第42話 聖なる木
「すぅぅ……ふぅぅぅ…」
一度呼吸し、心を落ち着かせるメスティ。だが心の中ではヤッベェヤッベェやっちまったと焦りが止まらない。
今メスティとシェムーの前にある大木はシェムーの家の家宝であるあの杖の成れの果て。いや、もしかしたら違う可能性もある。真横に井戸があり、水道設備もあるがもしかしたら違うかもしれない。
もしかしたら近くにあの家宝の杖があるかもしれない。探せばきっとどこかに…
「昨日なんか変な雨が降って…そしたら杖から枝が生えてきて…根も張り出して……一晩経ったら…こんな木になっちゃったのよぉ……」
「そ、そうかぁ…」
どうやらあの杖であったのはどう考えても間違いないらしい。しかしモンスターの素材が命を吹き返し、こんな大樹になることなんてあり得るのだろうか。
「いや、魔力を栄養源にして休眠状態を続けていたと考えることもできるか。樹木系のモンスターは生命力が異常に高いというしな。」
「何冷静に分析してんのよ!うちの家宝がなくなっちゃったのよ!あれがないなんてことになったら…一生領地に戻れないわ……」
「まあ元々戻れる可能性低いんだからそんな心配しなくても…」
とっさに答えてしまい焦るメスティ。ここにはいつの日か自分たちの領地に戻ろうと考えているものたちしかいない。そんな中で今の発言はあまりにも暴言だ。
動揺しすぎて頭がうまく働いていない。とにかく今は一度冷静になることが大切だ。呼吸を整え目の前の大樹に触れる。
「モンスターに戻っているというわけではないみたいだな。こいつが暴れ出すような心配はなさそうだ。」
「そんな保証どこにあるのよ。急に暴れ出すかもしれないわよ。」
「モンスターは特有の魔力をまとっているからすぐにわかる。ただ…普通の樹木というわけではないな。とんでもない魔力を纏っている。……これ元の素材よりも数段良くなってないか?」
「…本当?」
メスティの発言を聞いたシェムーはわずかに笑みを見せる。現金なものだ。しかしこれは十分喜んで良いものだろう。
メスティもここまで魔力を纏った樹木というのは見たことも聞いたこともない。これを素材にすれば以前の杖よりもはるかに優れた杖を作ることができるだろう。
「成長したてでこれだからな。もうしばらく放っておいたらより良くなるんじゃないか?とりあえず様子見だな。」
「で、でも…前の杖は魔法言語をいくつも刻んだすごい一品なのよ。あれを超えるのはもう…」
「その辺は安心しろ。メラギウス先生に頼んでみるから。…これだけの一品なら50文字…70文字はいけるんじゃないか?」
「70…!」
目をキラキラと輝かせるシェムー。どうやら機嫌は直ったらしい。ほっと一安心する。
「そういえば水道は問題ないか?」
「問題なかったわ。むしろこの木が魔力を生産してくれるから補充の必要すらなくなったの。」
どうやら水道設備の魔力タンクとしての役目は大樹となった今でもしっかりとやってくれているらしい。いや、魔力の生産までできるとなればこれまで以上の破格の性能だ。
「そうなるとこっちの方が魔力生産面では優秀だな。今後移住者が増えることも考えてこっちに色々設備を増やした方が良さそうだな。」
この大樹の魔力生産量がどの程度かわからないが、うまく利用できれば魔力を必要とする設備をいくつか運営することが可能になるだろう。
「っていうか魔力を生産できる植物ってモンスターじゃないの?魔力を生産する生物がモンスターなんでしょ?」
「それじゃあ俺たちはモンスターか?違うだろ?」
「それは…そうね。」
「モンスターの定義は魔力から発生した存在のことを指す。魔力から生まれた存在であるモンスターは肉体を構成する栄養素が足りていないせいで周辺の生物を襲うとされる。ただこいつの場合はちょっと特殊だから定義付けが難しい。」
「特殊?こいつの元は樹木系モンスターよ?」
「まあそうなんだが…例えば動物系のモンスターが子供を出産した場合、その子供はモンスターという定義から外れることになる。母体となる生物がいるわけだからな。樹木系モンスターの場合でも種子から発芽したのはモンスターという扱いではなくなる。だがこいつは休眠していた枝からだからな…」
「その定義から外れた場合はどうなるの?」
「本来は魔獣と呼ばれるな。まあ面倒でそのままモンスターって呼ぶ場合の方が多いがな。ただ魔獣の場合は非常に危険だ。モンスターが肉体を構成する際に食らった生物の特性を引き継いでくる。モンスターに比べ魔獣は数段危険な存在だ。」
「え!?じゃあ…これは魔獣じゃなくて…魔樹……みたいな?すごく危ないっていうこと?」
「そうなるんだが…最初に言っただろ?こいつはモンスターじゃないって。モンスター特有の魔力を感じない。もちろん魔樹でもない。」
「じゃあなんなのよ。」
「……できれば明言は避けたい…」
非常に困ったような様子を見せるメスティ。それを不思議そうに見つめるシェムー。こんなにはっきりしないメスティは珍しい。だがメスティの中ですでに答えは決まっている。
しかしその答えはあまり口にするべきではない。しかしシェムーは分かっているのなら教えてとじっとメスティを見つめる。するとメスティも観念したのかシェムーだけに聞こえるよう口を開いた。
「多分…聖樹……」
「はぁ?聖樹って…神代の時代に神から与えられた聖なる樹木よ?限られた数しか存在しない、人間が生み出すことのできない神の産物。それをあんた…」
「そのくらい分かっているさ。この発言を聞く人が聞けばまずいことになるのもな。でも…モンスターでない魔力を生み出せる樹木なんて…それ以外に存在しない。…いや、俺が知らないだけかもな。忘れてくれ。」
忘れてくれとは言ったもののまず間違いなく聖樹だろう。ただ今後モンスターに変質しない可能性は0ではないので注意する必要があるだろう。
なぜ聖樹が誕生したのかもある程度仮説はたっている。まず大きな原因となっているのはあのきゅうりで発動させた恵みの雨。あれは神の恵みの雨だ。聖樹に必要な聖なる力を満たす要因になる。
ただ森の中を歩いてきたが、他に聖樹らしきものはなかった。つまり普通の種や苗からでは聖樹は誕生しない。神の飴を持ってしても普通のものからでは聖樹は生まれない。
だがシェムーの家宝であったあの杖は普通ではない。元は強力な樹木系モンスターの素材だ。モンスター素材は非常に魔力の親和性が高いため、恵みの雨の聖なる力を吸収しやすかったのだろう。
そしてこの仮説が正しいことになるとメスティは高位の樹木系モンスターの素材があれば恵みの雨を使って聖樹をいくらでも誕生させることが可能ということになる。
そうなればメスティの価値は非常に高くなる。やはり魔導の加護にハズレはなかったと言われることだろう。
しかしメスティとしては大いにハズレだと叫びたくなる。聖樹が生み出せる人間など、誰もが欲しがる人材だ。
このことが世界中に広まれば、世界中からメスティを手に入れようと人が集まることだろう。それこそ世界を巻き込むほどの戦争が起こる可能性もある。




