第64話 稲刈りの準備
「こんな感じですかね?」
「う〜ん…もう少しここの幅を狭くしてやった方が…」
メスティの指示に従いながらアリルは調節していく。その様子を休憩がてら見にきたフォルンは見たことのない道具に頭を捻らせる。
「それは何ですか?」
「ん?ああ、これは米ってやつを加工するのに必要な道具らしい。収穫が迫っているからそれに合わせて準備しているんだ。」
「ああ、そんなこと言ってましたね。収穫近いんですか?」
「この調子で晴れが続いてくれたら来週には収穫だな。穀物の一種らしいから、収穫できたら食のレパートリーが増えるぞ。」
にこやかなメスティに対し、フォルンの反応は薄い。傭兵業を本職とするものにとって、食事とは必要な栄養素を取れれば十分だ。
むしろ傭兵がいちいち食事に文句を出していては、面倒なことこの上ない。限られた食料の中で満足するのも傭兵にとって重要な要素である。
そんなフォルンを見たアリルはポンッと手を叩いた。
「大事なこと忘れるところでした。フォルンちゃんとエラミちゃんに武器を用意しておいたんです。メスティさんとの模擬戦のせいで随分痛んでいましたよね?」
「本当!?流石にこのままじゃ不味かったからどうしようか悩んでいたんだよねぇ。」
「いくつか用意しておいたので、見てみてください。」
「やった!エラミ〜!アリルが新しい武器用意してくれたって!」
休憩にやってきたエラミはその言葉を聞くと急ぎ足でフォルンに近づき、そのままアリルの工房へと入っていった。そして後には男たちだけが残された。
「もうちょっと調整…ま、まあここまでできていれば十分か……」
男だらけの中にいたアリルにとって同性であるフォルンとエラミがいることは嬉しいらしく、メスティそっちのけでガールズトークで盛り上がっている。
「アリル楽しそうですね。」
「そうだな。あ、今日午後は向こうの村に行って来る。作業の方は問題ないか?」
「大丈夫ですよ。明日はあの区画が収穫なので、忙しくなりますから空けておいてくださいね。」
「わかった。」
そして昼飯を皆で食べ、一人でワディたちの元へ向かった。ワディたちの村が近づくと空気が変わるのを感じる。メスティはこの空気感を非常に気に入っている。そして森を抜けるとそこには荘厳な聖樹がそびえ立っていた。
「今日も元気そうで何より何より。お、こっちも順調だな。」
聖樹を見上げている視線を落とすとそこにはプルーの木々がある。少し前まで満開の花を咲かせていたプルーの木は花びらを散らし、小さな果実をつけている。
びっちりと果実を実らせているプルーの木を見れば今年の豊作は確実だろう。しかしあまりにも実りすぎているせいで、このままでは果実全体に栄養が行き渡らないだろう。
そのため、一部の村人たちがプルーの木に群がり程よくプルーの実を摘み取っている。メスティの魔導農家の加護の影響で豊作になりすぎて余計な仕事が増えて困るというのは初めての経験だ。
「果樹系は豊作になりすぎるのも問題か。少し加護の影響力弱められれば良いけど…」
加護の影響を弱める方法を考えるメスティ。しかし聖樹を見てすぐに諦めた。
あの聖樹は植物の成長を早めるキュウリの恵みの雨によって誕生した。あの聖樹が纏っている魔力は植物の成長を早める能力を持っているため、メスティが加護の力を弱めたところで意味はない。
するとメスティの来訪を察知したワディがシェムーを引き連れてやってきた。ちゃんとワディが魔力感知できたことに喜ぶメスティは笑顔のままワディに奇襲を仕掛ける。
いきなりのことで驚くワディだったが、ギリギリのところでガードすることに成功する。
「よしよし。このくらいはなんとかなるか。」
「い…いきなりはやめてほしいんだが…」
「奇襲や暗殺は皆、急な出来事だぞ。次からはもう少し魔力隠すからしっかり頑張れよ。」
嫌そうな表情を浮かべるワディ。しかしそんなワディはどうでも良いという表情を浮かべるメスティは隣にいるシェムーへと目を向ける。
「腕輪は使えるようになったか?」
「ちゃ、ちゃんと使ってるけど…正直腕輪使わない方が魔術を使いやすいわ。」
「まあだろうな。そいつはクセがありすぎる。今の魔力操作技術では到底扱えない。だがそいつを使えるようになったら今のワディレベルなら子供扱いできるぞ。」
笑いながら答えるメスティを見たシェムーは嫌そうな表情を浮かべる。冗談でもそんなことは言って欲しくないという気持ちだろう。だがメスティの言っていることは間違っていない。
この腕輪を扱えるのはこの国では騎士団の隊長クラスくらいだろう。使いこなせるレベルになれば騎士団の団長になることも可能かもしれない。この腕輪はそういうレベルの代物なのだ。
メラギウスがどういう気持ちで、何を考えてシェムーに渡したのか。もしかしたらシェムーにはそれだけの可能性があると思ったのかもしれない。まあ何も考えていなかった可能性も十分にあるのだが。
「まあいいや、今日は聖果の様子を見に来たんだ。どんな様子だ?」
「花が少し萎れてきて、果実が少し大きくなったわ。順調よ。」
「そいつは良かった。見に行こう。」
メスティは気持ちが急いているのか早足になりながら聖樹の根元までやって来る。そして上を見上げるとそこには元気のなくなった花をつける果実があった。
「うん。順調だな。今月以内には花は散るだろう。楽しみだな。」
笑みを浮かべたメスティはすぐに真面目な表情に切り替え、その場に膝をついて祈りを捧げ始める。
そして祈りを開始したメスティの体から溢れた魔力が聖樹へと吸い込まれていく。常人ならすぐに魔力が切れてしまいそうだが、メスティはその祈りを1時間もやり続けた。
「ふう、こんなもんだな。元気な果実を実らせてくれよ。さて、ワディ報告を頼む。」
「ああ、プルーを使った醸造所は随分完成してきた。道具なんかはアリルが用意してくれるんだろ?」
「ああ、もう準備を始めさせて問題ないか?」
「建物はほぼ完成したからな。準備を始めさせて問題ない。」
「わかった。じゃあ明日にでもアリルを連れて来るよ。あとそうだ。最近森の中には入っているか?」
「最近はプルーの摘果作業が忙しくてな。だが薪を集める程度はやらせているぞ。」
「そうか。それじゃあしばらく村から離れないように言っておいてくれ。」
「それは…」
「ああ、監視してる。こっちの村は聖樹のおかげで感知結界があるから敵も近づかないとは思うが、念のためな。それから結構な使い手だ。ワディ、もしも出くわしても決して戦うな。つか俺以外にはどうしようもできないだろうな。」
「そこまで強いのか…」
「貴族どもの隠し球ってところだな。さっさと対処したいが離れすぎてる。魔力反応も微弱だし、気配もかなり消せる。前に荷馬車襲ってきた奴らとは別格も別格。裏の世界にこんな奴がいたとはな。」
「そこまでか…わかった。しばらくの間は皆に森に入らぬように言っておく。」
「頼んだ。まあ来週には稲刈りだからそれまでにはなんとかしておく。」




