第7話 魔導の力
「う〜ん…身体能力強化が桁違いだな。」
魔導の加護の力に目覚めた翌日。メスティは魔導の力がどの程度のものなのか確かめるため、これまでやろうと思っていた街道作りのための木々の伐採を行った。これまでは一本の木を切り倒すのにおよそ20分から30分ほどかかっていた。
しかし今は1本切り倒すのに1分もかかっていない。斧を数度振り下ろすだけで木が切り倒せるのだ。しかもまだ魔導の力をコントロールしきれていない状態でこれだ。
今後はもっと早くなっていくだろう。そして昼を迎える前に一度家に戻る。両手にはそれぞれ丸太を掴みながら。
丸太を掴みながら家へと戻ったメスティの前には鈴なりに実る様々な作物の姿があった。昨日まではまだ芽が生えた状態であった。それが魔導農家の加護の影響で一晩のうちに収穫できるほど大きくなったのだ。
「作物の成長促進は自動永続能力だな。やはり農家っていうだけあるな。食料問題は改善…それどころか余るくらいだ。」
「メスティさん!これ今朝収穫した分なんですけど…流石にこれは食べきれないですよ。」
この4人兄弟の長男のガルが持つ籠の中には溢れんばかりの作物が詰め込まれている。この量は1週間5人で食べてようやく消費できるレベルだ。しかも収穫したというのに畑には次の収穫分が待ち構えている。
「ちょっと待って。…多分こんな感じか?時空ムロ。」
足元の大地がパックリと開く。その中に収穫した作物を収納してやると開いた地面は再び閉じた。魔導農家の固有加護能力の一つ、収納系魔法『時空ムロ』。収納系魔法は実に希少な魔法だ。加護によって収納限界や収納の際の条件が違う。
魔導農家の場合は作物や農機具などならかなりの量が収納できる。それに収納された作物は眠りにつくことで通常ではありえないほど長期間の保存ができる。
「これならもしも人が増えても食糧問題は起こらないな。売るほどあるくらいだ。」
「本当に売ったらどうですか?一度街まで行って…」
「もうしばらくこの加護の能力確かめてから行くかな。街に行くことで何か問題が起こったら大変だ。」
メスティ的には作物の収穫が落ち着く秋終わりに行きたいところだ。メスティがいなくては、いない間に収穫された作物を捨てることとなる。それだけは避けたい。
「ん?どうしてこんなに作物の廃棄を嫌がる?……まさかそれが俺の加護のルールの一つか!?」
加護の力というのは授かった瞬間に直感的にわかるものだ。魔導の力を使っての身体強化や『時空ムロ』も感覚的に使い方がわかったから使っただけだ。そして信仰系加護の特殊条件もなんとなくそう思ったことがその特殊条件なのだろう。
「今感覚的に思っているのは作物の廃棄をしたくない。それからあまりこの地を離れたくないってことの二つだな。これ案外きついぞ。この地を離れるためには一度作物の生産を止めなくちゃならない。そんな面倒なことやってられないだろ……あれ?なんで?いや…そういうことか。作物を育てられない冬にならない限り、作物は永続的に育てなくちゃならない。それが第3のルールか。」
この条件がある限りメスティがこの地を離れられるのは冬の間だけだ。しかし冬場に動くのは危険だ。ここから街まで5日はかかるため、道中に低体温症で死ぬ可能性も十分ある。本気で身体能力強化を使えばもう少し早くなるかもしれないが、それでもなかなかの日数がかかる。
「俺がこの地を離れるのは実質不可能か。そうなると誰かを街へやりたいところだけど…こいつら全員捨て子だからな。街で住民登録しないと問題になる可能性が高い。領主である俺が領民の報告をするのが一番安心だから……なんとかしないとな。」
「大丈夫ですか?その…とりあえずお昼ご飯にしませんか?」
「そうだな。そうしよう。」
悩むのは食べてからだ。これからは大量の野菜が毎日食べられる。それに肉もある。加護の力で収穫が早まったことだから穀物の栽培を始めても良いかもしれない。これからはより一層食を充実させよう。サラダを食べるためのドレッシングを作っても良いかもしれない。より一層野菜が美味しく食べられるだろう。
「…さん。メスティさん!」
「ん?どうした?」
「いやその…今日はすごい食べるなって思って…」
「…え?そうか?」
「そうですよ。5人前のサラダ一人で食べちゃいましたよ?」
「そうか…すまんすまん。なんだか美味しくってな。それに昨日魔力をだいぶ使ったから腹が減っているみたいだ。」
「そうなんですか。それじゃあもっと用意しましょうか。」
メスティの言葉を聞いて急いで昼食の量を倍に増やす。それをモリモリと食べるメスティ。しかし今日は本当によく食べる。こんなに食べるメスティを見るのは初めてのことだ。するとメスティもこの異変に気がついた。
「食っても食っても食い足りない。ただ…魔力の回復速度が異常に早い。自分で育てた作物を食すことで魔力の回復速度を上昇させるのか?いや…野菜そのものから魔力を吸収していると言った方が正しいか。…ぶっ壊れ性能だな。」
魔力の回復は基本的に自然回復するのを待つしかない。だがメスティは野菜を食べるだけで魔力が回復する。魔力の回復速度問題というのは魔力を持つ者なら誰もが直面する重大な問題である。高齢になる程魔力の回復速度は落ちて行き、カラになった魔力を満タンにするのに数日はかかると言われる。
これは正直他の加護にはない破格の性能だ。これさえあれば戦場で毎日全力で戦える。とは言ってもこの加護のルールのせいでこの地を離れられないので戦場に立つ日は来ないだろう。
「まあこれだけ魔力の回復が早いと開拓作業は楽になりそうだな。ただ広くしすぎても手が足りなくなるか。一度ちゃんと考えてからにしよう。」
「いや…あの…まだ食べるんですか?今日の収穫分じゃ足りなくなるかも…」
「と言うか魔力の回復って…そんなに損耗しているんですか?」
「ああ、平時の半分以下まで減っているぞ。魔導の力とこれまでの魔力がごちゃ混ぜになっている状態だから安定するのに一月以上かかるな。」
メスティも魔導の力を得るまでわからなかったが、魔導の力と魔力は同じようで別物だ。魔力と同じように魔導の力を運用すると形にはなるが、本来の力を発揮できない。今もなんとなく形にしているだけだ。
そしてもう一人、昨日加護に目覚めたばかりの少女、アリルは加護の力をまるで制御できないのか魔力が溢れ流れている。
「アリル、まだ魔力のコントロールが上手くいかないのか?」
「ご、ごめんなさい。集中してないとどうしても…」
「体内保持魔力量を超える魔力生産をし続けているから仕方ないが…そのままじゃ身体が疲れるだろ。気分的には延々と走り続ける感じだ。魔力コントロールができるようになるまで仕事はしなくて良いぞ。」
これだけの魔力を垂れ流し続けると疲労が溜まり続けてまともに動くのもきついだろう。身に余る強い加護を得ると時折こうなることがあると言う話は聞いたことがあるが、実際にこうして目の当たりにする日が来るとは。
アリルも加護の力を使えるようになるまで一月…いや二月はかかるだろう。だがそれでも加護の影響で今後の生活は一変しそうだ。