第66話 予想外の暗殺者
年内最後の更新。みなさん良いお年を。
「えっとつまり…この人がずっと監視していた人で、新月の夜に仕掛けると思って先に仕掛けたと。」
「ああ、新月でもない限り攻撃を仕掛けることはないと思ってな。本当は何ヶ月でも時間をかけたいところだけど、雇い主がいるから仕方なく仕掛けたんだ。いくら時間をかけても良いから俺らを殺す…と言うことなら俺なら半年はかけてじっと待ち続け警戒が緩んでばらけたところを狙う。」
「そ、そんなに長期間ですか?なんと言うかそれは…」
「相手が強いことはわかってた。それでも任務を達成するのなら時間を有効に使うしかない。こいつはプロだからそのくらいやってのけるさ。」
「プロ…暗殺の…ですか?」
「ああ、闇ギルドにも普通のギルドのようなランク付けがある。そのランクに則るなら…こいつは金級だな。もしもハドウィックたちが狙われていたらひとたまりもなかっただろうな。」
「そんなに!……それでこの人はどうしますか?」
「そこなんだよなぁ……」
頭を悩ませるメスティ。こればかりははっきりとさせなくてはならない。情報を吐かせるだけ吐かせたのちに騎士団に引き渡すのか、それともこの場で始末するのか。だが一つだけ言えることがある。
「そんなに強いならここで捕えておくのも難しいですよ。情報を聞き出したらメスティさんが街まで連れて行ってくれないと…」
「そうは言っても街に入れるまで後もう少し時間がかかるんだよ。それにこいつほどになると情報吐かせるのは無理だろ。まあ前のやつにだいぶ話聞けたからそれで十分かな。ただなぁ…殺すのは惜しいよなぁ……」
「でもメスティさん以外にはどうしようもできないですよ…」
「ん〜〜…どないしよかなぁ…どうしたら良いと思う?」
メスティは今も縛れられたまま地面に倒れている暗殺者に問いかける。ピクリとも動かない暗殺者にまだ気絶したままだとメスティ以外のものは思うが、メスティはジッと見つめ続ける。
すると暗殺者は瞳だけをゆっくりと動かした。そして見下ろしてくるメスティを鋭い眼光で見つめた。
「お前の処遇考えているんだからお前も考えろよ。戦っている時もずっと喋らないしさ。おしゃべりな暗殺者っていうのも面白いからきっと人気出るぞ。ほれほれ。」
おちゃらけるメスティを見た暗殺者は何も言わない。多少でもこんな奴に負けたのかなど反応を示しそうなものだが、一切反応を示さない。
これだけ何も喋らないのではこちらも対処の仕方が難しい。手っ取り早いのは殺してしまうことだ。情報は聞き出せなくなるが、今後この暗殺者による命の心配をする必要はなくなる。
しかしメスティはこの暗殺者を気に入ってしまっている。低級加護という不遇な状態にもかかわらず、これほど強い者はそうそうお目にかかれない。
もしもメスティが鍛えればこの暗殺者はさらなる飛躍をすることだろう。低級加護の持ち主がどれ程強くなるのか知りたい。
「…とりあえず朝ごはん食べながら話し合い続けますか?」
「一先ずそうするか。」
皆、朝の仕事を終えたので腹が減っている。これ以上話し合いで朝食を遅らせればこの後の仕事にも支障をきたす。
そして手分けして素早く朝食の準備を済ませる。すると朝食の準備が終わった途端、メスティは暗殺者を縛る縄を解いた。
「な、何をしているんですか!?」
「何って…こいつだって飯を食わないと。」
「あ、暴れたりとか…」
「それは大丈夫大丈夫。もしも俺たちの育てた野菜を台無しにするようなら……殺す。」
本気の殺意が感じられるどすの利いた声に暗殺者だけでなく、アリルたちまでもが思わず唾を飲んだ。暗殺者としてはメスティの実力が分かっているので、ここで暴れるのは得策ではないと判断する。
そしてすぐににこやかになったメスティはさあ食べようと食卓について朝食を食べ始める。アリルたちはどうしたら良いのかと思いながらも、ゆっくりと朝食を食べ始めた。
すると暗殺者も何事もないかのように朝食を食べ始める。普通ならこういう時は食べないことが多いと思うのだが、この暗殺者にとってはそうではないらしい。
