夢のスローライフ 【月夜譚No.163】
スローライフなんて、夢のまた夢だ。
避難した小山の上から火の海を見下ろして、彼は空虚な息を吐き出した。
そこは、小さな村だった。住民も家畜も多くはなく、皆で力を合わせて自給自足の生活を送っていた。
それが先刻、近くの森で大掛かりな狩りがあったとかで、逃げてきたモンスターに村が襲われたのだ。その内一軒の家屋から火が出て、結果としてこの有り様である。
ようやく、ここでならゆったりとした生活が送れるかと思っていたのに、どうやらそう上手くはいかないようである。
彼がこの村にやってきたのは、つい先月のことだ。
普通の生活――とはいえ、運悪くブラックな企業に就職して身も心もボロボロになった日常――を過ごしていたのだが、ある日駅で人身事故に巻き込まれ、気がついたら見知らぬ土地に立っていた。
きっとあの事故で自分は死んであの世に来たのだと思っていたのだが、どうやら事故の衝撃で地球とはまた別の世界に飛ばされたらしい。
漫画や小説のような展開に胸躍らせ、日本では謳歌できなかったスローライフを満喫しようと思ったのだが……。
彼はもう一度、溜め息を吐いた。この世界でも、前途は多難なようである。