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第53話 クラウドシープ

 翌朝、ルーナに別れを告げたアリルは再びシンガード商会へと向かう。そんなアリルの周囲には屈強な男たちがいる。そしてその中にはハドウィックの姿もあった。


「すみません予定が変わってしまって。」


「気にするな。この仕事じゃよくあることだ。それに…金はシンガード商会が出すんだろ?元々タダ働きの予定だったからありがたいことだ。なあそうだろ?」


「まったくだ!報酬はハドから酒を奢られるくらいだと思っていたからな。」


「出発前にその辺の交渉をするから待っておいてくれよ。」


 皆笑いながら談笑する。その中には場違いだと言わんばかりのフォルンとエラミの姿がある。そんな縮こまる二人の肩をハドウィックは叩いてやる。


「大丈夫かルーキー?そんな縮こまらなくても危険のない依頼だ。のんびりしようぜ。」


「い、依頼の方じゃなくて……こ、こんな凄いみなさんの中に混ざっているのが………」


「トップ傭兵がこんなに……」


 緊張するフォルンとエラミ。それもそのはずだ。今回の護衛は全員銀級傭兵。この街でも指折りの実力を持つ傭兵たちだ。フォルンとエラミにとっては憧れの人物ばかり。


「その…こんな豪華な方々を揃えても…問題ないんですか?」


「ギルドからは苦情が来たな。人手不足が起きて大変だってな。」


「そ、そうですよね。でも…なんで集まったんですか?」


「仕方ないだろ。他でもない…メスティの頼みだからな。」


「な、何者なんですかそのメスティって人…」


 ますます気になるフォルンとエラミ。アリルは二人にメスティのことを簡単にしか説明していないのでメスティのことをよく知らないのだ。すると護衛である一人の傭兵が近づいて来た。


「メスティってのは……黒面のことだよ。」


「こ、黒面!?あの伝説の!?」


「なんですか黒面って?」


「黒面っていうのはメスティが傭兵業をしている時に正体を隠すために使っていた黒いお面から来た通り名だよ。」


「馬鹿!それは言うなって言われていただろ。全く……本来魔法学校の生徒は鉄級までしかギルドで働いちゃダメなんだ。メスティは家の事情があったからギリギリ銀級まで許されていた。だがあいつは歯ごたえを求めて素性を隠して金級まで上がった。」


「なんと言うか…メスティさんらしいですね。」


 本来命の危険がある傭兵業は将来を期待されている魔法学校の学生の安全性を確保するため、法律で鉄級までしかギルドに所属することは許されない。


 ただしメスティは両親及び親類がいないと言うことと、群を抜いた成績から特別に銀級までいくことを許された。


 しかしメスティの実力では銀級では退屈であった。そこで素性を隠し金級まで上がることにした。ギルドとしても金級の傭兵がいた方が都合が良いため、メスティのことを黙認した。


 そして黒面として金級まで上がったメスティはいくつも依頼を達成していった。そして伝説と呼ばれる偉業を成し遂げることとなる。


「けど伝説ってなんですか?」


「知らないんすか?傭兵なら誰もが知る伝説。……モンスターの討伐っすよ。」


「メスティさんモンスター倒したんですか!?」


「…ああ、あれは地獄だった。」


 ハドウィックは遠い目をする。モンスターは本来騎士団が討伐に当たるものだ。並みの傭兵ではモンスターを討伐するためには銀級の傭兵100人は必要だろう。そしてその大半が討伐の際に死ぬことになる。


 はっきり言って傭兵がモンスターを討伐する必要はない。それどころかモンスターを討伐したことで何か報酬を得られるわけではない。


「ハドさんも…そこに参加したんですか?」


「ここにいる全員参加したよ。あともう何人かな。そいつらは今日他の依頼に行ったりしてる。」


「その…死んだ人とかは…」


「それがいないんすよ。だから伝説なんす。傭兵十数名によるモンスターの討伐。討伐隊の死者なし。」


「傭兵たちの憧れ…」


 熱く語るフォルンとうっとりとするエラミ。それを聞いたハドウィックたちは照れ臭そうにしている。


「まあそのモンスターの討伐のせいで、隠れて傭兵をしていたことが学校にバレてメスティはギルドに来ることができなくなった。俺たちも銀級止まりになったしな。」


「モンスターの討伐が銀級に関係あるんですか?」


「俺たちはモンスターの討伐経験がある。……金級に上がったら騎士団に同行してモンスター討伐に駆り出される。」


「実際にそういう要請ありましたしね。その時は銀級だから勘弁してくれって断ったけど…金級に上がったらもう断れない。」


「だからうちのギルドは金級傭兵が異常に少ないことでも有名なんだ。ギルドとしても複雑だろうな。金級傭兵がいた方が良いが、そうなるとモンスター討伐に駆り出されて死ぬ可能性がある。」


