第40話 神の権能
「しっかり押さえておいてくれよ。」
「はい!」
その返事を聞いたメスティは手慣れた手つきで釘を打ち込む。そして最後の一本を打ち込んだ後に大きく息を吐きながら両手を上にあげた。
「ようやく終わったぁぁ…」
「やりましたね!これでようやく新居で過ごせますよ!」
メスティは肩を回しながら目の前の家を見る。今年の初めから建設を始めていた新たな家がついに完成したのだ。
最近はワディたちの方に力を入れていたため作業がまるで進まなかったが、ワディたちの方が落ち着いたのでようやく自分たちの家の方にも手を入れることができるようになり、ようやく新居が完成した。
「まあ完成したの外側だけだけどね。これから内装もどんどんやらないとな。」
メスティの言う通り外側は完成しているように見える。しかし内装は床と壁があるだけだ。持ち物も増えてきたので収納や椅子、テーブルなどが欲しい。
「内装は冬の楽しみでも良いんじゃないですか?」
「…それもそうだな。その方が面白そうだ。とりあえず眠れるようにベッドを用意しよう。それから灯りと…こっちにも水道用意するか。冬場のことを考えたらストーブと調理場くらいは用意しておいた方が良いな。」
「その辺りはアリルが頑張ってくれているみたいです。とりあえずベッドを運んでおきますね。」
そう言ってガルはこれまでの家からベッドを運ぶ。ただしメスティたちがベッドと呼ぶものは藁の上に毛皮を並べたものだ。
藁は柔らかで温かみがあるが、さすがに毎日その上で寝ているとへたってくるし、若干のゴツゴツ感がある。綿花でも育てて本当に柔らかい布団の上で眠りたいものだ。
「鳥の羽から作る羽毛布団なんかも良いよなぁ…でもすごい量が必要だから貴族しか使えない高級品だし、まあ無理か。…俺も一応貴族なんだけどな。」
質の良い睡眠を考えるメスティ。ワディたちのところは大所帯なので食料にはならない作物を任せても良いかもしれない。
「生きるのに最低限必要なもの以外のことも考えられるようになる。生活が豊かになってきた証だな。装飾品とかにもこだわってみたら面白いかもな。」
そんなことを考えながら畑を見回していると井戸から大きな木箱を持った河童が現れた。最近はキュウリの収穫時間以外に姿をあらわすことはなかった。まだキュウリの収穫時間には早いのでなんとも珍しい。
「おおメスティ!実は今日は新しい品物を持ってきたんだ。お前らなら好きかと思ってな。前々からキュウリを使って交渉していたんだが、ついに交渉が成立したんだ。見てくれ。」
「一体何を持ってきたんだ?……これは…皿か?」
「変わり者の河童でな。河童は滅多に火を使わないんだが、こいつは河童唯一の陶芸家でな。他の奴らとの交易品にしか使ってなかったんだ。こういうの好きなやつは好きだろ?」
河童が取り出した皿はどれも綺麗な緑色をしている。この色が河童の陶芸の特色なのだろう。メスティたちは普段木皿や銅の皿しか使っていなかったのでこれはありがたい。
それによく観察してみれば実に作りが良い。交易品にしていると言っていたが、確かにそれだけの価値がある。メスティもすぐに気に入ってしまった。
「大量のキュウリ貰っていたのにこっちから出せるものは少なかったからな。取引の品にこいつを加えても良いか?」
「ああ、もちろんだ。ちなみにこれを他の奴に売っても問題はないか?」
「大丈夫だ。元々交易品だから外に出回るものだ。好きに使ってくれ。」
それを聞いたメスティは笑みがこぼれる。今度ラセックが来た時にこれを売りに出せばかなりの金になるだろう。なんならその金を元手に羽毛布団が買えるかもしれない。
「もしかしてこういうのは他にもあったりするのか?」
「お前との取引に出していない代物か?そりゃあもちろんある。だが今はまだ出せない。でもキュウリを使って交渉すればいずれは取引に出せるはずだ。」
「河童お前…」
「お、なんだ?また褒めるふりして文句か?」
「いや、今回は素直に感謝だ。これからもキュウリを出荷するからよろしく頼むな。」
「クァックァックァ。任せておけ。キュウリのためならどんどん働くぜ。」
