第89話 チェラグニュール山脈2
コツ、コツ、コツ…
メスティの歩く音がトンネルの中をこだまする。このトンネルがすぐ終わるのではないかと不安だったメスティだが、想像以上にこのトンネルは長いらしい。
そして1時間ほど歩いてわかったのだが、このトンネルはところどころ登る場所がある。そしてその先には必ず家がある。
「まさかトンネルを周囲の家につなげているとはな。まあこれだけの吹雪が何日も続くから、そして鉱山の街ならではってことなんだろうな。そんでもって…俺の考えが正しければ…」
どんどん歩いていくメスティ。ただひたすら風の吹いてくる方へと進んでいく。すると徐々にトンネルが広くなってくる。そしてやがて大きな広間へと出た。
その広間には朽ち果てた木製の建物がある。さらにその先には幾つもの横穴が掘ってある。
「ビンゴ!ここはチェラグニュール山脈の鉱山だ。このトンネルは冬の間も鉱山で働けるように作った仕事場への道ってことだな。」
メスティはようやく目的地へ辿り着いたと知る。だがその表情はまだ浮かない。なぜならここはチェラグニュール山脈だからだ。
チェラグニュール山脈。山脈、つまり山々の連なりだ。メスティが知っているだけでもチェラグニュール山脈には30を超える作業場がある。
つまり目的となる場所は30以上ある中の一つ。これからその全てを見て回らなければならないのだ。最初の一つにたどり着いたからと喜んでいるわけにはいかない。
さらに言うのであれば目的となる場所は何か怪しいことに使われている可能性がある。そんな場所をなんの隠蔽もなく使っているわけがない。この吹雪の中隠された施設を見つけなければならないのだ。
「先は長いよなぁ…年内に終わらせてぇ……」
そしてメスティの廃探鉱捜索が行われる。そして結果から言ってしまえば何も見つからなかった。ほとんどの道は途中で崩落しており、一応崩落箇所を掘って先を確認したがそれでも何もなかった。
だがまだ最初の一箇所がダメだっただけだ。まだまだいくつも探す場所がある。しかし正直メスティの心は折れかけている。
「また吹雪の中に出ないといけないのか…しかも目視できないし、魔力感知も吹雪の影響でうまく働かないし…」
メスティはトボトボと歩きながら鉱山の出口を目指す。そしてようやく鉱山の外に出るとそこはここに来てから一番最悪の天候であった。この吹雪では自分の足元すら見ることができないだろう。
とりあえず笛を鳴らしてコカトリスが来るのを待つ。別れる前にコカトリスは周囲を探索してくれると言っていた。何か成果が出ていれば嬉しいのだが、そう上手くはいかないだろう。
そして時折笛を吹きながらメスティはコカトリスの到着を待つ。この吹雪では笛の音など聞こえなさそうだが、それでも一人でこの吹雪の中を歩くよりかは良い。
そして日も暮れた頃、コカトリスがやってきた。どうやらなんとか笛の音が聞こえたらしい。そんなコカトリスの口には何かが咥えられている。
「それは…スライムか?しかも…人造スライムか。」
「コケ。」
スライムとは製作形の加護持ちが作れる魔法生物だ。時折魔力溜まりからモンスターとして発生することもあるが、それはなかなか珍しい。
ただ今の場合は魔造核と呼ばれる核を持ったスライムのため、何者かが作ったスライムだと確定できる。
「この寒さで凍りついたのか。まだ生きているな。溶ければ動き出すだろうな。」
「コケ。」
「この人造スライムがどんな命令を受けているかわからないが、元の作業場に戻るはずだ。つまりこのスライムを追えば…こいつの主人の元へ行ける。」
「コケココ。」
「ああ、最高のお手柄だ。」
コカトリスのおかげで最高のチャンスを掴むことができた。さらに運が巡ってきたのか翌日は昨日までの吹雪が嘘のように晴れ渡った。
そして一晩かけて解凍された人造スライムを地面に離してやると一直線にどこかへ向かっている。
その方向へ人造スライムを運びながら目的地を探すメスティ。そして半日後、人造スライムは地面の隙間へと潜っていった。
「ここだな。」
「コケ?」
「お?じゃあ頼んだ。」
メスティがそう言うとコカトリスは地面を蹴り掘り始めた。飛んでくる瓦礫を避けながら見守るメスティ。
するとコカトリスは大きな破砕音を立てて何かを破壊した。そしてその瞬間、大きなアラーム音が鳴り響いた。
「おーおー当たり引いたけど、思いっきりバレたな。」
「コケ?」
「いんにゃ。なんの問題もない。」
アラーム鳴り響く通路へ降り立つメスティとコカトリス。そこは廃鉱山と言うにはあまりに綺麗な施設であった。
「おーおー随分良さげな場所だな。こんなとこに金使うならうちの村に出資でもしてくれよ。…さて、ここで何をしているか聞かせてもらおうかな?」
メスティが視線を向ける先。そこには覆面で顔を覆った2つの人影があった。そしてその背後にはまるで熊のように巨大な狼の姿がある。
「魔法改造生物か。その研究ってやる場合は国に申請必要なんだけど君たちちゃんと申請した?」
覆面の人影は声を出さずに合図を送る。その瞬間改造された巨大な狼はメスティの元へと走り寄ってくる。
「なるほどね。狼なら人間一人食い殺すのは容易い。ましてやそんな巨体の狼となればその脅威は尚更だろう。だけど…」
メスティに飛びかかる巨大な狼。しかしその狼はメスティの背後から繰り出されたコカトリスの蹴りにより木の葉のように飛んでいった。
「まあ所詮は改造された動物だ。本物には勝てないよ。」
「コケ。」
コカトリスの一撃で絶命させられた狼。だがそれを見ても二人の人影は何も動じない。それを見たメスティは嫌なことに気がついた。そして一瞬のうちに二人へと近づくとその覆面を剥ぎ取った。
「チッ!動物だけの改造じゃなくて人間までやってんのかよ。」
覆面の下には虚な目をした人間の姿があった。だが肌の色は健康な人間とはかけ離れている。そしてそいつらはメスティへと襲い掛かる。
人間離れした動き。体格というより、骨格そのものがまともな人間とは異なっている。一体どれほどの改造手術が施されたのだろうか。これを作るために一体どれほどの命を犠牲にしたのだろうか。
メスティは小さく息を吐くと一瞬のうちに二人の首を真後ろへと回転させた。一瞬のうちに絶命させられた二人は何もわからないような表情のまま崩れ落ちる。これが彼らにできるせめてもの救いだ。
「コケ。」
「大丈夫だ。別に初めてのことじゃない。だが…胸糞悪いな。俺にこんな真似させやがって。」




