第二話 寒い夜の中
結果から言えば、公爵閣下はあっさりと母に罰を与えないと仰って下さった。
これまでそんな事を言って下さったことがないから、驚いた。
今の母はひどく衰弱しているから、これ以上罰を与えられてしまえば、どうなるか分からない。閣下のお言葉は、有り難かった。
「服を脱げ」
わたしへの罰として言われた言葉が、これだった。
さすがに固まった。
けれど、公爵閣下に嘲るように笑われた。
「何も全部脱げなど言わぬ。貴様の裸を見てどうする。下着姿になれ」
「………………はい」
仮に全部脱げと言われたって、逆らう選択肢なんてない。
言われたとおりに脱げば、ジロジロ見られた。
「顔立ちはいいから、もう少し利用できると思ったのだがな」
「体つきは残念ですからね。あのような小さな胸では、例え伯爵程度の男でも、引っかけるのは出来ないのでしょう」
公爵閣下に、ユインラム様に、嘲笑される。
「折角引き取ってやったというのに、役に立たぬ娘だ」
わたしは、唇を引き締めてうつむく。
「申し訳、ございません」
謝罪した。
別に望んで引き取られたわけじゃない。
その言葉は、表には出せなかった。
「リィカルナ、私がいいと言うまでそこで立っていろ。その間は食事も抜きだ。良いな」
「……寛大な処分、ありがとうございます」
わたしは頭を下げた。
寛大なのは事実だ。
一晩通して立たせられるのは初めてじゃないし、今まではそれと同時に母への罰も行われていたのだから。
※ ※ ※
なぜ、服を脱げと言われたのか。
その理由は、すぐに分かった。
「寒い……………」
両手で体をさする。
今は、春も近づいているとはいっても、まだ冬だ。夜は冷え込む。
昼間は暖炉が付いているけれど、夜は消される。
ここで働いている使用人たちは、わたしが立ったままであろうとお構いなしに、暖炉を消して、明かりも消す。
暗くなった室内は、あっという間に冷えた。
脱いだ服は、とっくに回収されている。
わたしは、下着姿でこの寒さを乗り切らなくてはいけないのだ。
「姉様…………」
耳に届いた声に、一瞬寒さも忘れて、口元が綻んだ。
弟のクリフォードだ。
「どうしたの、クリフ」
「姉様、あの、毛布です。使って下さい」
暗いからボンヤリとしか見えないけれど、クリフが何か大きな物を差し出しているようだ。
たぶん、毛布なんだろう。
本音を言えば、欲しい。
毛布を被れば、この寒さもかなり楽になるはずだ。
けれど、手を伸ばすわけにはいかなかった。
「……ありがとう、クリフ。でも、わたしは罰を受けている最中だから。毛布を使うわけにはいかないの」
「でも、姉様は何も悪くないじゃないですか! それにこんな寒いのに、そんな格好で……!」
良い子だな、と思う。
クリフがいたから、まだここでの生活もマシだった。
公爵閣下は、長男であるユインラム様が産まれた後、娘が欲しかったらしい。政略結婚に使える娘を欲した。
けれど、なかなか次ができず、やっと産まれた子は男だった。
そのせいか、公爵閣下は次男であるクリフには興味を示さなかった。
自分に自信がなくてオドオドしているけれど、それでも良い子に育ったのは、公爵閣下の影響を受けなかったからだと思っている。
正妻に娘が産まれず、外で手を付けた女性がいたことを思い出して調べてみたら、娘が産まれていたことを知った。
それで、わたしは、公爵閣下に引き取られることになったのだ。
わたしが、父親のことを知ったのは、まさに引き取られるその時だ。
公爵閣下は、冷徹な目をしていた。
『貴様には、私の役に立ってもらう。それ以外に貴様に存在価値はない。貴様が私の役に立たぬ何かをしたときには、貴様の母が代わりに罰をうける。いいな』
言われて思ったのは、「いいわけがない」だった。
けれど、それを口にすることもできなかった。
母と引き離され、母は閉じ込められた。
ほとんど事情を理解できないまま、一人取り残された。
次に母を見たのは、罰だと言ってムチを打たれて悲鳴を上げている姿だ。
この人たちの言う事を聞かなければ、母がひどい目に合うんだと、思い知らされた。
それからは必死だった。
必死になって、公爵閣下やユインラム様の命令に従い、その意に沿うように動いた。
でも、上手くいかない。
何回罰を受けたか、なんて覚えていない。
わたしのせいで、ひどく衰弱してしまった母が心配だった。
だから、これからの罰は、全部わたしが受ける。
吐く息が白い。
寒さが増してくる。
でも、母を思えば、こんな寒さは平気だった。