第44話 本気の試合
ある日のこと、メスティはいつものようにワディたちの元を訪れ、聖樹の様子を観察している。聖樹に咲いた花はまだ花びらを残しており、いつ結実するかはまだわからない。
そんな聖樹の根元に掘っておいた穴には今日も聖水が流れ込んでいる。その聖水の量はあまりに多いため、聖樹の根元に小さな池を生み出していた。その池を見ているとシェムーがこそこそと近づいてきた。
「それだけあるなら少しくらい飲んでもよくない?」
「ダメだ。ただでさえお前らは加護の力に頼りきっているんだから、聖水なんて飲んだらお前らはさらに努力を怠る。」
「ちゃんと努力もするわよ。…あんた聖水毛嫌いしすぎよ。」
「……本当は聖水は嫌いじゃない。今の加護持ちが嫌いなんだ。加護に頼りきっている奴らが嫌なんだ。」
「ふ〜ん…それがアリルっちが異空間収納の魔法を使えない理由でもあるの?」
「へぇ…お前知っているのか。」
「詳しくは知らない。でも異空間収納の魔法は割とすぐに使えるようになるって聞いたことあるわ。」
「正しくもあり、間違ってもいるな。異空間収納の魔法取得までのプロセスはすでに分かっている。だから必要な材料を用意してやれば加護の力を使ってゴリ押しでいける。」
「でもそれをしない。アリルっちはなんというか…基礎ばっかりやらされている感じね。」
「皆基礎を怠るからな。だから今の加護持ちはロクなのがいない。アリルは本物の錬金術師になってほしいから基礎からコツコツやらせている。本当はお前らにも基礎を鍛えてほしいんだけどな。」
「基礎くらいやってるわよ。私だってワディ様だって、みんなだって…」
「そのレベルが低すぎるんだ。ワディも良い加護持っているんだからもう少しは頑張ってほしいもんだ。」
大きくため息を吐くメスティ。だが今の言葉はまずかった。その言葉を聞いたシェムーは怒りを覚えている。だがその前にもう一人その言葉に反応したものがいた。ワディ本人だ。
「私のレベルは低いかいメスティ。」
「わ、ワディ様!?え…ちょ、メスティ…」
「ああ、低い。装備も加護も良いのにそのレベルなのかと嘆かわしいくらいだ。」
関係ないシェムーが慌てているというのにメスティはなんとも平常心だ。だがその言葉に怒りを覚えるワディではない。だが、メスティの言葉の根拠が気になる。
「では少し…手ほどきしてくれないかな?君の実力は前から気になっていたんだ。」
「ん〜…まあ生活には困らない程度に設備が整ったしな。じゃあ槍を用意してくれ。」
そしてひょんな事からメスティとワディの対決が始まった。これには普段娯楽に飢えている人々が集まってきた。しかもアリルの姿まである。まあアリルは怪我した時の治療のためにメスティが連れてきたのだが。
準備は万端。木の槍を持ち向かい合った二人。そんな二人を前に賭けが始まっている。圧倒的にワディが人気の中、アリルはメスティに大賭けしている。
「さて、ルールはどうしようか。急所は禁止、相手が降参するまでにするかい?」
「なんでもありで良いぞ。実戦においてルールなんてものはない。急所でもなんでも好きなところを突いてこい。ルールはワディが降参するまでな。ああ、俺は急所を攻撃しないから安心してくれ。」
「それは…あまりに言葉が過ぎるんじゃないかい?」
「それだけ力量に差があるんだよ。」
メスティのあまりに不遜な言葉に観客から罵声が飛ぶ。しかしメスティはあくびをしている。ワディもここまでナメられたら流石に頭にくる。
「それじゃあアリル。開始の合図をしてくれ。」
「そ、それじゃあ…始め!」
アリルの合図とともに勢いよくとびだすワディ。滑らかな動きで放たれる槍の突きは鋭くメスティへと突き進む。
その様子を槍もろくに構えず待ち構えるメスティ。するとワディの突きを躱し、ポケットから手を出すとその手のひらに隠し持っていた砂をワディに投げかけた。
