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第65話 死神

 新月の夜。普段から月の光が差し込みにくい森の中が、月が出ていないことで完全な闇と化している。これだけ暗いと獣たちの活動も鈍る。


 そんな森の中では虫達だけが活発に活動している。だがそんな闇夜の森の中に蠢く人影がある。その人影は漆黒の森の中をまるで昼間のように駆け抜けている。


 その人影から出る人の気配というのはあまりにも希薄。たとえ目の前に立っていたとしても気がつかないのではないだろうか。


 そんな人影は森の中を駆けていくと突如ピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと歩き、茂みの裏へと姿を隠す。


「さすがだな。これだけ気配消しているのに、こんなにも早く気がつかれたのは生まれて初めてだ。隠密だけじゃなくて察知能力も高いな。」


 森の中を反響するメスティの声。まるで洞窟にでもいるかのような声の響き方だ。これでは相手の居場所を声から察知するのは非常に厳しい。


 だがその人影の主人はメスティのいる場所を完全に把握している。だがそれと同時に自分のいる場所も完全に把握されていることを察する。


 こんな闇の森の中が二人にはまるで昼間の草原のようによく見えている。するとメスティの耳にわずかに風の影響ではない草の擦れる音が聞こえた。


 その場から大きく逃げるメスティ。普段ならば武器を掴み取るか、軽く体を動かす程度で避けるのだが、今回は大きく逃げて正解であった。メスティが予想していた武器の軌道とは大きく異なる動きをしていたからだ。


 草の擦れた音はメスティを誘導するための罠。下手な避け方をしていれば今頃敵の武器が腹部に突き刺さっていたことだろう。


 そして闇夜の中でメスティは相手の武器を確認した。それはメスティも最近は馴染み深くなった鎌だ。しかも鎖がついている。


「鎖鎌か?随分面白い武器を使っているな。実戦で使うやつは初めて見た。骨董品で見かけるくらいしか知らないが…いや、なんか聞いたことあるな。」


 記憶を探るメスティ。だがそんな暇は与えぬと再び鎖鎌が襲いかかる。しかも今度は鎌だけではなく、鎖のついた分銅も攻撃に使ってきた。


 メスティはそれらを難なくかわすが、分銅が当たった地面や木はえぐれている。非常に殺傷能力が高い。


 しかもメスティだからこそかわせているが木々の枝を使い、鎖を引っ掛けることで軌道を複雑化している。油断すればメスティといえども痛手を負いそうだ。


 だがその時、メスティはようやく思い出した。記憶力の良いメスティでも思い出すのに非常に時間がかかった。だがメスティ出なければ思い出すことはできなかった。


「昔…居酒屋で年寄りが与太話をしていたな。鎖鎌を使う暗殺者がいるって。とんでもない凄腕で狙われたら最後。生き延びることは決してできない。まさに死の遣い。死神だと……ただのオカルト好きの戯言かと思ったが、本当にいたのか。闇ギルドの隠し球……いや、どこぞの貴族の隠し球だな。」


 メスティが喋る間も攻撃の手は一切緩まない。暗殺者なのだから暗殺専門なのかと思ったが、こうした普通戦闘も十分にできる。


「これまで何度か闇ギルドのやつとやりあったが、お前以上の腕前のやつはいなかったよ。というかおしゃべりは嫌いか?さっきから俺ばっかり喋っているじゃないか。」


 ぶーたれるメスティ。しかしそれにも反応はない。メスティとしてはこれだけの使い手ならば楽しみたいところなのだが、相手にその気は無いらしい。


 するとメスティは大きく息を吸って相手へと一気に近づく。近づけば近づくほど鎖鎌による攻撃速度は増していくが、徐々に相手のパターンに慣れてきたメスティはギリギリでかわしながらとうとう相手の目の前までやってきた。


