第60話 引き渡し
「ん?昨夜の尋問のことか?」
早朝。朝食の準備をしながらメスティと会話をするアリルはどうやって嘘を見抜いたのか気になり、世間話のついでに聞いてみた。
「そうだな…人間嘘をつくときはなんらかの動きを見せるんだ。指が動く、心拍数が上がる。特にああやって問い詰められているときは顕著に出やすい。その反応は人それぞれだ。」
「それを見て判断したんですか?」
「目に見える部分ならそうだ。ただ心拍数は見ただけじゃわからないからな。自分の魔力を触角のようにして相手を包み込む。そうすることで心拍数や小さな動きすらも手に取るようにわかる。ある程度の技術と知識があれば多少の嘘はわかるようになるぞ。」
「へぇ……魔力を触角のように…」
「魔力で行う五感強化の応用みたいなもんだ。うまく使えば指先に味覚をつけられるぞ。食べなくても毒の味がわかったりして、毒味に便利だ。」
「それじゃああの撒き散らされている鉄片もその一部か?」
突如やってきたハドウィックは手に親指ほどの鉄片を持ちながらこちらに近づいてきた。よく見ると革靴に切れ目が入っている。
「もしかして踏んじゃった?」
「靴底には鉄板入れているから問題ないが、横の方が切れちまったよ。これじゃあおちおちしょんべんにも行けねぇ。」
「すまんすまん。脅しがてら相手の武器破壊したんだけど、ちゃんと安全確認しておくべきだったな。」
「武器をあんなに細かく壊したんですか?」
「ああ、武器強化の一種でな。まあ魔法学校に稀にいる武器強化ができないやつから学んだんだが、結構難しいんだ。普通武器強化は武器の全体を強化するんだが、ある周波数の魔力は鉄の隙間を縫うように流れるんだ。そしてその流れた隙間を魔力強化すると魔力によってわずかに鉄が魔力膨張してな、強固そうに見える鉄剣がボロボロに壊れるんだ。まあ魔力の籠った剣や、名剣の類には効果がないし、わざわざそんなことする必要もないから相手を脅かすようにしか使えなくて…」
「せっかくの鉄資源なのに回収が面倒じゃないですか。」
「…ごめん。」
せっかくの鉄の塊を回収が面倒になる程バラバラにされたことを指摘するアリル。そうとは知らずにベラベラと語ってしまったメスティは申し訳なさそうな表情を取る。
ただメスティとしてもこの技を覚えるのはかなりの困難を極めたので、誰かに聞いて欲しかったという気持ちがある。
「それよりもこれからどうするんですか?この人たち…」
「ああ、馬を走らせて騎士団呼んで全員しょっぴいてもらう。騎士団が来るまで何日かかかるからその間はここで見張っておくよ。ということで頼んだ。」
「飯食わせたら一番軽いやつを馬に乗せる。それで良いだろ?」
「それで十分だ。馬車で3日くらいなら…今日の夜中にはつくだろ。それからアリルたちは先に帰っていてくれ。とは言ってもここからじゃもう何日かかかるだろうけど。」
「私たちだけ先にですか?」
「クラウドシープを安全な場所でゆっくりとさせてやりたいからな。それに荷馬車は時間がかかるんだから急いだ方が良い。」
「わかりました…」
せっかく久しぶりにメスティと会えたと思ったら、再び別れてしまうことにアリルは寂しがる。そんなアリルを見たメスティは仕方ないと頭をワシワシと撫でてやる。
するとアリルは少し元気が出たのかテキパキと出発の準備を整え始めた。そしてアリル一行はメスティと襲撃者だけを残して再び出発する。
「それじゃあメスティさん。家で待ってますね!」
「ああ、それじゃあな。」
再び別れの言葉を紡ぐアリルとメスティ。そしてアリルを見送ったメスティは襲撃者たちの方を振り向く。
「さて、お前らを騎士団に引き渡すまで随分時間があるからな。それまでの間に…いろんなこと聞いちゃおっかな。」
メスティはニヤリと悪い笑みを浮かべる。それを見た襲撃者たちは恐怖に戦慄するのであった。そして1日でも早く騎士団が来るのを心待ちにすることになった。
「お?ようやく来たか。ん…この感じは……」
メスティは若干嫌そうな表情を浮かべる。そして自分の服を見て埃を払い始めた。そして丘の方へ目をやるとそこから騎士団の一団が現れた。
「よりによって第5部隊か…まあ可能性は一番高かったけどさ……」
徐々に近づいて来る囚人を捕らえるための牢屋を積んだ馬車。そして鉄の鎧をまとった地味な服装。あの団長がトップにいるとは思えないほど真面目そうな雰囲気が漂っている。
この国の騎士団には部隊ごとに特色がある。アーネストの部隊は槍を扱うものが多い、そしてこの部隊は騎士団という輝かしさよりもどんな悪も許さぬ、部位や鎧は消耗品なのだから見た目よりも性能と価格を重視する真面目な部隊。
ただしその実績は騎士団の中でも常にトップ。メスティも一時期は尊敬していたのだが、そこの隊長があまりにも真面目すぎて肌が合わなかった。その人物は…
「お久しぶりです。マルク隊長。」
「ああ、久しぶりだな。それで…ここにいるのが襲撃者だな?」
「はっ!闇ギルドの人間だと思われます。ただその雇い主は少し厄介でして…書類をまとめておきました。」
「そうか。では一度ついて来てもらおう。国で細かい話を聞かせえてもらおうか。」
「申し訳ありません!自分は現在国への接近禁止令の期間中でありまして、これ以上国に近づくことはできません!今回の件については全て書類をまとめてありますので、そちらをご確認ください!」
「そうか。ではここで簡単に話を…む…」
「申し訳ありません。簡単にできる話というほど、今回の件は甘くなく…」
書類に目を通したマルクは険しい表情を取る。その書類が本当ならばメスティから多少でも話を聞いておきたいのだが、ここで話せるほど簡単に話ではない。
「この書類の内容は事実なんだな。」
「事実です。」
「そうか……理解した。一度こやつらを連れ帰り、協議ののちにそちらへ使いを送る。詳しい話はその時にしよう。」
「わかりました!」
マルクはすぐに部隊の全員の指示を出し、襲撃者たちを馬車上の牢屋へと入れていく。ただ襲撃者たちがほっとした表情を浮かべたのは気に入らない。
そして襲撃者たちを連れ、その場を去るマルク。それをしっかりと見送ったメスティは長いこと開けてしまった家へと急いで戻った。




