われているかもね。
「村に戻ったら宣伝してくれる? 『痛み屋』の魔女が来たって」
「うんっ! わかった!」
男の子は元気よく頷いて、踵をかえす。
草原と森の合間に小さな村が見える。
村の方へと駆け出してゆく。
「急ぐとまた転ぶよ」
栗毛の男の子は、足踏みしながらくるりと振り返る。
「お姉ちゃん、お名前は!?」
「私は、チユ」
旅をする『痛み屋』の魔女。
「チユ姉ちゃん、先に行ってるね!」
「うん、よろしく」
お代は宣伝してくれるってことで、チャラにしとくね。
去ってゆく小さな背中に手を振って、ゆっくりと後を追う事にする。
森を抜け最初に出会った第一村人が、あの子だった。良い宣伝になるといいな。
「おいでミーミル、そろそろ行こうか」
声をかけると竜馬が森の向こうから姿を見せた。
ニワトリを馬みたいに大きくした容姿、二足歩行のトカゲじみた顔。全身はモフモフした緑色の羽毛で覆われている。
とっとっ……と軽快な足取りで寄ってくると、私に顔をこすりつける甘えん坊。
『おいしい草があったの』
もしゃもしゃと草を頬張り咀嚼している。
「これぞ道草を食う」
背中には鞍と左右に旅の荷物の入った大きなリュックがくくりつけられている。
旅の相棒、竜馬のミーミル。
『でもお肉も食べたい』
「自分で狩りでもしなさい」
『無理、血とか怖いもの』
「もう」
竜馬の野性的な見た目は、見掛け倒し。
陸生のドラゴンじみた姿でも、中身は子供と変わらない。
「ま、いいわ。村ですこし稼ぎましょ」
急ぐ旅じゃないのだけれど、路銀も少なくなってきた。今夜の宿とご飯の代金ぐらいは稼がなきゃ。
私とミーミルは心地よい風を感じながら、ゆっくりと村へ向かって歩き始めた。
<つづく>




