第55話 襲撃
日の出前、アリルやハドウィックたちは静かに起き、そして出発の準備を整える。馬は騒がぬように優しく起こし、荷馬車に繋留する。
そして前日よりも速度早めで荷馬車は進んだ。そんな荷馬車をようやく出てきた朝日が照らす。この調子ならば今日中に良いところまでいけそうだ。
しかしどんなに急いでも大荷物を乗せている荷馬車では速度はたかが知れている。今日中に街から100キロ離れた位置まで移動したいが、さすがにそれは無理だろう。
アリルも荷馬車を引く馬にポーションを使うなどできる限りの事はしている。積み荷もメラギウスの作ったリュックサックの中に入れているが、さすがに荷物の量が多すぎるため、全ては無理だ。
そして途中、馬を休めるために休憩を挟んだ際にハドウィックは苦虫を噛み潰したような表情をとった。そしてアリルたちも若干遅れてからそれに気がつく。
「ハドさん。一匹のクラウドシープの様子がおかしいの。もう少し急げない?」
「これ以上はどんなに頑張っても無理だ。まあ一匹だけだろ?そのくらいなら問題ない。」
「でも…他にも移って増えたら…」
「わかっている。まあしっかり囲って守っておけ。ここは何もないからな…」
ハドウィックは周囲を見回す。それを真似るアリルは小さく頷いて急いで自分の荷馬車に戻った。そして荷馬車の中に入ると作業を開始する。
「ど、どうしたっすか?」
「魔力持ちの加護持ちの実力者が現れた。相手は結構本気だからまだまだ実力者が増える可能性がある。とりあえず、この荷馬車だけでもしっかり守れるように準備するよ。ここは見晴らしが良すぎるから遠距離で攻められたら対応が難しい。シェムちゃん、お願いできる?」
「任せて。」
アリルは荷馬車の中に鉄板を設置していく。シェムーはそこへ重量軽減の魔法言語と強化の魔法言語を刻み込む。
「どのくらいまでいけそう?」
「素材がただの鉄だし…魔力持ちが本気を出したら貫かれると思う。重量もかなり軽減したけど…ごめん、これを積んで荷馬車を馬に引かせるのは厳しい。」
「ううん、大丈夫。とりあえず同じものを荷馬車分だけ用意しよう。夜襲の準備だけしておけば大丈夫だと思う。」
襲撃側もハドウィックたちがいる限りは十分な戦力が整うまでは襲いかかって来ない。そしてその予想は無事に日没を迎えられたことで証明された。
しかし今日の夜は間違いなく無事には済まない。アリルとシェムー謹製の防御用鉄板を全ての荷馬車に設置し、万全の体制を整える。
だが夕食を食べ終えた後も、寝る準備が済んだ後も襲撃の様子はない。するとハドウィックは一度アリルたちに寝ることを勧めた。しばらくは襲撃がないという予想なのだろう。
「でも…大丈夫ですか?」
「月のおかげだ。月明かりに照らされて闇夜に紛れて襲撃ができない。これだけ視野が取れる中、俺ら相手に襲撃はしねぇ。今襲撃するなら昼間に襲撃してくる。」
「わかりました。では…雲が出てきたらすぐに起こしてください。」
「わかった。」
そして眠りにつくアリル。だがフォルンとエラミは今日襲撃があるかも知れないという考えから全く眠りにつくことができない。しかしそれでも数時間も経てば緊張が持つわけもなく寝息を立てていた。
だが眠りについたアリルたちは突如起こされた。どうしたのかと外を確認すると雲が出てきたのだ。しかもこの調子ならば後十数分で月が完全に隠れる。
「俺らが襲撃者ならこのチャンスを逃す手はない。」
「どうしますか?」
「夜明けまでまだ数時間はある。一度襲撃が始まればどちらかが全滅するまで戦いが続く可能性がある。だから夜明けが来るまでここで耐えるのは賢明じゃない。全ての鉄板を回収してくれ。逃げるぞ。」
「わかりました。」
アリルは急いで全ての荷馬車から防御用鉄板を回収する。そして馬たちを起こし、出発の準備を整える。そして出発の準備が整った頃には月が雲で半分隠れていた。
そして無言のままアリルたちは出発する。これで相手もさすがにこちらが襲撃者に気がついていることに気がついただろう。
ただ相手はまだ動かない。あまりの静かさにフォルンは襲撃の話は勘違いだったのではと思ってしまう。しかしそれから数分後、空を見上げると月が完全に隠れようとしていた。
そしてその時、ハドウィックたちは一気に警戒を高めた。そしてハドウィックの仲間の一人が弓を射る。射られた矢はトスッという軽い音を立てて草原のどこかに突き刺さる。
「さすがに早いな。当たる気がしねぇ…」
「弓を使える人は準備してください!」
アリルは懐から一つのフラスコを用意するとそれを闇夜の草原に投げつける。するとフラスコが地面に当たった瞬間、目がくらむほどの光を生み出した。
そしてその光により草原を駆ける無数の人影があらわになった。さらにその無数の人影は突如の光に一瞬足を止めてしまう。そこを逃さず矢が突き刺さる。
