第52話 河童のお皿
「頭を上げてください。それでえっと…話を再開しませんか?」
「ありがとうございます。そのあたりはラセックがうまくやってくれるでしょう。ですが、このごたつきで不快にさせてしまったのも事実。何かお詫びの品を送らせていただけませんか?」
「そこまでお気になさらないでください。メスティさんとラセックさんは親しい仲だと聞いています。私のせいで二人の仲がこじれる方が問題ですから。あ!そう言えば今回の取引に当たって色々と持って来たんです。えっと…ここ出しても?」
「問題ないですよ。ポーションですか?」
「はい!メスティさんがそのくらいは持って行けと言って…とりあえずポーションなんかを千数百本…それから色々とインゴットを…あ、メスティさんが目録作ってくれたのでこれをどうぞ。」
「ありがとうございます。」
目録を受け取ったラセックはパッと見るとそのままシンガードに手渡した。それを覗き見た他のものたちは動揺が隠せない。
なんせ量が膨大なのだ。本来錬金術の加護があれば作成はできるが、原材料の確保がネックとなる。だが目録から考えられる原材料の量は一国でも用意に1ヶ月はかかるレベルだ。
一体どうやって原材料を用意したのか気になる。しかし目録の最後に興味をそそられるものがあった。
「この陶芸品というのはなんでしょう?」
「あ!それは最近取引している方からもらったもので…価値がどの程度あるかわからないので、その辺も見てもらえたらと……」
アリルはリュックの中を探る。それを聞いたラセックを含めた全員が興味を失う。たかがそこらの村で手に入れた陶芸品など、大した価値はない。ポーション数本分の価値がある代物ならば良い方だ。
「これなんですけど…」
アリルが取り出したのは両腕で抱えるレベルの大皿である。そしてこれはカッパとの取引で得た美しい緑色の大皿。
予想以上に良い代物にラセックは思わず声が漏れる。だがそれ以上に反応をしたのはシンガードだ。その反応の仕方は異常である。席を立ち上がり息を切らすほどの反応をしている。
「し、シンガード様。一体どうなされましたか?」
「よ、森羅天緑…そんなまさか……」
舐めるようにその大皿を見るシンガード。その呼吸は荒く、人目もはばからぬほど見入っている。周囲の人々が若干引くほどである。
あまりに心配になったラセックが肩を叩いてようやく正気に戻ったシンガードは顔を赤らめながら正気を失っていたことを詫びた。
「申し訳ない。しかし…まさかこれを目にすることができるとは…」
「知っているんですか?」
「40年ほど昔に一度見たことがあります。貴族の屋敷に飾られていたそれに当時も目がクギ付けになりました。その貴族はこの特有な色と模様から森羅天緑…そう呼んでおりました。」
「森羅天緑…どういったものなんでしょうか?」
「いつの時代に誰が造ったのかは不明。その貴族も旅の商人からたまたま手に入れたと聞きました。その美しい森の如き緑の色…独特の美しき柄……もう2度と見ることは叶わぬと思っていましたが…」
「えっと…まだいくつかありまして…」
アリルは続々と取り出していく。小皿や花瓶、茶碗などなど。それを見たシンガードは子供のように目を輝かせている。
「なんと素晴らしい……」
「えっと…これは全てメスティ様からの贈り物です。どうぞお受け取りください。」
「これを全て…そんなバカな……」
シンガードは震えるほど喜んでいる。アリルには陶芸品の価値などよくわからないが、シンガードがこれほど喜ぶのならばそれだけ良いものなのだろう。
するとシンガードはアリルたちに送る品の目録を見て表情を変えた。するとラセックを連れ一度退席する。
そして数分後、疲れ果てたラセックとともにシンガードは戻ってきた。
「これほどの品をいただけるのにこちらからお出しするのがこの程度では私の気が収まりません。申し訳ありませんが、一度こちらの目録を作り直してもよろしいでしょうか?」
「つ、作り直しですか?でもその…」
「明日の朝までには全て揃えて出立できるようにしておきます!輸送費や護衛の費用…それから余分に滞在させてしまう分の料金はこちらが持ちます。どうか…どうかお願いできませんか?」
「わ、わかりました…」
シンガードの圧に屈したアリルは言われるがまま出発を明日へ変更する。本当はメスティに言われた通り今日中にこの国から出発できるように準備を済ませておいたのだが、その予定は全て崩れた。
そしてその後、しばらく話し合いをしたのちにアリルたちはシンガード商会を後にした。だいぶ予定が狂ってしまったので、その辺の調整も今日中にしておかなければならない。
帰っていくアリルたちを窓から見下ろすシンガード。その近くにはラセックの姿だけがある。
「よもや錬金術の加護持ちと取引できるようになるとはな。よくやった。」
「ありがとうございます。ですが…申し訳ありません。内密にしてしまい…」
「構わぬ。商人たるもの秘密の一つや二つはあるべきだ。…やはりお前を後継に選んだのは間違いではなかったか。今でも商会内にはお前をよく思わぬものもおるが…今回の一件でもう誰も口出しできんだろう。今回の功績は他を圧倒するものがある。特にこれはな…」
シンガードはうっとりとした表情でアリルから送られた森羅天緑の皿に触れる。すでにシンガードはこれらの陶器に魅了されている。
「しかしシンガード様がこれほどまでに魅了されるとは…それほどまでに珍しいものなのですか?」
「ああ。森羅天緑…わしが見たのは手のひら程度の皿だった。あの貴族は客が来るたびにそれを自慢しておってな…そいつは結局他の貴族によって殺された。そして森羅天緑の皿は多くの人々の手を渡り歩き……今では帝国の国宝となっているらしい。割れた状態でな。」
「割れてもなお…国宝としての価値が?」
「多くの陶芸家が真似をしようとしたらしいが、この色は出せなかった。この色は天より与えられた緑。森羅万象全ての緑を集約しているとも言われる。これはわしが預かっておく。下手に外へ出せば…これを巡り戦争が起こるやもしれん。」
「わかりました。」
「しかし…本当に良い……あの娘との繋がりは決して断つな。どれだけ金をかけても構わん。定期的に貢物を送れ。金が足りなければわしが出そう。」
「ありがとうございます。」




