第90話 チェラグニュール山脈3
メスティは更なる敵が来る前にたった今殺した二人の服を脱がして事態を確認する。そしてものの1分も観察しないうちにメスティはその答えを出した。
「魔力持ちを作る実験か。古臭い実験をまだやりやがって…」
「コケ?」
「人間は魔力持ちと魔力を持たない人間がいるんだ。そして基本的に魔力持ちの方が優秀だ。研究にしても戦争においても。だから昔から魔力を持たない人間に魔力を持たせる研究が行われているんだよ。アホな実験だよ。ろくに成功しないこんな実験に金をかけるなんてな。」
太古の昔から行われてきた悪しき研究。ただ歴史が証明しているように魔力を持たない人間を魔力持ちと同じにすると言うのは無理なのだ。それが可能なのは信仰系の魔導加護だけだ。
「よし、腹がたったからこの研究施設ぶっ壊すか。」
「コケ?」
「全破壊…は勿体無いから研究資料だけは頂こう。まあこいつら程度の研究資料が何に役立つかはわからんが……犠牲者たちの命を無意味にすることもないだろ。」
そこからのメスティとコカトリスの勢いは恐ろしかった。次々くる敵を難なく打ち滅ぼし、施設の奥へ奥へと向かっていく。
そして奥へと向かうにつれ、出てくる敵の強さが上がっていく。おそらくメスティたちの強さを知り、次々に実験体を解放しているのだろう。
だがその程度ではメスティたちは止まらない。それに所詮は魔力持ちにしたかっただけの実験体。本物の魔力持ち。しかも魔導の加護持ち相手にはただの雑兵だ。
そしてメスティたちは大きな広間へとたどり着いた。ここだけはただの岩壁ではなく、強度を上げられた鉄壁となっている。するとそんなメスティたちに突如拍手の音が聞こえてきた。
その鉄壁の向こう。わずかな隙間から大勢の研究者の姿が見える。
「素晴らしい。我々の研究成果相手にここまで圧倒的に立ち回れるとは。」
「実に見事だ。」
「けっ…お前らの研究がお粗末なだけだ。舐めた真似しやがって。」
「ハハハハ…まあ確かにあれらはお粗末なものだ。なんせアレらは研究初期にできた失敗作だ。」
「多少の防衛には使えると思ったがとんだ間違いだった。」
「いやいや、あれもなかなか強かった。彼らがそれを上回っただけだ。だから君たちに頼みたい。我らの実験の手伝いをしてくれ。」
「頭のおかしな奴らの手伝いなんかしたくねぇよ。」
「まあそういうな。君も楽しいと思うぞ。」
その瞬間、大きな揺れと共に鉄壁の一部が開き出した。そして開かれる扉の隙間をこじ開けるように悍ましい何かの巨大な手が現れた。
「けっ…頭も悪いし、趣味も悪いな。」
現れたそれは体長10mを超えるモンスターであった。これも他と同じように改造されている。だがこんなにも大きなベースとなる生物は一体なんなのか。メスティにはそれがわかっていた。
「7年前だったか?騎士団の派遣を拒み、討伐されたモンスターがいるって言う話は。アホな貴族が見栄を張るために大勢の人間が死んだって噂だ。」
「よく知っているな。話が早くて良い。我々がそのモンスターを有効活用してこうして更なる怪物を生み出したんだ。これぞ我々の最高傑作!…なのだが実はこれまでろくに戦闘実験ができていなかったんだ。君たちならば良い結果を得られるはずだ。頼んだよ。」
一人の研究者がスイッチを押す。そのスイッチはモンスターの中にある薬液の開封ボタンだ。今まで鎮静剤で大人しくされていたモンスターは今開封された興奮剤の影響により暴れ出した。
「くっそめんどくせぇ…キメラモンスターかよ。」
「コケ?」
「はぁ…まあいいよ俺やるよ。最高傑作って言うならこいつと遊べばここにいる奴らのレベルが測れる。」
ため息をつきながら歩き始めるメスティ。するとそんなメスティ目掛けてそのモンスターは拳を振り下ろした。金属床を凹ませるほどの強打。血と肉片が飛び散る。
その血肉を見たモンスターはさらに興奮したのか連打を始める。その様子を見た研究者からはため息が漏れた。
「なんとあっけない。実験にすらならないじゃないか。」
「もうこうなったら王都の騎士団相手にしなければ実験すらできないのでは?」
「確かに。計画を早めるように打診するか。」
ハハハと笑い声が漏れる研究者たち。しかし一人の研究者が異変に気がついた。飛び散る肉片の量があまりにも多いのだ。人間一人の量ではあり得ない血肉が飛び散っている。
そして研究者たちも、モンスターもようやく気がついた。飛び散っているのはさっきの男の血肉ではなく、このモンスターの両拳であると。
「あ〜もう!気持ち悪い!自分の手が壊れていることくらい気がつけよ!モンスターの死体使ったから痛覚とか触覚とか色々ダメになってんじゃんか。痛覚はちゃんと残さないとダメだろ。何が起きているかわからず殴り続けているし…知能が低すぎる。」
「ば、馬鹿な…こいつの一撃は岩をも粉砕する…」
「たかが岩だろうが。その程度じゃ俺の体には傷一つつかねぇよ。」
メスティは自身を覆っていた魔力を弾く。そこには汚れひとつついていないメスティの姿があった。
その瞬間、モンスターはわずかに残っていた本能でこの男と戦う場合ではないと考えた。今はこの失った両拳の血肉を補うのが先決だと。
そしてその拳を後ろにいるコカトリスへと向けた。こいつで失った血肉を補おうと。
「コケ。」
だがその拳はため息のように出た声と共に繰り出された前蹴りによって吹き飛ばされた。
「な…なにが……」
「う〜ん…お前らダメだな。モンスターの死体を使ったせいで痛覚は残ってないし、本能的な相手の強さを感じ取る部分も欠落している。唯一残っていた本能が食欲って時点で終わりだろ。」
「何が…何が間違っていると言うのだ!我々の研究は何も…」
「これ元のモンスターはオーガって種別のやつだろ?脅威度はそこそこあるけど、今のこいつは元のモンスターよりも弱い。死体を使ったせいもあるけど、お前らがやったのって所詮ダメになった部分を補っただけだろ?まったく改良できてない。」
「そ、そんなわけがない!元のモンスターよりも遥かに良くなって…!」
「それに所詮はオーガ。うちのコカトリスの方が元々の脅威度は上だ。まあうちのは普通じゃないし…元々の格が違いすぎる。」
「コケ!」
「こ、コカトリスだと…コカトリスの尾は蛇のはず。そ、そいつはただのトカゲの尾!劣等種だ!」
「まあお前らじゃ理解できないだろうな。並にも劣る3流研究者ごときにゃ理解できんだろ。」
「コケコケ!」
馬鹿にされたことに憤慨したコカトリスは大きく息を吸う。それを見たメスティは慌ててその場を離れた。そして次の瞬間、広場を真っ赤に照らす炎がモンスターを包み込む。
本来のコカトリスではあり得ない火炎のブレス。竜化したコカトリスだからこそできる竜の息吹はわずか数秒の間にモンスターの体表を炭化させ、その命を奪い去った。




