第56話 襲撃の理由
朝日が昇る。あまりにも不気味な、静かな静かな朝を迎えた。そして朝日に合わせるように馬を止めてアリルたちはその場に停車する。
暗闇の中を走り続けた馬たちは汗をかいて疲弊している。これではしばらく休ませなくては走り出すのは難しいだろう。
「まだ見てやがるな。めんどくせぇ…」
「諦めりゃいいのによ。…妙に執着してねぇか?」
ハドウィックは仲間と話しながら警戒を続ける。そんな中警戒心もなくシェムーとフォルンがハドウィックに駆け寄る。
「なんであれを扱えるの!まともな使用方法すら編み出せてなかったのに!」
「すごいっす!ハドウィック様!わ、私にも使い方を…」
「落ち着け落ち着け。ったく……使い方を知りたかったらメスティに聞け。あいつが一番よく理解してる。」
「メスティが?」
「これをくれたのもメスティだ。余ってるから使ってみようとか言い出してな。あれはしんどかったぞ。」
「またメスティ…あいつなんなのよ!」
ハドウィックや他の銀級傭兵たちもメスティから携帯型吸気式魔力強化装置を貰い、その使い方を学んだ。だから詳しい説明はメスティにやらせた方が確実だ。
ますますメスティに会いたくなったフォルンとエラミ。シェムーは帰ったらメスティを問い詰めることだろう。
「それよりもアリル。馬たちを早いところ回復させてやってくれ。あまりもたもたしたくない。」
「一応ポーションなどで疲労回復はさせますけど…この状態だと1時間くらい休ませないと…」
「ここで1時間は痛すぎる。…仕方ない。多少でも良い。俺らで荷馬車を動かすぞ。」
ハドウィックの提案に嫌そうな顔を浮かべる傭兵たち。しかし1時間完全に止まっているよりもわずかでも進んだ方が良いのは確かだ。
「アリルとシェムー。行けるか?」
「大丈夫です。」
そしてアリルとシェムーで荷馬車を1台ずつ。フォルンとエラミで荷の軽い荷馬車を1台。さらに馬の負担を減らすために馬2頭で1台の荷馬車を引かせた。
そして残った荷馬車は護衛の傭兵に引かせる。ただし護衛が疲弊してしまい、いざという時に戦えないと困るので護衛が引く荷馬車も荷の軽いものだ。
つまりアリルとシェムーが一番重い荷馬車を引くことになる。ただ2人は魔力持ちだ。そしてメスティに鍛えられているだけあって、この程度ではそこまで疲弊しない。
「とりあえず馬の疲労が回復するまでなんとかするぞ。2時間は引くと思え。」
「2時間もやるのは得策じゃないと思うんだがなぁ…」
「仕方ねぇだろ。こうでもしねぇと今日中に行きつかねぇぞ。」
「それにしてもこんなに執着する理由なんだろうな。」
傭兵たちはなぜこんなに執着するのか疑問に思う。なんせアリルたちを護衛しているのはこの国有数の傭兵たちだ。護衛のレベルとしては最高レベルだ。
「個人的な恨みとかか?」
「そりゃメスティなら山ほど恨まれてそうだが…あいつをわざわざ怒らせるバカはいねぇだろ。」
「いないか?」
「…いるかもなぁ。」
ハドウィックたちは考えるが一向に答えがわからない。その答えさえわかれば襲撃者たちを説得できる可能性があるのだが、それは難しそうだ。
その頃アリルも襲撃の理由を考えていた。一番大きな理由としてはアリルという錬金術の加護持ちを手に入れるため。しかしそう考えたが、それにしては襲撃者の質が低い。
錬金術の加護持ちが手に入るのならばもっと手練れを集めるべきだ。なんせ手練れを雇う金を考えても、錬金術の加護持ちが手に入るのであれば山ほどお釣りがくる。
「襲撃者のレベルを考えると積み荷で儲かるお金と同じくらい…だけど積み荷目当てだとしたら執着する理由がわからない。あの撃退で力の差はわかったはずなのに…こんなのただの嫌がらせにしかならないよ。…嫌がらせ?」
ただの嫌がらせだと考えた瞬間アリルの中で何かが腑に落ちた。ハドウィックやアリルたちがすぐに気がつく監視者のレベルの低さ。こちらに特に被害のない襲撃。
「私たちに対する嫌がらせ…は別に意味ない。私たちは国には近づかないからそんなことをしても利益になりにくい。ハドウィックさんたちに対する嫌がらせ?いや、ハドウィックさんたちへ嫌がらせをするなら街にいるときに個人個人を狙った方が効果は高い。そうなると…ラセックさんへの嫌がらせ?もしくはシンガード商会への……」
アリルは思考を巡らせる。シンガード商会への嫌がらせなら以前からあっただろう。ただシンガード商会への嫌がらせならばアリルたちを狙わなくてもその機会はしょっちゅうある。
わざわざこんな護衛の厳しい中を襲ってくるのは費用対効果が低い。もし襲うのならば護衛の少ない荷馬車を襲うべきだ。その方が確実に効果がある。
ラセックやシンガード商会への嫌がらせだと考えたときにわざわざこれだけの護衛がいる物資を狙う理由。それは嫌がらせをしてきている相手の力を誇示するため。
お前らが逆らっている相手はこんな強い護衛がいる荷馬車でも襲えるぞという力の誇示。なんなら大被害を出せてしまえばその力の誇示はさらなるものとなるだろう。
「そう考えると敵はさらに増強する可能性があるかも。魔力持ちの襲撃者がさらに増える可能性も。……でもなんでわざわざそんな力の誇示を?しかもその力の誇示を今やる必要がある。なぜ今?私達が知らない理由の可能性もある。でも…」
アリルは考える。ここ最近でラセックやシンガード商会へ力の牽制する必要がある人物。シンガード商会を屈服させたい人物。
「商会同士の対立?いや、それならこんな力の誇示なんて無駄な真似はしない。相手の商売の流通ルートに手を出した方が良い。わざわざ力を誇示するなんてプライドの高いような真似…貴族?プライドから貴族に行き着くなんて単純だけど…貴族がわざわざ力の誇示をする理由……」
「アリルっち〜喉乾いた〜水ちょうだ〜い。」
「そっちに積んでなかった?」
「飲み切っちゃったぁ〜」
「も〜…ちょっと待ってね。」
シェムーの声により思考の海から引き戻されたアリル。すぐに飲み物を用意してアリルの引く荷馬車の方へ放り投げる。
するとシェムーは若干慌てながらも上手くキャッチし、感謝の言葉を述べるとガブガブと飲み始めた。
それを確認したアリルは再び思考を始めようとする。しかしその時、シェムーのことを考え思い出した。そしてそれがこれまでの結論と上手く合致した。
「麻薬の取引。麻薬の流通に関わっているのは貴族。そして麻薬が流通していることをラセックさんを通して騎士団に伝えた。…ラセックさんは麻薬が流通していることを知っている。そして麻薬に関わっているのは貴族だけじゃなくて、おそらく商人たちも。他の商会を追い落とす材料として麻薬の情報を調べていたとしたら?そのことに感づいた商人が貴族に助けを求めて、ラセックさんを脅す材料として今回の襲撃を企てたとしたら…」
もしもこの仮説が正しかった時、今回の襲撃はこの程度では終わらない。力の誇示のためには大被害が出ないと駄目だ。それこそ死人が出るレベルでないと…
「急いでメスティさんのところに行こう。このままじゃ…絶対に大変なことになる。」