この場を生き残り、ここから逃げるためには腹を満たしておく必要があると考えたのだろう。それに皆が食べる食卓で共に食べるのであれば、毒や自白剤の心配もいらない。
そして自分たちを狙う暗殺者と共に朝食を食べるという摩訶不思議な体験をした一同は朝食を食べ終え、片付けを済ます。そして再び農作業を始めようとするとメスティは家の中から汚れた服を取り出してきた。
「ほら、これお前の分の作業着な。その服汚すと勿体なさそうだからこっちに着替えろ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。こい…彼に農作業を?」
「もちろんやらせる。働かざる者食うべからず。食ったからには働いてもらわないとな!安心しろ。作業はちゃんと俺が教えてやる。」
「え…えぇ〜……」
メスティの言葉に言葉を失うガル。その様子を見ているアリルたちはもう何も言わずに自分たちの作業を開始する。
そして言われるがまま着替えた暗殺者はメスティに畑へと連れて行かれる。
「よし、まずはここの作物を全部収穫するぞ。ほら、これお前の鎖鎌。鎌の使い方良かったからこれなら作業やりやすいだろ?」
ポンッと鎖鎌というメインの武器を手渡すメスティ。それを受け取った暗殺者は呆然と立ち尽くしている。
「よし、いいか?この葉物は一回抜いた後に根っこを切り落として、黄色くなった葉っぱを取るんだ。取った葉っぱは足元に捨てて問題ない。この後土の中にすき込むから次の作物の肥料になる。ああ、それから暴れんなよ?作物ダメにされたら俺…何するかわからんから。」
それを聞いた暗殺者は素直にメスティの言葉に従う。言われた通り野菜を引き抜いて根っこを切り落とし、黄色い葉っぱをちぎりとる。
「そうそう。そんな感じだ。俺とお前の二人でここの畑全部やるから頼むぞ。」
ちらりと畑を見る暗殺者。そこには一面に同じ作物が植えられていた。これを全て収穫しなくてはならない。あまりにも途方も無い数だ。
すると暗殺者は初めて表情に変化があった。しかしそれはほんのわずかでどんな気持ちなのかはわからない。すると暗殺者は立ち上がり、鎖鎌を振り回し始めた。
それを見たメスティは静かに闘志をみなぎらせる。そして心の奥底から湧き上がる殺意を留める。
すると暗殺者は鎖鎌の分銅を地面へと叩きつける。その衝撃で植えられていた作物は宙へと跳ね上がる。すると今度は鎌を振り回し、根っこを切り落とし黄色くなってしまった葉っぱを取り除いた。
そして最後に鎖を使って作物を束ねると地面へとそっと置いた。その様子を見ていたメスティは呆然としている。すると暗殺者は初めて口を開いた。
「これが終わったら私を縛り付けてその辺に置いておけ。それが捕虜というものだ。」
どうやら今までの扱いに耐えきれなくなったようだ。捕虜として拷問される方がこの暗殺者にとっては楽なのだろう。だがメスティはそんなことはどうでも良い。
「お前…最高だ!それだけの鎖鎌の使い手がこの世に存在するなんて!しかも作物を丁寧かつ素早く収穫するその技!やっぱりお前が欲しい!うちで働いてくれ!」
「ふざけるな。私はお前たちを…」
「そんなことはど〜〜〜でもいい!!俺はお前が欲しいんだ!強いし、作物の収穫も素早い。お前のような人材をみすみす逃すわけにはいかない!確か大臣のフーゲッチが黒幕にいるんだよな!お前そこの暗殺者か?それとも他の?そいつら壊滅させたらお前うちに来てくれる?」
「…何を言っているかわかっているのか?いや、お前は相手の大きさを理解していないのか?」
「大きいとか小さいとかそんなのはどうでも良いんだ。お前がうちで働くためには誰を潰せば良いんだ?全部潰してくるからうちで働いてくれよ〜」
目をキラキラさせながら近づくメスティに思わず顔を背ける暗殺者。こんな調子で来られるとは思ってもみなかったため、困惑している。
「誰が教えるか。それよりもここの作業が終わったら俺を縛り付けておけ。」
「そんな勿体無いことできるかよ。仕事は毎日山ほどあるんだ。お前がいたら全てが解決する。なあなあ〜」
次回更新は1月3日を予定しています。




