第41話 新たな種と想定外
日の出前。いつものように目を覚ましたメスティは起き上がろうとするが、まるで金縛りにあったが如く体が動かない。
不気味に思い隣を見て見ると、金縛りの理由が判明した。どうやらアリルにしっかりと抱きつかれているせいで起き上がれないだけのようだ。
昨夜メスティのことがあまりにも心配だったアリルは万が一のことがないようにと寝るまでべったり張り付いていた。それは眠るまでで済むかと思ったら寝ている間もべったり張り付いていたようだ。
そんなアリルを起こさないように起きようとしたメスティであったが、がっちり張り付いているアリルを引き剥がすのに寝たままというのは無理だったようだ。
「ん…もう朝?」
「朝は朝だがまだ寝ていても良いぞ。」
「あれメスティさんだ…え!?」
驚きでバッと離れるアリル。どうやらメスティに張り付いていたのは寝ていた間に起きたことらしい。すっかり目を覚ましてしまったアリルは顔を真っ赤にしている。
「これから祭壇に行くけど……一緒に行くか?」
「は、はい…」
ドギマギしながらメスティの後ろをついて行くアリル。すると突如立ち止まったメスティに一体どうしたのかと前をのぞいて見る。するとそこには昨日までよりも大きく成長した作物の姿があった。
「これって…もしかしてあの雨の影響ですか?」
「夜中まで降ってたみたいだけど、まさかこんなことになるとは…作物の成長を一段階あげるっていう感じか?…いや、植物のか……」
森の方を見るメスティ。するとそこには鬱蒼とした森があった。どうやら雨が降った範囲内全ての植物がより大きく成長しているらしい。雨はおそらくワディたちの方でも降っていたので向こうも大変なことになっているだろう。
「今日一日は忙しいことになりそうだな…とりあえず今は急ごう。」
メスティは祭壇へと向かう道を見る。その道も植物に囲まれ鬱蒼としている。道を切り開かねば祭壇まで迎えない。しばらくの間鉈を片手に突き進むメスティ。
そしてアリルとともにゴリ押しで進んで行くとやっとの思いで祭壇へとたどり着いた。そんな祭壇の周辺は雨が降ったはずなのに植物の生育に変化が見られない。
「植生の変化はないが、聖気に満ち溢れているな…」
「聖気が何かわからないですけど…すごい魔力で満ち溢れているのはわかります。」
アリルでは正しく理解できないが、メスティにはよくわかる。どこの国にもある加護の儀をする祭壇。その場所に漂う聖気と同じだ。
アリルの加護の儀の際にはメスティの膨大な魔力を使って擬似的な聖気で聖域を生み出したが、あの時の聖気とはあまりにもレベルが違う。
そんな空間に身を引き締められながら二人はいつものように祭壇で祈りを捧げる。アリルは忙しい合間を縫って数日に一回だけだが、メスティはほぼ毎日来ている。ぎこちなさげなアリルの祈りと比べるとメスティの祈りは格が違う。
そんなメスティの祈りをチラチラと見るアリル。すると周囲の聖気が動き出すのが見える。そして聖気はメスティとアリルを包み込んだ。
膨大な聖気の奔流に包み込まれる二人。そのまま数分間祈りを続ける。あまりにも静かに祈りを捧げる二人はこのまま丸一日祈り続けそうだ。
しかしそんな二人の祈りはメスティの頭に突如飛来した袋によって終わりを告げた。
「ありがとうございます。この種から作物が収穫できるように励みます。」
「…それが例の…ですか?」
「ああ。…そういえばアリルは、というよりも俺以外この現場に立ち会った奴はいなかったな。最初のきゅうりの時は一粒だけだったが、今だとこうやって袋に入って上から落ちてくるんだよ。」
新たな種を入手したメスティは笑みを浮かべる。アリルもその種が気になるが、それ以上にそれは一体どこから落ちてきたのだろうかと上を見上げる。
「さて、今日は時間がかかったから急いで帰ろう。他のみんなも起きてきて騒ぎになっている頃だろうしな。」
「はい!今日は大忙しなのは間違い無いですね。」
急いできた道を引き返す二人。そして家に戻るとガルたちがいつものように朝の作業をしていた。
「おかえりなさい。何だかすごいことになっていますね。」
「そうだな。でもその割には反応薄いな。」
「もうひとしきり反応した後ですよ。それよりも急いで収穫しないと今日中に収穫しきれませんよ。」
