第75話 卵、実食
「いやぁ…ごめんね。送ってもらって。」
「コ!」
メスティはコカトリスの背に乗りながら家路についている。ずいぶんゆっくりしてしまったのでもう日は暮れ始めている。
「ここの川ずっと登っていけばうちに着くけど、悪路だし今度通りやすい道作っておくよ。」
「コケココ。ココッコケ。」
「まあ手間にはなるけど、うちのお得意様のためだ。今後も美味しい卵よろしくお願いしますね。」
「コケ!」
そして森を抜け、メスティは家へと帰ってきた。たった今朝ぶりだというのに随分と久しぶりな気がする。それだけ今日の出来事が衝撃的だったのだろう。
だがそれよりもなにやら慌しい。メスティが今まで帰ってこなかったことが原因かと思われたが、そうではない。メスティは感知能力でこの事態の理由を悟った。
「大丈夫かみんな。」
「メスティさん!うわ!おっきな鳥!」
「うちの新たな取引先だ。失礼のないようにな。」
「ココ!」
「あ、よろしくお願いします。それよりも…!」
「ああ、わかってる。逃げられたか。」
メスティは出迎えにきたアリルの背後に視線を向ける。そこには空っぽの檻があった。あの暗殺者を捕えていた檻だ。
「ごめんなさい…みんなが仕事に集中している時にいつの間にか…」
「まああのレベルをこの檻で捕らえるのは難しかったからな。それよりも誰か追おうとしたか?」
「フォルンが追おうとしましたけど止めました。私たちじゃ対処しきれないと思って…」
「良い判断だ。あれは俺以外には無理だ。それこそ騎士団の精鋭クラスでもない限り不可能だ。」
メスティはよくやったとアリルの頭を撫でて褒めた。喜ぶアリルだが、若干メスティの手が臭い気がする。
「それでどうしましょうか?」
「ん〜…どうしようもないな。追おうにも俺もしばらく忙しくなる。こっちが落ち着いたら街に野菜を売りに行きがてらなんとかするよ。」
「忙しくなるんですか?」
「言ったろ?ここのコカトリスの村と大きな取引をすることになったって。かなり大食漢だから今の生産量だと冬場が心配だ。今のうちに増産を図る。」
「でも…」
「心配するな。奴は…絶対に逃がさん。あんな奴、今逃したら今後二度と出会えないからな。」
あの暗殺者のことを決して諦めないメスティ。そうと決まれば今はやることをやらなければ。
「じゃあうちの家はここだから、今後は…昼前くらいにきてくれれば収穫終わっていると思うから。」
「コケ。」
コカトリスは頷くと異空間収納から大量の卵を取り出し、その場を去った。積み上げられた卵と異空間収納の魔法が使えるコカトリスに驚くアリルたち。
「メスティさん。あの鳥さんすごく強いと思うんですけど…それに異空間収納まで…一体何者ですか?」
「コカトリスだ。通常種でも危険度は上の方のモンスターだ。ただあれは特殊個体だからな。絶対に敵に回すなよ。河童の次にやべぇ。いや、ある意味河童よりもやばいかも…」
「そ、そんなにですか?」
「まあ他にも色々あるんだが…それはおいおい話そう。とりあえず今はこの卵を使って卵パーティーしよう。」
「た、食べても良いんですか?」
「大丈夫だ。無精卵だから問題ないって許可は取ってある。」
「いや、それもですけど…毒とか……モンスターの卵なんですよね?」
「……一応解毒用のポーション頼む。」
そしてアリルがポーションづくりを開始する中、メスティは卵を使った夕食づくりを開始する。ただ、大きさがあまりにも大きいので、2個も使えば十分だろう。
「とりあえず卵を溶いてオムレツでも作るか。結構殻が固そうだからこの辺の石を使って…」
ゴシャ…
「…石、砕けましたね。」
「…誰かハンマー持ってこい。」
そしてメスティと卵の戦いが始まった。第1ラウンドのその辺の石はあっけなく敗れ、第2ラウンドのハンマーは持ち手が折れた。そして第3ラウンドのメスティの頭は、軽い脳震盪を起こしながらもわずかなヒビを入れたことでなんとか勝利した。
「とりあえず…そこのヒビを起点にして……剥がすように割ってくれ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫…少し休めば……」
視界がくらくらするメスティは少し座って休む。その間にガルたちがゆっくりと殻を剥がしていく。随分と分厚く、硬い殻であったが一度割れ目ができれば魔力のないガルたちでもなんとかなる。
そしてメスティが復活した頃に木の器にコカトリスの卵が割り入れられる。随分大きな木の器に入れられた卵だが、それでもあふれそうになるほどの量がある。
「すごいな…ちょっといいか?」
メスティは手をきれいに洗うと、コカトリスの卵の黄身を手で掴み上げる。丈夫で、とても濃厚そうな卵の黄身だ。
「良い卵は黄身を指で摘み上げられるというが、これはまさにそれだな。」
「あ、味付けどうしましょうか?」
「シンプルにそのままでも良いが、オムレツ用のソースを作ろう。」
そしてオムレツ班とソース班に別れ、急ピッチで夕食づくりは進む。そして多めに解毒ポーションを作って持ってきたアリルがやってくる頃には夕食は完成していた。
「解毒ポーションありがとうな。でも…多分大丈夫だ。」
「す、すごい美味しそう……」
真っ黄色のオムレツが人数分並べられている様を見たアリルは思わず喉がなる。ここでは野菜はいくらでも食べられるが、動物性タンパク質は狩で採ってきた獣肉ばかりだ。
それらもまずいわけではないのだが、若干の獣臭さや季節による味の良し悪しが出る。それに比べ卵は味のばらつきも少ない。それに卵というのは元々高級品だ。最高のご馳走がここに並んでいるのだ。
「それじゃあ食べよう。いただきます。」
「「「「「いただきます。」」」」」
「ではまずはメスティさんからどうぞ。」
流れるようにメスティに最初の一口を促すアリル。おそらく安全だとは思うのだが、それでも万が一のことがある。メスティなら多少の毒では死なないので、毒味役にはちょうど良い。
メスティも仕方ないと人柱になる覚悟をする。そしてまずはソースをつけずにコカトリスの卵本来の味を味わうために口に頬張る。
そして数度咀嚼するとメスティは急にポロリと涙をこぼした。
「ど、どうしたんですか?」
「め、めちゃくちゃうめぇ……」
その言葉を聞いた瞬間、他の全員は我慢できずに一斉に食べ始める。そして各々その味に感動している。
「こ、これ…やば…」
「このふんわり食感…たまらない…」
「この地で初めて食べる味と食感ですね。」
「た、たまらん…」
そして二口目にソースをつけて食べるとまた新たな感動を覚える。そしてその感動を知ってしまうともう手が止まらない。あっという間に全員完食してしまった。
「…お代わり欲しい人。」
「「「「「はい!」」」」」
「よっしゃ!卵は大量にある!ガンガン作るぞ!」
胃袋に火がつく一同。そしてその日は結局、一人コカトリスの卵1個分のオムレツを平らげてしまった。




