第67話 敵にしてはならない
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
「なあなあ〜うちで働けよ〜〜」
「…………」
午前の作業後、昼食を食べ終わった暗殺者は自ら縄で自身を縛り付け、座り込んでしまった。食事分の仕事はしたからこれ以上は何もしないということなのだろう。
だがメスティは先ほどから熱心なアプローチを続けている。それこそアリルがヤキモチを妬いてしまうほどに。
「…メスティさんその人のこと随分気に入っていますね。」
「そりゃ強いし、農作業もできるしな。ここまで有用な人材を逃すすべはない。なんとしてでもうちで働いてもらわなくては。」
「へぇ〜…そんなに強いんですか。」
「ああ、強いぞ。歳が近くてこんなに強い奴は初めて会った。」
「おまけに農作業もできる…」
「その通り!見てみろよ。今日の午後も仕事が残ると思っていたあの畑の収穫が全部終わった!腐葉土入れて耕してやれば今日中に種まきまで終わらせられるぞ。ただ惜しい点は低級加護だなぁ…このせいで体内魔力が非常に少ない。」
「なんの加護かはわかっているんですか?」
「加護については色々調べてきたが、流石に低級加護までは調べてないなぁ。今後の人生で関わることはないと思っていたし。でも俄然興味が湧いて来た。先生の所に資料あるかなぁ?」
「…ダメだ。どう頑張っても興味を失う方法がない……」
なんとかこの暗殺者から興味を失うようにさせたいアリルだが、どう話を聞いてもこの暗殺者はメスティの興味の塊でしかない。
強く、農作業ができ、低級ではあるが未知の加護の持ち主。さらに暗殺者ということで情報も吐かないというのも大きい。
「はぁ……とりあえず騎士団の方やラセックさんに相談してみてはどうですか?仲間にするにしても雇い主どうにかしないと。」
「そうしたいけどここを離れるわけには行かないし、俺以外の奴が街に行っても狙われるだけだ。誰かがここにくるのを待つしかない。」
「はぁ…ちょっと待っていてくださいね。」
そういうとアリルは作業部屋の中に入る。そして数分後戻って来たアリルは人一人入る頑丈な鉄格子を運んで来た。
「万が一のことを考えてこの中に入れておきますよ。逃げられたら大変ですから。」
「え〜…牢屋ぁ?」
「え〜じゃないです。私たちが安心するためにはこのくらいは必要です。」
「お前らだって盗賊まがいのことしたくせに。」
「あ、あれは初犯です!それに未遂みたいなものじゃないですか!」
「へっへっへ…身ぐるみ剥いでやるぜぇ〜とか言ってたのに。」
「そんなこと言ってないです!おとなしくしていたら何もしないって言っただけです!」
顔を真っ赤にして怒るアリル。それを見たメスティは逃げるように午後の作業をやりに行く。それを見送ったアリルは鉄格子の扉を開き、暗殺者へ中に入るように言う。
「メスティさんは気を許していますけど、私たちは別です。メスティさんが許可を出さない限り外には出しません。」
暗殺者が鉄格子の中に入ったのを確認したアリルは鉄格子の鍵を閉める。そして気がつかれないように錬金術を用いて鉄格子の扉を変形させ、決して扉が開かないようにした。
鉄格子の中は人が中腰に立ち上がることしかできぬほど狭く小さい。おまけに外に置きっぱなしなので鉄格子が太陽のせいで熱を持つ。環境としてはかなり劣悪だ。
しかしそれでもこの方が暗殺者にとっては居心地が良い。何も言わずに座り込む暗殺者を確認したアリルは何事もなかったように自分の仕事に戻っていった。
そして監視の目が緩んだことを察知した暗殺者はここからの逃亡の方法を考える。だが鉄格子の隙間から逃げるのはまず不可能。格子の隙間があまりにも狭い。
扉もなんらかの方法で固着されたのを察する。そうなると逃げるすべがない。しかし本来一番逃げ出せる可能性がある牢屋の外に出た時はメスティがいる。
暗殺者はすでにメスティの戦闘能力、感知能力の凄まじさを知っている。ある意味この鉄格子よりも厳重だ。この鉄格子から抜け出すのが逃げられる可能性が一番高い。
すると急に井戸の水がゴポゴポと音を立て始めた。何事かと視線を向けるとそこから緑色の人間が現れた。
「ふぃ〜…あ〜……肩凝った。」
「あれ?河童じゃん。久しぶりだな。最近忙しかったのか?」
「ちょっと遠出してた。知り合いの経由で遠方に住む河童と取引してたんだ。キュウリのことは気に入ってたぞ。もう何度か話し済ませればそことも取引できるはずだ。」
「おお!あの緑の皿は随分受けが良かったから次のも期待しているぞ。とりあえずキュウリ収穫してこいよ。朝収穫したから良いのあるかはわからないけど、獲れたての方が良いだろ?」
「もちろんだ。」
そういうと河童は駆け足でキュウリ畑へと向かう。それを見送ったメスティはちらりと暗殺者の方へと視線を向ける。
暗殺者は冷や汗を流していた。なかなか表情を変えない暗殺者がわかりやすく表情を変えている。だがそれも無理ないだろう。あの河童を見てしまったのだから。
メスティも格上の相手だ。だがあの河童は格上とかそういうレベルではない。次元が違う、いやそんな言葉も陳腐だ。とにかく理解の範囲外にいる。そういう存在だ。
もしもメスティを運良く殺し、他のものたちも皆殺しにできたとしよう。その時はあの河童が敵に回る。
あの河童が敵に回ったらもうどうすることもできない。自身の雇い主も…あの男ですら太刀打ちできないだろう。ここの奴らは決して敵に回してはならない奴らだったのだ。
暗殺者は焦る。この情報をいち早く届けなくてはならない。今回の暗殺を止めなければあれが敵に回る。それだけは絶対に避けなければならない。