だが敵の数が想像以上に多い。荷馬車の片側だけだというのに30人以上はいる。それにまだ様子見をしているものたちも幾人かいる。100人以上の襲撃者だと考えて良いだろう。
「随分集めてくれたもんだ!俺たちの評価高いみたいだな!」
「もっと過小評価しても良いんだけどな!その方が楽だった!」
すると相手からお返しだと矢を射かけられた。だがそんな矢が当たるハドウィックたちではない。しかしこの状況下では矢は非常にまずい。もしも馬に当たったらこの場から動けなくなる。
だからこそハドウィックたちは分散し、馬を守れる位置についている。しかしこれだけの襲撃に対し戦力を分散させるのはあまり良くない。各個撃破されてしまう可能性が出るからだ。
そしてそれは現実として馬車に駆け寄ってきた数人の襲撃者によって起ころうとしている。だが襲撃者たちはほんの一瞬のうちに倒れることとなった。
「俺を狙うな狙うな!他のやつのとこいけよ!俺が一番弱そうに見えんのかよ!」
「くたばるんじゃねぇぞ!頑張ったら後でよしよししてやるよ!」
「気持ち悪りぃから絶対やるな!」
軽口をたたき合いながらお互いの無事を確認しつつ、戦闘は続く。しかし相手の数が多いというのになんとも余裕がある。さすがは銀級の傭兵だ。
だがその時、敵側に動きがあった。これ以上雑兵を送り込んだところで大した成果を得られないと察したのだろう。魔力持ちがこちらに近づいてきた。
魔力持ちと魔力なしの差は大きい。ハドウィックがいくら強くても魔力持ち相手に勝つのは難しい。そうなると対処できるのはアリルかシェムーだけだ。
「ここは私がいく。アリルっちは羊ちゃんたち守ってあげて。」
「うん。気をつけて…」
「おい!護衛対象はおとなしくしてな。」
「でもハドさん。相手の魔力持ちが…」
「わかってるよ。気にするな。俺らにはこれがある。」
そういうとハドウィックは鎧の下に隠したネックレスを引っ張り上げる。ただそれはネックレスというよりも小さな猿ぐつわのようにも見える。アリルにはそれが何かわからなかったが、シェムーはそれが何かわかったらしい。
「それって…もしかして携帯型吸気式魔力強化装置?」
「何?その凄そうな名前のやつは…」
「…それは……名前だけ凄そうなだけのゴミよ。」
「ゴ、ゴミ…」
携帯型吸気式魔力強化装置とは魔力を持たないもののために開発された魔力強化装置だ。その方法は口から噴霧させた魔力を吸収するというもので、魔力を持たないものでも魔力を摂取することで一時的に魔力持ちと同等の力を得られるというものだ。
「それってすごいんじゃないの?」
「文面だけならね。でもただ魔力を得ただけじゃ意味ないのはわかってるでしょ。魔力を運用し、身体強化をさせるか武器強化させる必要がある。でも魔力を持たない人じゃ魔力の使い方はわからないし、魔力を体内にとどめておくことができない。一度の使用で約3分間魔力を持つようにできるけど、使い方がわからないんじゃね…」
「それは…」
「おまけに一度使用する際に金貨数枚分の費用がかかるの。一人の人間が魔力を運用できるようになるまで莫大な金がかかるのよ。一度これを使った騎士団の設立を試みたけど、一月で終わったわ。」
「く、詳しいね。」
「…うちの家も一枚噛んでたのよ。その時の負債はデカかったわ……」
シェムーは苦い思い出のようであまりそのことは思い出したくないらしい。なお、一月の訓練の間にまともに携帯型吸気式魔力強化装置を使いこなせたものはいない。
「だからそんなものを持っていたところでなんの意味も…」
「だが運用できたら結構便利なんだぞこれ。」
「…嘘でしょ。まだこの国では成功した例なんか聞いたことないわよ。」
「そうか。なら…今日はたんまりと成功例を見ることができるかもしれないぞ。」
ハドウィックは携帯型吸気式魔力強化装置を口に咥え、少し強く噛みしめる。すると内部にセットされていた液体が霧状に噴霧され、ハドウィックの呼吸とともに体内へと吸収されていく。
そして次の瞬間、ハドウィックは常人離れした脚力でこちらに襲いかかろうとしていた魔力持ちに駆け寄る。
相手もすぐにハドウィックに気がつき応戦するが、ハドウィックは難なく敵の一撃を躱し、相手に一太刀、そして二太刀浴びせる。
相手はこれに驚き、慌ててその場から退く。すると他のものたちもそれを見てすぐにその場から退いていった。
ハドウィックとしては逃げる相手を追う必要もないため、再び駆けて荷馬車へと戻る。
「これで当分は大丈夫だろう。もう少し行ったら馬を休ませてやろう。」
「お〜いハド!あんまり使ってないだろうな!」
「大丈夫だ!ほんの少ししか使ってねぇよ!それより道に気をつけろ!何かされてねぇとは限らねぇ!」
「あいよ!」
シェムーが驚愕する横でアリルは身震いする。これがメスティも一目置く、この国指折りの銀級傭兵ハドウィックの実力の一旦だ。