まさかの砂かけによる目潰しに驚いたワディは反応できない。メスティのかけた砂が目に入るとそのまま顔を背けてしまった。
そこをメスティは見逃さず、素早くワディに近づくとそのまま組み伏せてしまう。
「ぐっ…」
「ほれ、どうする?ここから何かできるか?」
「ふざけんなぁ!!ワディ様から離れろ!!!」
メスティの行動を先に怒ったのは見ていた観客たちだ。そのままメスティを殴り飛ばしてやるとメスティに詰め寄ろうとするが、ワディは大声をあげてそれを止めた。
「やめよ…砂かけを禁止するルールはない。油断した私が悪い。」
「ですがワディ様!こんなのは騎士道に反します!!」
「ワディが良いって言ってんだから良いだろうが。下がれ下がれ。邪魔だ。」
ワディを離し数歩下がるメスティ。ワディは涙を流して砂を目から取り除いた。そして再び構える。
「降参はしてないから試合続行で構わないか?」
「ああ、もちろんだ。もう油断するなよ。砂かけ程度対処しろ。」
悪びれもなく言い放つメスティ。その言葉に怒りを覚える観客。だが怒ったのは観客だけではない。ワディもだ。
再び放たれる槍。メスティは先ほどと同じように再び砂をかける。だが今度はワディも砂を避けて槍を放つ。しかしその槍はメスティによって掴み取られ、そのままへし折られた。
「なっ!」
槍が折られたことに動揺するワディに一気に詰め寄るメスティ。だが今度はワディも目が見えている。肉弾戦になるのであればワディにもその心得はある。
詰め寄るメスティに掴みかかるワディ。だが次の瞬間には組み伏せられていた。
「ほら、どうする?」
「うぐ…」
「お、おかしいだろ!槍での対決なのに肉弾戦しかしてないじゃないか!それに槍が折れたならそこで試合は終わりだろ!」
「まあ試合ならそうだな。お遊びで良いならこの程度で良いだろう。所詮ワディの槍術はお遊びだからな。」
再びワディを離すメスティ。ワディは立ち上がると何も言わず槍を交換し、再び槍を構えた。そして先ほどまでよりも魔力を込める。本気の構えだ。
「あまりナメすぎないでもらいたい。ここからは加護の力も使わせてもらうぞ。」
「はぁ……アーネストさんに育ててもらったんじゃないのかよ。はっきり言ってゴミだな。」
「…何?今なんと言った。それはあまりにも…」
「ここからは加護の力を使う?なぜ本気でこない。なぜ全身全霊でかかってこようとしない。お前ごときが本気を出しても俺の足元にも及ばないということすらわからないのか?これだけ分かりやすい実力差なのになぜ手加減しようとする。だからお前はダメなんだ。」
苛立ちを見せるメスティ。ワディには戦士に必要な根本的なものが足りない。そもそも相手が自分より強いか弱いかすらわかっていないのだ。
メスティもある程度実力を隠しているがそれでも感の良いものなら気がつくレベルだ。現にアリルはなんとなくだがメスティの方が強いことに気がついている。
「騎士団で学んだこと全て忘れたみたいだな。一から出直せ愚か者。」
「…それほど隔たりがあると?私と君の間に?」
「俺この国で絶対に勝てないのは団長だけだからな。アーネストさんと…まあ殺し合いしたらさすがに負けるかもしれないけど、試合レベルなら勝てるから。」
「あ、アーネスト様に…勝てる?」
「これでわかったか?全く…ほら、わかったら全身全霊で俺を殺しに来い。万が一にもお前に殺されることはないから。」
その言葉を聞き、本気を出すワディ。だが本気を出したところでメスティに軽くあしらわれてしまう。
そんな二人の戦いはワディが立ち上がることすらできなくなるまで続いた。
「もう無理そうだな。俺も仕事に戻るからじゃあな。」
メスティはその場を後にする。メスティは息一つ切らすことなく、ろくに汗もかいていない。その姿をみた人々はメスティの底知れぬ実力に恐怖した。
そしてアリルは賭けに勝ったとして、金や食料などを満面の笑みで抱えている。




