第50話 家宝の代わり
「さて、一度話を戻すか。メスティからシェムーとやらにダメになってしまった杖の代わりをくれてやってほしいとある。…ぬしの加護は魔術とある。しかも由緒ある魔術師の家系だと。そんな家の家宝の代わりがあるかどうかは疑問だが……」
「そ、そんな…お気になさらずに……」
「弟子の失態をどうにかするのも師の役目だ。ふむ…魔術の加護に役立つ杖か…」
メラギウスはシェムーをじっと見つめながらゆっくりと考える。シェムーはその視線により石のように固まってしまう。するとメラギウスは異空間から一つの小さな箱を取り出した。
「魔術師用の道具だ。これをくれてやろう。」
「よ、よろしいのですか?」
「構わん。元はメスティがこの手の加護を授かった際にくれてやろうと思っていたものだ。」
「……弟子馬鹿ジジイ…」
「自分の後継に考えているようなお主よりましだ。」
正直どっちもどっちだ。そしてメラギウスはその箱をシェムーに手渡すと箱にかけられていた封印を解除した。
その瞬間禍々しく強大な力が箱から漏れ出す。恐る恐る箱を開けるとそこには腕輪があった。
「こ、これは…」
「わしの自信作だ。合わせて80の魔法言語を刻んである。」
「は…はちじゅ……」
「家宝の代わりになるか判らんが、それで許してほしい。」
家宝の倍以上の魔法言語が刻まれているとは言い出せないシェムー。震える手で腕へと装着すると腕輪はシェムーの腕に合わせて大きさを変えた。
「す…凄すぎる……こんなの…」
「今のお主に扱いきれる代物ではないが、判らんことはメスティに聞くと良い。癖は強いが、使いこなせれば騎士を相手にしても問題ないぞ。」
「すごい…よかったねシェムーちゃん。」
「す、凄すぎて…やばい…」
あまりにも凄すぎる代物のせいでシェムーはガクガクと震えている。これはしばらく落ち着かないだろう。ただアリルとしてはこの腕輪の作り方に興味がある。
「でも80も魔法言語を刻めるなんて素材もかなりのものですね。」
「うむ。材料を入手するのにも数十年かかっておる。これには魔宝石をふんだんにあしらえてあってな。小さな魔宝石一つ一つに魔法言語を刻んである。」
「魔宝石…聞いたことがあります。宝石内部に魔力を封じてある特殊な宝石だと…」
「正しくもあり、間違ってもいる。確かに魔力を封じているが、そんなものは魔力を消費すればただの宝石になってしまう。一番重要なのは魔力を封じていたことで起こる宝石内部に魔力を浸透させやすくする効果だ。」
魔宝石は普通の宝石と比べ数倍から数百倍の価値がある。ゴミのように小さな宝石でも魔宝石というだけで十分な価値が生まれる。そんなものを数十もあしらっているこの腕輪の価値は途方も無い。
「でもただ魔宝石をあしらっただけじゃ腕輪全体として一つのマジックアイテムにはならないですよね?宝石同士を繋げなくちゃ…しかも半端な素材じゃ使っているうちに魔力で焼き切れる。」
「その通りだ。…ミスリルを使っている。」
「ミスリルだと!?爺さんいつの間にそんなものを…!」
「わしが長年かけて集めたものだ。糸ほど細くしたミスリルで繋ぎ合わせておる。使用しているミスリルの量は小指の先ほどもない。」
「ミスリル…魔法銀、聖銀と呼ばれる魔力の親和性が異常に高い超希少鉱石…ですよね?」
「その通りだ。かの魔大陸にはミスリルの鉱脈がいくつもあると言われるが、この辺りでは数グラムも埋蔵量は残っておらんだろう。わしも一時期必死に集めたが、今や残っているのはこの程度だ。」
メラギウスは異空間から小指ほどの大きさのミスリルを取り出すとアリルに渡してやる。このミスリルの量でも城が立つほどの価値がある。
「これがミスリル…」
「わしら錬金術の加護を持つものならば喉から手が出るほど欲しい代物だ。かつてはミスリルを求めていくつも戦争が起きたほど。ミスリルの魔力反応を覚えておきなさい。必ず役に立つ。」
「はい!」
アリルはミスリルに魔力を流してミスリルそのものを覚えようとする。だがミスリルに魔力を通した瞬間アリルは驚愕した。
魔力を使用した物質の検知方法というのは、魔力を流した際に起こる物質による魔力抵抗を利用する。だがミスリルはいくら魔力を流しても抵抗がない。
あまりに綺麗に魔力が流れていくため、まるで大気中に魔力を垂れ流しているような感覚だ。その様子を見ていたメラギウスはただ黙っている。
メスティが鍛えたアリルという少女が一人でどこまでやれるのかそれを知りたい。だがアリルはものの一分ほどでミスリルを手放してしまった。
「ふぅ…」
「ふむ…まだ早かったか?」
「え?」
「ミスリルの感知はかなり高難度だ。感知できるようになるまで数年はかかると…」
「い、いえ…感知方法はわかりました。もう覚えたので大丈夫です。」
「なに?……どうやったか聞かせてくれるか?」
「えっと…別に難しい話じゃなくて…ミスリルは魔力をあまりにも綺麗に流しすぎるんです。なにもないところに魔力を流すよりも綺麗に流れます。そのでそういう物質なのだというふうに理解してしまえば…」
アリルがそういうとメラギウスは異空間収納から一つの岩を取り出す。頭の大きさほどあるその岩をメラギウスは調べてみろという。
「この岩の中にはミスリルが入っておる。ほんの僅かだがな。どこにどうあるか検知してみろ。」
「わかりました。」
アリルは岩に魔力を流してミスリルの感知を行う。するとアリルは一分ほどで感知を終えると紙に岩の成分表とミスリルがどこに分布しているかを書いた。
「…どうでしょうか?」
「いくつか成分の名前が書いていないものがあるが?」
「す、すみません。村にいた時はその成分が手に入っていなかったので、名前がわからなくて…魔力抵抗から考えて別々の物質だとは思うのですが…」
「なるほどな…」
メラギウスは笑みを浮かべる。それを見たバラクは気味の悪いものを見たと恐怖の表情を浮かべる。それに気がついたメラギウスは咳払いをしてごまかした。
「これだけの解析能力があればすでに鑑定魔法は使えるな?」
「い、いえ…まだです…その…解析魔法もまだで…」
「なに?……ふむ…それだけできるのならばこの程度はすぐにでも……もしや鉱石の感知に特化しているのか?」
「はい…」
「なるほどな。一部に特化しすぎてバランスが悪くなっておるのか。だが…それだけできるのであればすぐによくなる。わしに任せておきなさい。」
「はい!よろしくお願いします!」
その言葉にやる気を漲らせるアリル。ここでの数日間は確実に自分を成長させると確信している。
そしてそれを見たメラギウスもやる気に満ちている。これほどまでに教えがいのある弟子はメスティ以来だ。
「お〜お〜…やる気になちゃって…そうなるとこっちは暇になるな。」
バラクは蚊帳の外になっているのに気がつきちらりと隣にいるシェムーを見る。そして背後にいる話の大きさに混乱している護衛のフォルンとエラミを見てニヤリと笑う。
「それじゃあ爺さん。庭借りるぞ。」
「構わん。好きにしろ。」
「よっし!それじゃあ嬢ちゃん方付いてきな。稽古つけてやる。」
「ほ、本当ですか!」
「バラク様の稽古…!」
「最強から教わる…」
アリルとメラギウスに触発されたバラクによってシェムー、フォルン、エラミの3人の稽古も始まる。




