カルビンとの対話①
この対話は④まで続きます。
「リィカルナ様」
あるとき、そう呼びかけてきたのは。
誰か、なんて言わなくても、声だけでも分かった。
「カルビン様」
牢の柵の向こうにいる人の名前を呼ぶ。
元、わたしの婚約者。
そして、使用人……というよりも、ほとんど奴隷扱いで、この一年こき使ってきた人だった。
「あなたに、様を付けて名を呼ばれるとは思いませんでした」
まずそれをカルビン様に言われて、わたしは苦笑した。
確かに、わたしはずっと呼び捨てにしていたから。
「……心の中では、ずっとそのように呼んでおりました」
公爵令嬢らしい振る舞いを求められ、公爵閣下やユインラム様に認めてもらうために、必死だった。
カルビン様への命令口調での話し方は、その結果だった。
でも、それを口にしたところで、ただの言い訳だ。
「一年もの間、本当に申し訳ありませんでした。ユインラム様やわたしにこき使われて、大変だったかと思います。辛い思いもされたでしょう」
無言のままのカルビン様は、何とも言えない複雑な表情をしている。
何か言おうとしたのか、口を開いたけれど、結局また閉じてしまう。
だから、続けた。
「してしまった事は取り消せませんが、せめてお詫びをさせて下さい。何でも、わたしに出来ることなら致します。この場で平伏しろと仰るのなら、そう致します。何でも仰って下さい」
言って、頭を下げた。
そのまま下げ続ける。
やがて、カルビン様の押し殺した声が聞こえた。
「俺の使用人になれ、と言っても? 使用人として、俺の命令に従えと言えば、従うのか?」
頭を下げたまま、口を綻ばせた。
カルビン様がわたしと話す時に、「俺」という一人称を用いたのも、敬語を使わなかったのも、初めてだからだ。
喜ぶことではないのに、嬉しい。
「もちろんです。ただ、今はまだ罪人の身です。許されて、解放されてからになりますが、よろしいでしょうか」
深く、お辞儀をする。
普段している、上体を起こしたままの軽い跪礼じゃなく、使用人が主人に対してするような、深く上体を倒しての跪礼。
囚人服じゃ格好は付かないけれど、カルビン様に示せる最大の謝罪だと思った。
「……頭を上げて下さいませんか」
また敬語に戻っちゃった、と思いながら顔を上げる。
カルビン様は困った顔をしていた。
「あっさり頷かれて、逆に言った俺がどうして良いか分からなくなりました。調子狂うので、今まで通りに話していただきたいんですけど」
「えっ? えー、と……?」
まさかの要望。
今まで通り。今まで……って、どう話してたっけ?
あれをしろこれをしろと命じていたか、文句を言っていた事しか思い出せない。
「ぷっ……!」
アタフタと混乱していたら、噴き出すのが聞こえた。
見れば、カルビン様が面白そうに笑っている。
「カルビン様?」
呼びかける声が低くなるのは勘弁だ。
人が要望通りにしようとがんばっているというのに、なぜ笑うのか。
「申し訳ありません……」
謝罪の言葉を口にしたけれど、まだ笑いがにじんでいるからあまり謝罪の意味がない。
ムッとしていると、カルビン様は笑いをおさえて、わたしを真っ直ぐに見た。
「私に様をつけて呼ぶし、当たり前のように敬語で話すし、調子が狂うことばかりです。でも、今のあなたは、とても自然な感じがしますね」
先ほどまで笑っていたのと、言葉にすれば同じ笑った顔。
でも、先ほどまでとは違い、とても穏やかに、優しい笑みを見せたのだった。




