第82話 底知れぬ男
「いでで…ちょ…もうちょっと優しく…」
「そうは言っても君ねぇ、明日には退院しないといけないんだから。本当はこんな怪我人見捨てるのは嫌なんだけどねぇ…まあ規則だから。」
老医師に治療されるメスティ。本来はまだ歩くのもままならないのだが、メスティの膨大な魔力と高価な治療薬のおかげでギリギリ動けるまで回復した。
「あ〜あ、せっかくの買い出しの機会なのにそんなことやる暇ないよ。じっちゃん、どうにかならん?」
「どうにかしてこれだよ。しかし君は昔から無茶するねぇ。」
「今回は俺が無茶したんじゃなくて団長がはっちゃけたんだよ。腕もボロボロ。」
「その辺りの怪我は君のせいだって聞いているよ。団長から受けた傷だけならもう少しなんとかなったよ。まあ安静にしてな。」
「ちぇ…」
老医師は治療が終わったと出て行った。それを見届けたメスティは再びベッドに横たわる。そしてボロボロの腕を見る。
「今の俺じゃ身体がもたないか…」
老医師に言われた通り、バラク団長から受けた傷だけならばこれほど酷い事にはならなかっただろう。こうなってしまったのは河童張り手の影響だ。
あのバラク団長の王薙すら弾き飛ばしたあの一撃。あの時の意識はおぼろげだが、あの時は何かが取り憑いたような気がした。今できるメスティの限界を数段階突破したあの技の影響で右腕は粉砕骨折、両足もいく箇所か粉砕骨折している。
こんな粉砕骨折を起こしたのは過去にも数少ない。いや、ここまで酷いのは初めてだ。しかしそれと同時にこの事実に震えた。メスティはまだまだ強くなれる。
「とりあえずあの河童からもっと教えてもらうか。河童流相撲…間違いなく俺を高みに連れて行ってくれる。」
「そいつは良かったな。」
「うお!団長…いたんですか。」
「興奮しすぎて感知が疎かだったな。しかしあの最後の一撃は良かった。河童か…是非とも会ってみたい。」
「やめた方が良いですよ。あの河童なら…俺のあの一撃も平然と受け止めます。というか微動だにしないでしょうね。あれは化け物です。」
「そうか…でもお前をここまで鍛え上げてくれた。一度くらいは会って感謝の言葉を言っておきたい。そうだ、腹が減っただろ。差し入れだ。」
そう言うとバラク団長の背後から数人の使用人が大量の食事を運び込んで来た。もうこれは差し入れのレベルを超えているのだが、よく見ればどれもメスティの好物だったものばかりだ。
一度はその量に驚いたメスティも喜んで食べ始める。バラク団長はその食べっぷりに思わず笑みが溢れる。
「明日には出ていかないといけないんだろ?何か必要なものがあったら揃えておくぞ?」
「良いんですか?…まあ今回の一番の目的は麻薬関連の問題解決だったんですけどね。ハドウィックたちはどうしていますか?」
「問題ないそうだ。ギルドを敵に回すのは得策ではないしな。それにお前が捕まえた襲撃者たちからいくつか情報を得てな、見せしめにいくつかの闇ギルドを潰した。完全に潰したわけじゃないからまだ残ってはいるが、良いみせしめになってくれた。しばらくは大人しくしている。」
「それは良かった。どうなるかわからなかったんで傭兵2人を匿っていたんですよ。でも心配なさそうならようやく帰してやれる。あとは怪我が治ったらチェラグニュール山脈に向かいます。年内には動く予定です。」
「そうか。まあ年内ならこっちも多少は自由に動ける。来年からはどうなるかわからないけどな。」
きっと来年魔導拳闘家との戦いが起こるのだろう。そんな時に他のことに構っている余裕はない。それに天剣を超える11番目の剣をメラギウスが作成しているが、その調整も必要だろう。ほぼ暇はないと見て良いだろう。
メスティはとりあえずバラク団長に頼む買い物リストを作成する。費用もバラク団長が持ってくれることだろうからお高い商品もこの際にいろいろ買ってしまう。
そしてすぐに書き終えたメスティはそのメモをバラク団長に見せ、嫌そうな表情を浮かべられる。だがメスティが目を輝かせながら頼むとため息をつきながらそれをしまいこんだ。
「全部は買えないぞ。買えるものだけな。」
「それでも十分ですよ。」
「まったく…それじゃあ行ってくるわ。」
ふらふらと歩き出すバラク団長。その姿を見てメスティは少し固まった。そして一度深呼吸すると立ち去ろうとするバラク団長を呼び止めた。
「どうしたんだメスティ?」
「今改めて見て思いました。団長…また強くなったでしょ。今のあなたには…天剣すら物足りない。天剣すらあなたの全力に耐えられない。七剣でも半分の実力出せてなかったな…天剣で9割ってとこですか?」
「…気がついたか。だがなぜそう思った?」
「雰囲気…ですかね。直感的なものです。あの試合、まだまだ余裕でした。俺の最後の一撃も王薙を破壊しないことに注力した。本気を出していたら俺のあの一撃も弾かれていた。代わりに王薙は…壊れはしないでしょうけど、ヒビくらいは入っていた。」
「…一度異空間に戻した武器は時間と魔力があれば修復可能だが、王薙レベルになると時間も魔力も食うからな。」
「やっぱり…魔導拳闘家との戦いはあちらを大きく成長させたけど、団長も成長させたんですね。前回の衝突で天剣は破壊されたのではなく、破壊してしまったが正しいんですかね?」
「どっちもだな。破壊もしたが破壊もされた。まあ手加減して戦える相手じゃない。だから次の戦いでは…天剣は役に立たないだろうな。」
「そうですね。でも…安心しました。11番目の剣ができた時、団長の全力に耐えられる武器が完成した時、魔導拳闘家との戦いに本当の終止符が打てそうです。ふっ…普通は魔導の加護持ちに普通の加護が勝てるはずないんですけどね。やっぱり団長は異常ですよ。」
普通の加護が魔導の加護に勝てるほど、バラク団長の魔法換装剣士の加護は成長している。間違いなく普通の加護の強さの中では世界で5本の指に入ることだろう。
それを思いメスティは歓喜した。自分の味方にこんなすごい人がいることを。そしてその人から武を学べたことを感謝した。
「念のため聞いておきますけど先生はこのことをご存知で?」
「もちろん知っている。俺からも伝えたからな。だからこそ作成が困難だったんだ。元々あった天剣シリーズに新たなバリュエーションを加えるという予定から大きく変更されたからな。だが…お前のおかげで良い武器ができそうだよ。ありがとうな。」
そう感謝の言葉を述べるとバラク団長はその場を後にした。その後ろ姿を見たメスティは心の中で決心する。今後も農業は続けるが、武人としても強くなろうと。いつかはあの背中を追い越すことを夢見て。




