ユインラムのその後②
クリフと合流する前、もちろんアレクシス殿下にもその旨伝えた。
言わないという選択肢はなかったし、国王陛下にも絶対に言ってから行け、と言われた。
だから、話したけれど、ひどく心配そうな顔をされた。
「俺も一緒に行く」としばらく駄々をこねられた時は、弟がもう一人出来たようにしか思えなかったけど。
ムスッとした顔で、アレクシス殿下に言われた次の言葉に、弟感覚は吹き飛んだ。
「リィカ、殿下じゃなくて、アレクと呼んでくれ。そして……キスしてくれ。そうしたら、素直に戻りを待つから」
噴き出さなかったわたしを褒めて欲しい。
名前の呼び方は、とりあえずさておき、何てことを要求してくるんだ、と思った。
手を握られ、正面から目を合わせられる。
真剣な目に、降参するしかなかった。
「……アレク、様。その……頬でも、いいですか」
さすがに、その……口にする勇気はない。
妥協案を言ってみたら、不満そうな顔をしながらも、嬉しそうな顔だ。
「ああ。――拒否されなくて、良かった」
そっか、拒否するという手もあったのか、と思ったけれど、今さら遅い。
緊張して、何とか頬に口づけしたら、そのまま抱きしめられた。
驚いて離れようとしたけれど、ビクともしない。
「気をつけてな、リィカ」
「――はい」
優しい声に、自然に返事をした。
しばらく、そのまま抱きしめられていた。
本当に困るのが、殿下に抱き締められていると、安心できてしまうことだ。
その腕の中から、抜け出そうと思えない。
牢にいるときに、泣いているのを慰めてもらったのが、まだ尾を引いているのか。
甘えちゃ駄目だと、自分を奮い立たせないと、動けない。
どのくらいそうしていたのか。
腕に力を入れて、離れようとすれば、すんなり離してくれた。
「気をつけろよ」
「はい、殿下。……アレク様。行ってきます」
殿下と言ったら、不満そうにされたので、言い直す。
そして、わたしは王宮を出発したのだった。
※ ※ ※
王宮に戻ってくれば、真っ先に出迎えてくれたのが、アレクシス殿下だった。
その後、ベネット家に行く許可を取ったわたしに、当たり前のようについてきた。
国王陛下からの指示もあるから、ただついてきたわけでもないけれど。
「陛下から、正式にお前をベネット侯爵家の当主として認める書状を持ってきたぞ」
「ありがとうございます!」
殿下がクリフに言いつつ、書状を差し出す。
受け取ったクリフは笑顔を浮かべた。
今回の騒動で、ユインラム様は当主の座から引きずり下ろされて、新たにクリフが当主になった。
ユインラム様が当主をしていたのは、二ヶ月程度だ。
「あっという間だったなぁ」
つぶやくと、クリフが面白そうに笑った。
「最後に抵抗した兄様を、魔法であっさりやっつけたの、姉様ですけどね」
「あははははは」
笑うしかなかった。
暴徒、というか、反乱軍と呼んでもいい規模の軍が押し寄せている、というのに、それを迎え撃つ領主軍の中に、ユインラム様はいなかった。
どうやら、屋敷の中に籠もってしまっているらしい。
それじゃあ、士気が上がるはずがない。
領主軍を撃破した(ほとんど戦わずに降伏した)後、わたしとクリフ、他数名で屋敷に乗り込んだ所、そこにユインラム様が待ち構えていたのだ。
「クリフォード! リィカルナ! 貴様らだけは、許さん!!!」
こっちとしては、待ち構えていた事に驚いた。隠し部屋とか隠し通路とか調べていたのに、全部ムダになった。
指さして大声で叫んだユインラム様は、おもむろに魔法の詠唱を始めた。
「『火よ。彼の者を倒す円球と成せ』」
詠唱するユインラム様を、わたしは瞬きして眺めていた。
魔法を使うユインラム様を見るのは、久しぶりだ。
「《火球》!」
「《火球》」
放たれた火球に向けて、わたしも同じ魔法を使う。
使った瞬間に、家の中なのだから火は止めれば良かった、と思ったけど、心配はいらなかった。
ぶつかり合った火球は、あっさりその一方が消え失せた。
「あれ」
「ば、ばかな…………ぐがっ!!」
わたしの放った魔法は、ユインラム様の放った魔法をあっさり消滅させて、そのまま命中。
悲鳴を上げて、そのまま気を失っていた。
あまりに簡単に終わってしまい、拍子抜けだ。
過去、家庭教師の下で、魔法をぶつけ合った時を思い出す。
あの時も、自分が勝った。
けれど。
「……ユインラム様の魔法、ますます弱くなっちゃったな」
どうやったら、どんどん威力を弱くすることができるのか。
むしろ、その方が疑問だった。
気絶したユインラム様は、外から鍵のかかる部屋に閉じ込められた。
かつて、わたしの母がいた部屋だった。
※ ※ ※
「……ユインラム様は、今どうしてるの?」
それから数日。
さすがに気絶したままと言うこともないだろう。
ユインラム様がどうしているか、ということより、クリフが大変じゃないのかが気になった。
「最初、目を覚ましたときは、大騒ぎでした」
その時のことを思い出したのか、クリフの目が据わった。
「出せとか、俺が当主だ、とか、叫んでました。僕も忙しいし、人もいないし、一日くらい何もしないでほっといたら、少し大人しくなりましたけど」
「何もしないでほっといた……」
思わず言葉を復唱した。
それって、間違いなく、言葉通りだよね。
たぶん、食事すら出してない。
そりゃあ、大人しくもなる。
「でも、僕が外から声をかけたら、また大音量で叫んだんですよ。まだ元気ならいっか、と思って、もう一日ほっといたんですけど」
「……そう」
あっさり放っておく判断をしたクリフがすごいのか、一日食べなくても元気なユインラム様がすごいのか。
何とも悩ましい問題だ。
「その後はさすがに音量が下がってきました。それで、兄様にどれがいいかを選んでもらおうと思って、聞いてみたんです」
何を? と聞きたかったけど、クリフのニヤッという笑いがなんか怖くて、聞けなかった。
「国外に身一つで放逐されるか、このままここで餓死するか。最初はこの二択にしようと思ったんですけど、勘弁してくれ許してくれって言うから、もう一つ選択肢をあげました」
その二択って、どっちも行き着く先が同じだと思う。
最初の選択肢は、よほどスキルがあれば別かもしれないけど、まず無理だろうし。
ちょっと、ユインラム様の命乞いがどんなだったか、聞いてみたかった気もするけど。
「それで、三つ目の選択肢をあげました。この場で一生監禁されて、僕に生かされるか。言ったら、悩む様子もなく、あっさりそれを選びました。おかげで、今はすごく大人しいです」
「……そう」
他にコメントのしようがない。
つまり、ユインラム様を生かすも殺すも、クリフの機嫌次第、ということになる。
「でも、姉様からこうしろっていうのがありましたら、そうします。兄様に何かしたいこと、ありますか?」
むち打ちでも水攻めでも、お好きなものを、とニコニコ笑って言われて、ちょっと引いた。
クリフって、実はこんな性格だったんだ、と新しい発見をした。




