第88話 チェラグニュール山脈
チェラグニュール山脈。それはかつてこの国最大の鉱山であった。最盛期は5万人以上の人々が採掘に訪れていたという。
この鉱山の影響で貴族になった者達も数多くいたという。しかし今となっては過去の話。荒らしに荒らされた鉱山周辺は全ての木々が伐採され、鉱山から掘り出された土砂によって埋め尽くされた。
ここはまさに岩砂漠。土砂の中に残っていた鉱物の影響で植物もろくに育たない不毛の地だ。
おまけに荒らされた山々は雨をろくに保水できず、雨が降るたびに土石流となって周囲を破壊している。もう人間が住むような場所ではない。
そしてこの地を訪れたメスティもチェラグニュール山脈の自然の猛威によって立ち往生している。
「この辺りは雪の降り始めが早いことは知っていたけど、ここまで荒れるなんて…」
「コケ!」
「そうだよな。もう少し天候が落ち着かないと何も見えないもんな。でもそう言ってから3日経ってんだよ。天気は一向に良くならないし、このままじゃ埒が開かない。」
大きな岩の下で寝泊まりしているメスティ。あまりに荒れ狂う天気に流石に動くべきではないとこの場に留まっているが、このままでは何も進まない。
「しかもまだここってチェラグニュール山脈の麓でも無いんだよ。このままじゃ着く前に年明けちまうぞ。」
「コケ、ココケコケ。」
「一か八かやってみるか?」
「コケ!」
メスティは覚悟を決めて荷物を纏める。天候は一切変わっていないが、それでも強行進軍する。ただ吹雪の影響で視界はほぼゼロだ。方向感覚が狂ってしまえば同じ場所をぐるぐる回って体力を消耗し、凍死する可能性もある。
「よし!それじゃあひたすら真っ直ぐだ!何があろうと左右にブレずにただまっすぐ進むぞ!」
「コケー!!」
メスティとコカトリスの強行進軍が始まる。ただひたすら真っ直ぐに進む。それ以外何もない。
そんな強行進軍は日が暮れても行われた。正確には日が暮れても休める場所が見つからないため、進むしかないのだ。
本当は雪でカマクラでも作りたいところだが、突風により積もった雪も巻き上げられている。カマクラを作るのに必要な雪がまるで足りない。
この突風と寒さでコカトリスの上に乗っているだけのメスティにも限界が近づいている。魔力を使って凍傷を防いでいるが、いくらなんでも限度がある。
コカトリスはこの天気の中必死に走ってくれているが、それでも一向にチェラグニュール山脈に近づいている気がしない。
そして時刻は日を跨いだ。未だ荒れている天気。眠気が襲ってきたメスティは眠らないように自らの太ももをちぎれる程、つねっている。血が滴るほどつねられた太ももがメスティの現状を現している。
そして再び睡魔が襲いかかってきた時、突如コカトリスが大きく鳴いた。
その声に驚いたメスティが見上げるとそこには今にも朽ち果てそうな家があった。
「今日寝泊まりするくらいは持ってくれよ…」
コカトリスから降りたメスティはその家の扉を開く。するとそこには雪があった。どうやら壁は残っていたが、屋根は無くなっていたらしい。
しかしこれだけ雪が積もっているのならばカマクラを作って寒さを凌ぐことができる。メスティは急いで穴を掘り始めた。
そしてメスティとコカトリスが入れるほどの広さをようやく確保できるとメスティはコカトリスで暖を取りながらようやく眠りについた。
そして翌朝。目を覚ましたメスティは外の様子を見て再びカマクラへと戻った。天候は相変わらず最悪。いや、以前に増して悪くなっている。
昨日のことで吹雪の中移動するのがどれほど危険か悟ったメスティは、穴を掘ってこのカマクラをより居心地の良いものに変えようとする。
「とりあえず今日はここで休もう。明日、もう少し天気が良くなったら出発する。」
「コケ。」
メスティによるカマクラ改築が行われる。とりあえず今は下へ掘り進める。ずっと中腰の姿勢はストレスが溜まる。それにコカトリスには中腰になれぬほど低い。
そして掘り進めていくと屋根に使われていたであろう幾つもの石の板が出てきた。どうやらこの家は壁から屋根に至るまで全て石で作られていたらしい。
そして壁は幾年も強風に耐えられるほど頑丈に作られていたが、屋根はこの強風に耐えられなかったようだ。
「この家がチェラグニュール山脈のなんの家なのか、どの位置に当たるのか知りたいけど無理そうだな。」
「コケ?」
「ん?風を感じる?どっかの隙間風か?いや…下から感じる。」
メスティは石をどんどんどかしていく。すると元々の木の床が出てきた。とはいえ木の床はとうに朽ち果ててふかふかの土のように掴み取れる。
だがその床の下に金属の錆びた板が出てきた。かなり丈夫に作られたと思われる金属の板はこれだけ錆びているのにまだ強度がしっかりとしている。
その金属の板に何かを感じたメスティは魔力で身体を強化してその金属の板を無理やり引き剥がした。するとその瞬間、床下から強い風を感じる。
「トンネルだ。風が流れるってことはどこかに通じているはずだ。」
「コケ!」
「ああ、やったな。これで吹雪の中を歩かなくても済みそうだ。」
メスティは荷物から布を取り出すとそれに燃料を染み込ませ、火を付ける。勢いよく燃える布から熱を感じたメスティはその布を穴の中へと落とした。
するとその布は燃え盛ったままゆらゆらと落ちていき、やがて地面に着いた。燃えた布は周囲を照らしている。
「深さは大人3人分か。ただ人間用の穴だからお前にはちょっと難しいな。」
「コケ、ココケ。コケコ。」
「そうか。まあ無理しなくて良いよ。何かあったら笛鳴らすから。」
メスティはそれだけ言うと穴の中へ飛び降りた。深い穴の底へ着地するとその着地音は穴の中をこだまする。
「さて、寒くはあるがこれならなんとかなる。色々探検させてもらおうか。」
 