 そして右腕による一拳を放つ。しかしそれは間一髪のところで鎖によって防がれた。しかしメスティとしてはそこまでも予想済み。その鎖を破壊してしまえば問題ない。


「ん?」


 しかし拳が当たった瞬間、不思議な感覚を覚えたメスティ。すると鎖は大きく振動しながらもメスティの攻撃を完全に防ぎきってみせた。その光景に思わずメスティから声が漏れる。


「すごいな。鎖を連動させて攻撃の威力を流してみせたか。今のは結構強めだったんだが…こりゃその防御を突破するのは難しそうだ。」


 感心するメスティ。だがそれ以上に相手は驚いている。完全に攻撃の威力を分散させ、殺しきったはずなのに手が痺れている。何度も防御していれば追い詰められる。


「しかしお前…魔力量かなり少ないな。魔法学校でもそこまで少ないのは新入生でもそうそういないぞ。年的にもう加護は授かっているはず…低級加護か。惜しいな。」


 低級加護。下級加護よりも下に当たる加護。正しい加護の儀式が行われず、本来得られたはずの加護よりも弱い加護しか与えられなかった不遇な者の象徴でもある。


 おそらくスラムの出身なのだろう。そして人さらいによって連れて行かれ、暗殺者としてのノウハウを叩き込まれた。


 もしも本来得られるような加護を与えられ、ここまでの研鑽ができれば今以上の実力者となり得ただろう。だからこそメスティは惜しいと言った。


 しかしその言葉が相手の闘志に火をつけた。先ほどまでも十分本気だっただろう。しかし今は先ほどよりも数段本気だ。


「魔力量は少ないが、魔力が綺麗に武器に乗っている。俺が本気で防御しても切り裂かれそうだ。歳は俺より少し上かな?でも俺が出会ってきた中で、同じくらいの歳の中ではお前はずば抜けて強いよ。騎士になれば将来的には隊長クラスは確実だろうな。」


 メスティは瞳を閉じて大きく深呼吸する。ここからはおしゃべりをするのは失礼だろう。本気でこの男と戦わなくてはならない。それが礼儀というものだ。





「ふぁぁ……夏場は日が昇るのが早いなぁ。さて、暑くなる前に朝の仕事を終わらせちゃお。」


 大きなアクビと共に起き上がったアリルは伸びをして、ささっと着替え始める。そして部屋の扉を開けると同じタイミングで兄弟のガルたちも扉を開けた。


 そして皆で一斉に顔を洗い、外へ出る。そして右を向けばそこにはメスティが朝のお祈りを終えて戻ってくる姿がある、のだが今日はその姿がない。


 あれ?と不思議に思う4人は一斉に首をかしげる。するとそんな4人に遅れてフォルンとエラミも起きてきた。ぼんやりとしながら4人の後から外に出た2人は左を向いて驚きの声をあげる。


 それにびっくりした4人は何事かと反対方向を見る。するとそこにはボロボロの服を着たメスティと引きずられる暗殺者の姿があった。


「いやぁつい盛り上がっちゃった。こいつ預かっといて。しばらくは動けないから心配しなくて良いよ。」


「え?…ちょ…これどういうこと……??」


「説明は後にして。とりあえず俺はこれからお祈りに行ってくるから、朝の作業お願い。おっと、水の一杯でも浴びていくか。」


 そう言うと井戸に近づきバケツいっぱいに汲んだ井戸水を頭の上から浴びる。その冷たさが気持ちよかったのか、もういっぱい浴びるとボロボロになった服を脱ぎ捨ててそのまま森の中へと消えて行った。


「いや…こ、これどう言うこと?」


「誰か…何か聞いてた?」


「そう言えば何かが見ているみたいだから、森には入るなって言われたな。」


「…この人起こして聞いてみる?」


「メスティさんの服をあんなにボロボロにできるようなやつだぞ。間違いなく強いやつだ。下手に起こしてみろ…どうすんだよ。」


「ま、まあとりあえず朝の作業しとこうか。」


 その言葉に全員の意見が一致すると何事もなかったかのように朝の仕事を始める。ただメスティが帰ってきたときは質問責めをすることだろう。


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