第63話 農技
「メスティさん!見てください!」
「おお、ちょっと待ってくれ。」
メスティは収穫を終えた畑に鍬を入れる手を再び動かす。魔導農家の加護の影響でしょっちゅう収穫と耕運、種まきがやってくる。
ここの畑も先週耕して種まきしたばかりだと言うのに、また同じことをしようとしている。だがこのおかげで食料には困らない。
キリの良いところまで終わらせたメスティは一度作業を中断し、アリルの元へ向かう。アリルが帰ってきてから今日で1週間が経過した。
アリルは帰ってきてからと言うもの、毎日ミスリルの精製をしている。毎日ミスリルの精製をしているおかげで、ずいぶんその作業にも慣れてきていた。そろそろそれなりの量のミスリルが用意できたことだろう。
そしてアリルが作業している部屋の中に入るとそこには1本の鍬が置かれていた。一見するとただの鉄製の鍬にしか見えない。しかし持ってみると、見た目以上に重たい。
「これは…柄の部分もか?」
「はい。木製の柄よりも重くなってしまいましたが、その分ミスリルがふんだんに使われているので、魔力の浸透率は桁違いです。」
「うん…確かにすごいな。柄の部分も表面は木製だから見た目ではただの鍬にしか見えない。普通の鍬と比べて多少難はあるが…まあいけるだろ。しかし結構な量のミスリルだな。」
「一般的なミスリル入りの剣100本はありますよ。高性能のミスリル剣を作ると考えても数本は作れるはずです。」
「ミスリルなんて普通糸状にして組み込むからな。よし、ちょっと使ってみるわ。」
メスティは鍬を持って先ほど耕していた畑へと移動する。そして魔力を込めながら鍬を振り下ろし、土を耕した。
「…ん?」
「どうですか?…まあ武器と違ってただの鍬だから何の変哲もないとは思うんですけど…」
メスティは無言のままごく普通に畑を耕し始めた。別にミスリルの鍬だから作業効率が良いとか、逆に悪いとかはない。ごく普通の作業風景だ。
しかしメスティの表情をしっかりと見ているアリルにはメスティが何かを感じているのを感じている。そしてそれを口にするまでアリルも無言でその作業風景を眺める。
そして畑のほとんどを耕し終わった時、メスティは鍬を持ち上げ柄の部分に頭を当てる。そして深呼吸とともに魔力が練り上げられていく。
そして天高く掲げられる鍬はメスティの魔力をまとい、地面へと叩きつけられる。その瞬間、耕された場所もそうでない場所もふわりと空中に浮かび上がる。一度浮かび上がった土は空気を含んだふかふかの土へと変わった。
「うん。アリル、こいつは使えるぞ。」
「すごいです!どうやったんですか?」
「どうやった…というか元々あった魔導農家の加護の技だな。これまでの鍬だと壊さないように優しく使っていたからな。こいつだと壊れる心配がないから無茶ができる。まあ俺自身これまで本気で鍬を使ったことがないからこんなことができるとは思わなかったけど…」
「それじゃあ丈夫な鍬なら何でも良かったんですか?」
「まあ魔力の浸透率も高いから非常に便利だ。こいつだから出来た技だよ。まあ農業くらいしか使い道はないけどな。名前をつけるとしたら…農技、天地返しってところか。」
「いいじゃないですか農技。今の私たちにはすごく使える技ですよ。他の農機具を作ったら他の農技もできるようになりますか?」
「できるんじゃないかな?期待しているぞ。」
「はい!」
メスティの役に立つことがわかったアリルはやる気を漲らせる。そしてメスティ自身もこの農技が増えていけば、農地の拡大ができると喜ぶ。
「これまで農機具は街で安く買ったやつだったからな。壊さないように慎重に使ってきたが…どこまでできるかとことんまで試すか。」
これまで畑作など全力を出すような作業ではなかったので、ほどほどの力でやってきた。しかし本気でやれば魔導農家の加護はそれに見合った力を発揮してくれる。
「メスティさ〜ん!さっき何か大きな音しましたけど、何かありました?」
「ああ、すまんすまん。ちょっとはりきってな。それよりも耕し終わったから、種まきの準備をしておいてくれ。それからあの二人はどうだ?」
「まだ慣れない手つきですけど、問題なさそうですよ。さすがは傭兵といったところです。」
そう言ってガルが見る先ではフォルンとエラミが農作業に励んでいる。すでにハドウィックたちが帰ったと言うのに二人が残っているのには訳がある。
それは今回の襲撃の件がまだ序章に過ぎないからだ。あの襲撃の失敗で諦めるような奴が相手ならば簡単だが、黒幕は貴族や大臣クラス。
そんなレベルの大物が襲撃は失敗したからもう止めようなどと言うのはプライドに関わる。それにここで諦めたら仲間から見限られる可能性もある。
自身のプライドと麻薬取引を今後も続けることを考えたらここで諦めることはまずない。必ず報復に来るはずだ。
そしてその時、ハドウィックたちならばまず遅れをとることはない。しかしフォルンとエラミではさすがに実力不足だ。報復の対象として真っ先に選ばれるだろう。
そういうことで麻薬の件が落ち着くまではここで匿うこととなった。その間の給金はシンガード商会へ請求する。それからメスティ自ら2人を鍛えることも約束した。
強くなれる上に金も出るとなれば二人に断る理由はない。そしてもう3人。ガル、ギッド、ゴラスはこの機会を逃すつもりはない。
「頑張れよガル。二人とも結構可愛いし、フリーだ。俺としてもお前らが結婚して子供を作ってくれれば将来安泰だ。」
「が、頑張りますけど…二人とも自分より弱い男には興味ないらしくて……」
「…傭兵業の女あるあるだな。まあ何と言うか……頑張れ。今度鍛えてやるから。」
「……お願いします。」
それだけ言うとガルは再び仕事に戻る。農家の嫁問題は聞いたことはあったが、こうして目の当たりにすると由々しき問題だと思う。
そもそも街住みの女性がわざわざこんな僻地に来て、結婚したら農家として働く。そこには街で済むような華やかさはない。そこに憧れるのは少数派だ。
現にフォルンとエラミは今農作業を手伝っているのは、メスティに稽古をつけてもらえるから仕方なくやっている感がある。まあわざわざ傭兵業をやるような人間が農業をやりたがるとは思えない。
「やっぱりどっかの村でガルたちの嫁探しした方が堅実だよなぁ…まあフォルンたちで多少でも女性慣れしておけば、嫁探しの時に楽になるはずだ。」
とりあえずガルたちには頑張ってもらうが、今回は負け戦だ。だがその敗北が次に繋がると信じて今回は全力で負け戦に臨んでほしい。
そんなメスティは風に乗って漂う独特な匂いを感じる。その匂いの元は田んぼに実る稲たちだ。若干薄茶色になってきた稲穂は小さくこうべを垂れている。
「米の収穫も近いな。もう少し稲穂が垂れてきたら水抜きして、刈り取りの準備を始めるか。米か…そういや河童は稲のことを知っていたと言うことは、魔大陸特有の穀物なのかな。魔大陸の穀物の味…楽しみだな。」
想像しただけで唾が溢れるメスティ。もうすぐ夏が終わり、秋が来る。今年はどれだけ食料を確保できるか。ワディたちのことも考えれば今まで以上の収穫が望まれる。
「さて、昼飯までまだ時間があるしもう一踏ん張りするか。」