ガルたちに急かされてメスティとアリルも収穫作業を始める。テキパキと動いたおかげで朝飯の前には今日中に作業を終えられる目処が経った。
「それにしてもあのきゅうりで得た力ですよね?こんなに作物の成長を促せるなんてすごくないですか?毎日使ったらものすごい量の作物が収穫できますよ。」
「そううまくはいかないらしい。あの黄金のきゅうりを1つ食べるごとにストックが溜まってな。そのストックがない限りはあの魔法は使えない。」
「そうなんですか?それじゃあ…結構使い所の難しい魔法なんですね。」
「一応普通のきゅうりを食べても少しはたまるみたいだが…1000本単位で食べないと1ストックたまらないだろうな。」
ただしストックが溜まったとしても今後はこの地で使うことはないだろう。なんせ1度使っただけで畑だけでなく、森までも成長してしまうのだ。下手に多用すればいくつもの問題が発生するのは目に見えている。
「とりあえず俺は朝飯食べたら向こうに行ってくる。ガルたちは続きの作業よろしくな。それからアリルは薬草畑の管理を頼む。」
「「「「はい!」」」」
朝食を食べ終えたメスティは森を切り開きながらワディたちの元へと向かう。しかしあまりにも植物が成長してしまってなかなか前へと進めない。
「これ朝日を浴びてさらに成長しているな。1週間は急速な成長続けそうだ。」
背後を振り返るメスティ。すると目の前で今切り開いたばかりの森が目で見えるほど成長していき、帰りの道を塞ごうとしていた。
帰りも面倒なことになることを確信したメスティは先を急ぐ。すると前方から声が聞こえてきた。おそらくワディたちだろう。
まあ目を覚ましたらこんなことになっているのだから仕方がない。メスティはさらに急いで森を切り開く。そしてようやく森を抜けたメスティの目の前に満開の花を咲かせた木々が並んでいた。
「これって…もしかしてプルーの木か?」
種から育てれば収穫できるようになるまで数年はかかると言われるプルーの木が、今年植えたばかりだというのにメスティ腕が回らないほど太い幹となり、足よりも太い枝がいくつもある。
そしてこの満開の花々である。今年は大量のプルーを収穫することができそうだ。
そんなプルーの木に感動しているメスティの元に魔力を感じ取ってワディがやってきた。
「メスティ。もしかしてだが、この植物の成長は…」
「ああ、俺の仕業だ。まあここまでになるとは思わなくてな。すまなかった。」
「やはりそうか。……その詫びの言葉はシェムーに言ってやってくれ。」
「シェムーに?まあいいけど…一体どうして?」
「ついて来ればわかる。」
不思議に思うメスティはワディについていく。すると遠くの方から誰かが泣いている声が聞こえた。そのあまりにも大きなギャン泣きの声に若干引いているメスティ。
「すごい泣き声だな…あの声もしかしてシェムー?」
「…ああ、そうだ。もう我らでもどうすることもできない。」
「どうすることもって…一体何があったんだよ。………なあ、あんな大きな木あったか?」
「………それが原因だ。」
遠くからでもわかる巨木。おそらく、いや間違いなく今回の恵みの雨で生まれた巨木だろう。しかしなぜ一本だけあんなに大きくなっているのか理解できない。元となる木があったようにも思えない。
「あの場所…割と村の中心だな。井戸の近くか?…井戸掘った時に昔の種でも出てきたか?」
考察を続けるメスティ。そしてようやく大声で泣き叫ぶシェムーの姿を捉えた。周りには幾人もの大人がおり、必死にシェムーを慰めている。
そしてその姿を見た時、メスティもようやく事態を理解した。だがメスティ自身こんなことが起こるとは夢にも思っていない。本当にわざとではないのだ。
「まさか…こんなことになるなんて……だってあれはただの枯れ木…」
「枯れ木ではなかったのだろうな。ではメスティ。頑張ってくれ。」
メスティに全てを任せるワディ。メスティも全てを諦め、責任を取るべく重い足取りで前へと進む。そんなメスティにシェムーも気がついたのか泣きながらも呼吸を整える。
「よ、ようシェムー。そ、そんなに泣いてどうした?」
「どうしたじゃないわよー!う、うちの家宝が…家宝の杖がぁ…木になっちゃったぁぁ!!!」