 ギルドとしては頭の痛い問題だ。金級の傭兵がいた方が間違いなくギルドとしても売上が上がる。しかしそうなると危険なモンスターの討伐に駆り出され、死ぬ可能性が出て来る。


「それは…良かったんですか?」


「別に構わないさ。なんせ…銀級でも十分飯は食える。」


「まあモンスターの討伐実績の代償だと考えれば安いもんだ。あれは地獄だったが、良い思い出だ。おっと、お喋りはここまでだ。」


 ついお喋りに夢中になっていたアリルたちはいつの間にかシンガード商会へたどり着いていた。するとそこで待っていた店員に裏口へと案内されるとそこには10台ほどの荷馬車が並んでいた。


「ようこそいらっしゃいましたアリル様。新しく作り直した目録を確認してもらってよろしいですか?」


「わ、わかりました。でもすごい量ですね…」


「シンガード様が張り切りまして。目録の数が倍になりました。」


 目録を確認するアリル。すると手当たり次第に品を追加したような一覧になっていた。ただどれもこれもあったら良いなと思うものばかりだ。しかし正直なところ増えすぎな印象もある。


 するとラセックはアリルにこっそり耳打ちする。そこでようやくアリルはあの河童から貰った陶器の価値を知ることになった。


「…今後も取引に使いたかったんですけど……」


「それはやめた方が賢明ですね。気軽に使って良い代物じゃない。その辺りはメスティさんに相談してください。」


「わかりました。」


 せっかく良い取引の品を河童から得られたと思ったが、予想以上に良い代物すぎたようだ。悪くても使えないし、良すぎてもダメというのはなんともややこしい。


「そういえばクラウドシープはどこですか?積み荷の中にはそれらしきものが見当たらないようですけど…」


「今はまだ納屋にいますよ。ですがそろそろ…来たようです」


 ラセックが視線を向けた先には数頭の羊が並んで歩いている。これがクラウドシープと呼ばれる本来高山地帯にしかいない羊の子供だ。


 クラウドシープの体毛は雲のように軽く、衣服に使えば並外れた耐寒性能を発揮するという。ただクラウドシープを見たアリルは困った表情を見せた。


「…すごく弱ってないですか?」


「クラウドシープは本来高山帯にいるので、平地では環境が違いすぎるんです。正直、後何週間か遅れていたら何頭かは死んでしまったでしょう。」


「出発前に少し診察させてもらいますね。」


 アリルは駆け足でクラウドシープに近寄るとその様子を観察した。体毛には糞尿がついており清潔さが保てていない。


 食事も合っていないのか痩せている。お尻を確認すると下痢気味なのかお尻の周囲が汚れている。このままでは移動中に半数は死んでしまうかもしれない。


「…さすがはメスティさんだな。予想的中。」


 アリルはリュックの中からいくつかのポーションを取り出す。そして空中に水球を生み出すとそこへ数種類のポーションを投げ込んだ。


 そしてポーション入りの水球で一頭のクラウドシープを包み込むと水球は激しく動き出し、あっという間に真っ黒に変色した。


 そして真っ黒に変色した水球をクラウドシープから離すとそこには真っ白に生まれ変わったクラウドシープの姿があった。


「綺麗になったね。それじゃあこれでも食べて待っててね。」


 アリルはこの時のためにメスティが森の中でかき集めた栄養価の高い野草をクラウドシープに食べさせると、他のクラウドシープも綺麗にしていった。


 そしてあっという間に全てのクラウドシープを真っ白にさせると満足げにクラウドシープを抱き抱え、荷馬車へと乗せていった。


「よし、これで大丈夫。」


「すごいですね。今のはクラウドシープ用の薬液ですか?」


「はい。メスティさんが必要になるだろうからって用意しておきました。さすがにあの状態で荷馬車に載せるのは気が引けたので。」


 モコモコになったクラウドシープに囲まれるアリルは非常に満足げな笑みを浮かべている。クラウドシープもアリルのことを信用したのかずいぶん懐いている。


「それではこれで失礼しますね。色々ありがとうございます。それから今後ともよろしくお願いします。」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。次来るときはメスティさんやご兄弟も連れて来てください。美味しいものをご馳走しますよ。」


「楽しみにしてます。それじゃあ。」


 荷馬車は動き出す。手を振るアリルを見送るようにラセックの小さく一礼した。


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