第58話 久しぶりメスティ
「あ!あれ!お〜い!」
アリルが指差し、大きく手を振る先には二人の姿がある。片方はこちらを向いて手を振り、もう一人は地に伏している。
そんな二人のもとに荷馬車は近づくとアリルとシェムーは急いで駆け寄る。アリルは満面の笑みを浮かべ、シェムーは心配そうな顔をしている。
「だ、大丈夫ですかワディ様…」
「お、おお…シェムー…無事戻ったか…」
「ただいま戻りましたメスティさん。特訓をしていたんですか?」
「暇だったからな。ワディがシェムーのことが心配だからって付いてきたんだが、暇つぶしにはちょうど良かった。しかし…ずいぶん成長したな。メラギウス先生に見せて正解だったな。シェムーも随分強くなったみたいじゃないか。ん?その腕のはなんだ?」
「メラギウス様に頂いたのよ。元々はあんたにあげる予定だったらしいけど…」
「魔法言語を使うには持ってこいってわけか。ああ…こりゃすごいな。いや、やばすぎだな。え?もうちょっとよく見せて…うっわ…すげぇ…」
シェムーの腕輪に夢中になるメスティ。アリルはそんなメスティを見て少しやきもちを焼く。そんな中荷馬車の上からハドウィックがメスティに声をかける。
「おい!ここで野営するんで良いのか?」
「ああ、すまん。もう少し先に行ってくれ。俺らが野営に使っていた場所があるから見ればわかる。」
「はいよ。……俺らに労いの言葉はないのか?結構面倒だったんだぞ。」
「そうみたいだな。こんな規模の襲撃部隊はそうそうお目にかかれないぞ。まあそのあたりの話は今夜ゆっくり聴こう。」
荷馬車に再び乗り込み移動を開始する一行。そして夕日が沈みかけた時にメスティが野営していた場所にたどり着いた。
そして荷物を降ろししっかりとした野営の準備を始める。まだ襲撃者たちが見張っているというのに呑気なものだ。
そして夕食の準備をしている間にアリルはメスティに簡単な報告をしていく。それを聞いたメスティは笑いながらメスティの頭を撫でた。
「それは災難だったな。まさか錬金術の加護のことじゃなくて麻薬のことで目をつけられるなんてな。しかし…だからこそ襲撃が散漫だったんだろうな。錬金術のことがバレていたらもっと本気で襲撃してきただろう。それこそ死人が出ていたかもな。」
「笑い事じゃないですよ。ここまでくるのに必死だったんですから。」
「大丈夫大丈夫。ハドたちがついているんだから何も問題ないって。」
「問題だらけだわ!あれだけ魔力持ちが揃っているとなるとこっちだって命がけだ!ったく…つかあれどうにかしろよ。」
「え〜そこは傭兵の仕事だろ?」
「俺らの仕事は護衛だ。それ以上はやらん。やらせたきゃその分の金を用意しろ。」
「はぁ…仕方ないな。夕飯食ったらやるよ。」
文句を言いながら出来上がった食事を配り始めるメスティ。そんなメスティを見つめる二人の人物がいる。メスティもその視線に気がつき、その二人を見るが不思議そうな表情を浮かべる。
「君たち二人は…護衛?」
「あ、紹介しますね。フォルンさんとエラミさんです。街で護衛をしてくれていて、そのままついてきてもらいました。ハドさんたちはおじさんばっかりなので。」
「なるほど…それは考えから抜けてた。アリルとシェムーの護衛をありがとうな。メスティだ。よろしく。」
「フォルンと言います!鉄級傭兵です!」
「エラミです。銅級傭兵です。」
「うん。面構えが良いな。まだ技術面は甘いが、才能は良いものを持ってる。ハドから学ばせてもらいな。知識は力になる。」
「俺なんかよりお前から学んだ方が良いだろうが。うちのギルドで最高位なんだからよ。」
「魔力ありとなしじゃ色々違うだろ。それに慎重なお前と違って俺は遊んじゃうから。」
「「「確かに」」」
話を横から聞いていた傭兵たちから同時に声が上がる。それを聞いたメスティは自分で言ったのにも関わらず、不機嫌そうな表情をとっている。
それを見た傭兵たちは一斉に笑い声をあげる。なんとも楽しげな夕食時、だがフォルンとエラミは背中に悪寒を感じた。
明らかに囲まれている。しかもフォルンとエラミが気がつく距離でだ。もちろんそれに気がつかぬハドウィックたちではない。しかしこれだけ近づいているというのになんの反応もしていない。
「んも〜…今から夕食なんだぞ。少しくらい待ってくれたって…」
そういうと闇夜の中から風切り音を立てて一本の矢が飛んでくる。その矢はまっすぐに突き進み、メスティの頭へ直撃した。
だが矢は突き刺さらず、メスティの頭に当たった後に地面にポトリと落ちた。それを見たフォルンとエラミは「矢が…」と声を震わせている。
「…飯中だって言ったよな?アリル、悪いが少し持っていてくれ。」
「は、はい…」
夕食の乗った器をアリルに手渡すと立ち上がり首を回した。その様子を見ているハドウィックたちは何事もないように夕食を食べている。
そして次の瞬間、メスティはその場から消え去った。
「くそ…くそぉ!!」
何が起きている。一体何が起きているんだ。矢を当てたやつが何事もなかったように立ち上がり、その場から消え去ったと思った途端、あちこちで断末魔が聞こえ始めた。
相手は強者であったが、それでも数で勝るこちらの一方的な狩のはずだ。しかしこれはどうだ。これではまるで俺たちが…
「見〜つけた。お前だな?俺の飯中にちょっかいかけてきたのは…」
「ひぃ!!」
突如目の前に現れた男。驚き尻餅をつく私だが、これは実に良い位置に来てくれた。私のいる場所は弓兵が多い。そして私の声で敵がどこにいるのか皆に知れ渡る。
そうすれば必然として弓兵たちの一斉掃射が男に向けられる。さらにこの弓兵の中には魔力持ちの、しかも弓術の加護を得ている者がいる。そいつにかかればどんな防御魔法をしたところで貫いてみせる。
そして男は大量の矢をその身に浴びる。しかしただの矢では男には届かなかった。しかし魔力のこもった矢に男は気がつくことなく、避けることすらできずに男の顔面に当たった。
「やった!ざまあみ……ふぇ…?」
「はふへぇは。ぷっ…さすがに加護持ちの矢は当たったら血が出るぞ。気をつけろ。」
「ば、化け物…」
男に直撃したと思った矢は男に噛み咥えられていた。そして唾でも吐くようにその辺に捨てられてしまった。この男には矢は効かない。
「き、切れ!切り殺せ!!」
矢がダメならば切るしかない。すぐに弓を捨てて県へと持ち替える。そして私も懐から短剣を取り出すと決死の覚悟で男に突き立てる。
だが仲間たちの振り降ろされた剣も私の短剣も男に届く前に大きくひび割れ、破壊されてしまった。
男が魔力持ちなのはすでにわかっている。そして加護を持っていることも。しかし一体どんな加護を持てばこんな芸当ができるというのだ。こんな技は聞いたことがない。
ただ一つだけわかることは矢も剣も効かないこの男に勝つ術はもうないということだ。そして私の意識は笑みを浮かべる男の表情を映したのを最後に失った。