これまで鉱石と魚しかなかった河童との取引に陶芸品が追加された。今後も増えて行く可能性があるのならばどんなものがあるのかと期待してしまう。
「さて、どうせだから少し早いけどキュウリの収穫を始めるか。もちろん手伝ってくれるよな?」
「おう!もちろんだ。」
早速収穫の準備を始める二人。するとその時、キュウリ畑の方から突然大声が聞こえてきた。その声に瞬時に反応した二人は即座に声のした場所へと向かう。
するとそこには驚いた表情のギッドが何かを指差していた。一体何を指差しているのか、その指差す方向を見るメスティ。するとそこには黄金に輝くキュウリがあった。
「ざ、雑草取りをして振り返ったら…きゅ、急に光りだしたんです。」
「な、なんだありゃ…美味いのか?」
「落ち着け河童。」
メスティは胸に手を当てる。胸に刻まれたキュウリの紋章が反応している。メスティは直感に従い黄金に輝くキュウリに触れ、そして収穫した。
収穫されたキュウリは長さも太さもそして形も完璧なものであった。しかしこのキュウリからはそれだけではない何かを感じる。そしてメスティはこの黄金に輝くキュウリにかぶりついた。
そのかぶりついた瞬間、目の前の景色が、いや空間そのものが変わった。それは真っ白な何もない空間。何度か経験したあの空間だ。
そこには一人の少女がいた。ちゃんと見たことはなかったが、この子はあの女の後ろに隠れていたあの子だ。あの時はまだ子供であったが、今は10代ほどまで成長している。
メスティはその少女を前にしてごく自然に膝をついていた。その姿は騎士が王へ忠誠を誓う時の姿。メスティは本能的にこの少女に忠誠を誓ったのだ。
少女はメスティの頭に触れた。そして慈しむようにメスティの頭を撫でる。するとメスティの体を光が包み出す。そしてメスティが頭をあげるとそこには優しく微笑む少女の表情が見えた。
目を覚ましたメスティは手に握られていたはずの黄金に輝くキュウリがないことに気がつく。一体どこに行ったのかとキョロキョロしていると河童がメスティの肩に触れた。
「急にどうしたんだ?すごい勢いでキュウリ食ったかと思ったらキョロキョロして。」
「急に?…俺はあのキュウリをちゃんと食ったのか?」
「何言ってんだ?食ってたじゃねぇか。」
「そうか…無意識に食ってたのか……」
「勿体な!無意識かよ!!どんな味か聞けないじゃねぇか!!」
「すまん。でも…使い方ならわかる。」
「使い方?」
メスティはその場で膝をつき祈りを捧げる。その姿はあまりにも堂に入っていた。思わず唾を飲み込む河童。するとメスティの体を濃密な魔力が包み込む。
「我が主に願う。貴女の恵みをこの地に、我らに与え給え。この地に貴女の威光を…恵みの雨を…」
その瞬間、ギッドの手に一粒の雫が落ちた。雨かと思い空を見上げたが今日は雲ひとつない快晴だ。しかしまた一粒、もう一粒と空から雫が落ちてくる。やがてその雫は数を増し、地面を濡らす雨となった。
「こんなに晴れているのに雨が…」
「こいつぁ……すごいな…」
身震いをする河童。ギッドにはただの雨のようにしか見えないのだが、河童の反応を見る限りそれだけではなさそうだ。そして河童以外にもこの雨のすごさに気がついたものがいる。
「こ、この雨はなんですか!?こんな雨…ありえないです!」
「アリル。これはメスティさんが…」
「そんな……い、今すぐ止めてください!こんな膨大な術式を含んだ雨を広域に降らしたらメスティさんの命まで吸い尽くします!」
アリルも全てを理解しているわけではない。だが錬金術の加護を持つアリルならこの状況をある程度理解できる。これは人間のできるレベルを優に超えている。
だがメスティは平然と立ち上がり、その身にこの天の恵みを受けていた。そしてこの時、メスティは自身の魔導農家の加護を正しく理解した。
「魔導農家の加護とは…作物を媒介にして神々の権能を地上で行使することだったんだ。」
「だ、大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、問題ないぞアリル。心配しなくても大丈夫だ。むしろ気分が良いくらいだ。キュウリの収穫作業に戻ろうか。」
雨に打たれながらメスティは微笑んだ。そして何事もなかったように収穫作業を再開する。




