第84話 忘れられていたキュウリ
なんかいいね機能が追加されてる…いつの間にそんなSNSみたいになったんだろう。
「ぬ…ぬおぉぉ…」
「だ、大丈夫ですかメスティさん。やっぱり今日は休んだ方が…」
「だ、大丈夫だ…やれる……」
昨晩帰宅したメスティは怪我人だというのに今朝から普段通りに農作業に精を出そうとしている。しかしそれを見たガル達からは心配する声が漏れる。
そしてあまりに心配されるメスティは、これ以上は逆に迷惑をかけると一度休憩を取ることにした。するとそこへいくつかポーションを持ってアリルがやってきた。
「飲んでみてください。多少は楽になると思いますよ。」
「そうだな…痛み止め系のやつはあるか?」
「この辺がそうです。一度怪我の状態を確認させてください」
痛み止めのポーションを飲んでいる間、メスティの怪我の具合を確認するアリル。膨大な魔力をもつメスティならば普通の怪我ならば治ってしまうが、今回はそれが通用しない。
その理由は検診をしたアリルにもすぐにわかった。これはある種の疲労骨折だ。普通の疲労骨折は過度な運動を長期間繰り返したことによるものだが、これは過度な魔力による疲労骨折。
メスティの身体が耐えられる限界を超えた魔力を込めたことによる怪我のため、治療のために魔力を込めてしまうと逆に治りが遅くなる。
メスティのそれがわかっているからこそ、患部に魔力を行かせないようにして人間本来の自然治癒力に任せている。
「も〜…どんな魔力の込め方したんですか?自然治癒力をあげるような薬草を調合しておきます。ポーションが効かないんじゃその程度しかできませんので。絶対安静です!どうしても何かしたかったら部屋の片付けでもしておいてください。」
「はぁ…わかったよ。お片付けしておきます。」
アリルに怒られてしまったメスティは渋々その指示に従う。ただ家の中は日頃から綺麗にしているため、特に片付けはない。
そこで軽く掃き掃除をする。だがそんなものはあっという間に終わってしまう。そこでそこらへんに置いてあるものを確認して行く。
ただ農機具は普段から綺麗にしているので触る必要はない。その他のものも丁寧に使われているので何かする必要はない。
「本当にやることないな…こっちの箱は……ああ、米の…籾殻か。じゃあこっちは…米の糠だな。糠?」
メスティはその米糠を見たときにふと何かを思い出した。そして冷や汗を流すとその米糠の中に手を突っ込む。するとサラサラとした米糠の中にべちょっとする異物を見つけた。
そのべちょべちょの何を触れた瞬間、メスティは思わず大きな声を出した。それに驚いたアリルが慌てて家の中に入ると、そこには米糠まみれになったメスティが何かを持っている姿があった。
「ど、どうしたんですか?」
「こ、これ…すっかり忘れてた…」
「これ?…あ!キュウリ!!」
それはもう1ヶ月以上前に米糠で長期保存ができないかと試しに入れて置いたキュウリだ。最初の数日は様子を確認していたのだが、途中から皆忘れてしまっていた。
そんなキュウリは1ヶ月以上も米糠の中で放置されたため、水分が抜け出たのか濡れた米糠を纏っている。
「…捨てましょうか。」
「捨てる…お、俺の加護に引っかかる可能性が…」
「で、でも…それは……」
「い、言いたいことはわかる……でも…せめて一口くらい食べておかないと…そうすればきっと許してくれると…」
このままではメスティの魔導農家の加護の罰則事項、作物の廃棄の禁止にこのままでは引っかかる可能性がある。ただこの数年でわかったことだが、例えば作物の外葉を捨てることや、色の変わった葉を捨てること、収穫時から傷んでいた作物を捨てることは問題ない。
この作物の廃棄は決まりそのものが割と緩い。ただ今回のように収穫したものを長期保管できるか試して、そしてダメだったと捨てる場合はアウトな可能性が高い。というか完全にアウトだろう。
だがせめて一口食べれば許してくれる。そう信じてメスティは米糠まみれのキュウリを井戸水で洗いに行く。そして泥のようになった米糠を洗い流すと若干黄色くなったキュウリが現れた。
「そ、それ…絶対にアウトじゃ……」
「…胃腸薬の用意を頼む。言ってなかったが、キュウリがまだ何本かあの米糠の中にあるんだ。」
「せ、せめて見届けてから用意しに行きます。」
「ああ…俺の勇姿…見届けてくれ。」
メスティはキュウリにかぶりつく。だが米糠の中に1ヶ月以上放置されていたキュウリは水分が抜けてふにゃふにゃだ。だがそれでも歯を突き立てると中から酸味溢れる汁が出てきた。
「すっぱ!」
「ぺっ…ぺっしてください!」
「でも…ちょっとまて。ん?腐敗の感じの酸味じゃないな。かなり酸味が強いが発酵系の酸味だ。」
もぐもぐと噛み続けるメスティ。確かに眉間にシワがよるほどの酸味だが、吐き気がこみあげるような腐敗の酸味ではない。むしろ酸味の中に旨味がある。
「あれ?これ案外いけるぞ?」
「えぇ!?そんななのにですか!?」
「米糠の風味が若干あるが…うん、悪くない。漬ける日数をもっと短くすれば…塩味が少し欲しいな。米糠に塩を少し混ぜるか。塩を入れれば浸透圧でキュウリから早く水分が抜ける。漬ける日数を短くできるはずだ。アリルも食べてみろ。」
メスティが齧ったキュウリを差し向けられるアリル。正直絶対に食べたくないが、メスティの齧りかけという間接キスのチャンスに釣られたアリルは思わず食いつく。
「どうだ?悪くないだろ?」
「…まあ腐ったやつを食べた時の吐き気とかはないです。でも個人的にはそんなに好きじゃないです。」
「あ…そか。でも発酵食品は食料を長期間保存するための優秀な手段だ。それに料理にも色々使える。米糠漬け…ぬか漬けだな。よし、これから色々ぬか漬けに挑戦していこう。」
ぬか漬けを編み出したメスティは早速ぬか漬けのための準備を進める。アリルとしてはそんなにぬか漬けは好きじゃないのだが、メスティが怪我をしている期間、ぬか漬けならばあまり無理な作業をする必要がないので好きにやらせることにした。




