第43話 聖果
あれから1週間が経過した。あの日から毎日のように恵みの雨によって植物はグングンと成長していたが、その成長もようやく落ち着きを見せた。
だが落ち着く頃にはメスティたちの周囲の森は様変わりしていた。元々の植生を残しつつ、新たな植生が誕生しているため、メスティも今周囲に何の植物があるのかまるで理解していない。
もしかしたら錬金術に使える薬草が新たに出現している可能性があるので、色々と調査をしたい。しかし今はやらなければならないことが山積みだ。
「まずは祭壇までの道を元に戻そう。ワディたちの方へ向かう道は隠せる場所に作るから後回しだ。畑の収穫作業もあるからそっちも忘れないように。それじゃあ作業開始。」
メスティの号令のもと作業が始まる。単純な作業だが、恵みの雨によって育った植物は根をしっかりと張っている上に葉もしっかりとしているため、なかなか刈り取れない。
こんな大変な目に合うのだから今後この地であの雨を降らすのは絶対に禁止とガルたちから言い渡された。
メスティもそれを肝に銘じ、作業に励む。そして半日がかりで祭壇までの綺麗な道のりを作り上げた。だがここからさらにワディたちの元へ向かう道のりを作るのは非常に大変だ。
「ワディさんたちのところってまだ祭壇からの方が近いですよね?」
「…わざわざ祭壇まで行ってからだと遠回りになるんだが……まあいいか。俺もこの作業は嫌いだ。早く終わらせられるに越したことはない。」
そしてメスティたちは丸一日かけてメスティたちのいる場所から祭壇までの道のり、そして祭壇からワディたちのところまでの道のりを完成させた。
その翌日メスティはアリルを連れ、ワディたちの元を訪れた。ワディたちの村の中心では聖樹が最初に見たときの倍以上の大きさになりそびえたっていた。
「すごい大きいですね。それに…すごい力を感じます。」
「…やっぱどこからどう見ても聖樹だよなぁ……」
ため息をつくメスティは聖樹の元へ近づく。すると聖樹の周りに人だかりができて何やら騒いでいる。
「何かあったのか?」
「いや…今朝起きたら幹の隙間から水が流れていて…今桶に入れて貯めているんですけど…」
「水ってまさか……」
聖樹に近づくとそこには聖樹の幹からわずかに流れ出る水を枝で誘引し、桶に溜めているシェムーの姿があった。そんなシェムーの表情は若干青ざめているようにも見える。
「メ、メスティ…これ……」
「言うな。何も言うな……」
聖樹の中には幾つか格がある。その格によって聖樹の価値が決まるのだが、格が上だと国家から軍が派遣され、厳重に保護される。
その核をどう測るかと言うと例えば聖樹から漏れ出す聖なる魔力の量。そして今目の前で聖樹から流れている聖水の量だ。
聖樹が生み出す聖水の量は一般的には1日にコップ一杯ほどだと言う。1日に聖水をバケツ一杯生み出せる聖樹ならば格としてはかなり上位だ。
そして今目の前にある聖樹はバケツ数配分は入る桶を半日もあればいっぱいにできるだろう。格としては最上位…いや、世界で5本の指に入るだろう。
「どうしようこれ……国に報告しておかないとまずいレベルだよな……」
「この水ってそんなにすごいものなんですか?」
無邪気に聞いてくるアリル。それに一瞬呆れそうになるが、考えてみればメスティはアリルに聖樹のことを教えたことはない。
そもそも聖樹を見ることすら人生の中でも1度あるかどうかというレベルなので、教える必要はなかったのだ。
「そうだな…俺たちのこの加護は神から与えられるもの。そこまでは良いな?」
「ええ、もちろんです。」
「この…聖樹はな、いわば神の力を纏った聖なる樹木なんだ。そこから漏れ出す聖水は神の力を含んでいる。」
「なるほど。それを聞くと確かにすごいものなんですね。」
感心しながら聖水を見るアリル。錬金術の加護持ちとしては非常に興味をそそられるものだろう。だがアリルはまだ聖水の価値を理解していない。
「聖水は神の力を含んでいる。そして俺たちの加護は神から与えられたもの。つまりな…聖水を飲むだけで加護の力は強化されるんだ。」
「……へ?」
「本来加護は地道な特訓で強化されていくもの。しかし力の塊である聖水は飲むだけで加護の力を引き上げてくれる。ある種の劇薬だな。」
「の、飲むだけで…強くなれるんですか?」
「もちろん訓練して強化した加護の方がより強いんだが…まあ…飲むだけで強くなれる。ただ…シェムー…花は見たか?」
「見てないけど……ってまさか…それはないでしょ……」
「聖水がこれだけ溢れていれば十分にあり得る。」
メスティは聖樹を隅から隅まで観察していく。そして5分程経った頃、メスティは聖樹に隠れるようにして咲く一輪の花を見つけた。
「やっぱりあったか…聖果だ。」
「そ、そんな…嘘でしょ?ただ花が咲いているだけじゃ…」
「花の根元が膨らんでいる。果実をつける雌花だ。…とんでもないことになったぞ。」
「い、一体なんなんですか?その聖果って…」
「言葉のままだ。聖なる果実。聖水よりも効果が高く、ひとつ食べるだけで偉業を成したのと同じだけの価値がある。聖果を食べなければ使えぬ加護の魔法もあると聞く。だが…聖果を結実できる聖樹なんて今の世界に何本あるか…そもそも聖果がこの世界に出現するのも何年振りなのか…」
「聖果なんて国家機密になるから仮に実ってもその情報が外に出ることなんてないわ。私だって知っているのはおとぎ話くらいよ。」
そもそも聖果なんてものはおとぎ話の中でのもので、この世に存在していないと考えるものの方が多い。メスティもいくつもの蔵書を読み漁るうちに聖果は実在するものだと知った程だ。
「そうなったら…シェムー。その聖水は聖樹に返そう。聖果のために聖水の栄養が必要になるかもしれない。」
「それは…!まあそうだけど……もったいなくない?」
「聖果に比べれば些細なものだ。それに俺は聖水は好かない。」
「聖水嫌いなんですか?」
「ああ。それは人の努力を踏みにじるものだ。努力の果てに手に入る力を飲むだけで手に入れられる。そんなことになれば人は努力をやめる。…努力せずに手に入れた力はあまりに脆いぞ。ここにいる皆にはそんな力を手に入れて欲しくない。」
「でも聖果は良いんですか?」
「聖果はそれを食べなくちゃ手に入らない力があるからな。…それに聖果は一度で良いから見てみたい。」
師であるメラギウスの影響で学者として聖果に興味があるメスティ。シェムーですらおとぎ話の中だけの存在であった聖果に興味があるのだから、メスティはそれ以上に興味がある。
「根に行き渡るように聖水の出ている下のあたりを掘っておこう。そこらへんに流れ出ても勿体無いしな。」
急いで聖樹の根元に穴を掘る。そしてその穴へ流れ込む聖水は再び聖樹へと還っていった。




