第4話 もう一人ではない
「お野菜様のためにしっかり働けよ〜しっかりな〜」
「「「「はい!」」」」
あれから数日後、多少元気になった4人はせっせと草むしりをしている。この時期は雑草もずいぶん生えて来る。1人で草むしりをしていたら毎日草むしりだけで時間がなくなることだろう。
そして4人に草むしりをさせている間、メスティは1人で開墾作業に当たっている。本当はあの4人も開墾を手伝うと言ったのだが、栄養失調でガリガリのやつらでは仕事の邪魔になるだけだ。それに斧などの道具も一人分しか用意していない。手伝う手伝わないの問題ではないのだ。
彼らを見れば草むしりも休憩をこまめに取らないとならないほど弱っている。半年か1年はずっと身体を回復させ、最低限の筋肉をつけることになるだろう。それまでは正直役に立たない。
ただ本人たちもそれはまずいと思ったらしく、唯一の女である彼らの妹に夜伽をさせようとした。力仕事は何もできないのだからそれくらいはという考えなのだろう。
しかし肋骨が浮き出て、なんなら痩せすぎて身体中の骨が浮き出ているような女に性欲はわかない。というか初日に全員の身体を洗ってやっているのでこの女の裸もすでに見ている。正直ついていないだけで男となんら変わりない。
ただ軽くあしらった翌日は女としての尊厳を傷つけられたらしく、作業に身が入っていなかった。ここはもう少し配慮すべきだと反省した。反省の意味を込めて狩りに出て肉を取ってきてやったら大喜びしていた。…正直それはちょろすぎないか?
そういえば彼らは全員兄弟らしい。もちろん名前もちゃんとあるのだが、兄弟で元から顔が似ている上にガリガリで人相がわかりづらいので判別が難しい。というかすでに聞いた名前を忘れている。もう少し健康体になったら覚えよう。
「…栄養価で言ったら穀物育てるのが一番だよなぁ……けど穀物は加工もあるし…それなりの面積がないと収量足りないよな。………肉と芋でなんとかするか。」
芋はこの前植えつけた。数ヶ月したら収穫できるだろう。肉は狩りを頑張るしかない。幸いなことに動物はたくさんいる。この人数が生きて行く分を獲ったところで生態系に異常は出ない。
だがいずれは穀物を育てパンを作りたい。食事のバリュエーションを増やせば日々の生活が楽しくなる。ただ人数が多いのでその分収量を増やさないといけない。
「あ、そういえば人数増えたなら水の必要量が増えるな。畑の面積も増やすし…井戸掘るか。」
ちょうど今開墾したあたりに井戸を作れば使いやすいかもしれない。これまでは井戸の重要性が低かったが、人数が増えた今は必要性が高い。
「と、いうわけで井戸を掘ります。掘るのは俺がやるからお前らは大きめの石集めてくれ。」
「井戸ですか?水なら魔法でチャチャっと作れるんじゃ…」
「具象化系の魔法は魔力食うんだよ。一人分なら別に良いけど、これからは5人分だからな。さすがに5倍になると余計な体力使う。」
「そういう…ものなんですか。」
「そういうものなんだ。ちなみに…魔力持ちの中でも具象化系の魔法使えるやつって案外少ないからな。俺基準で魔法を考えない方が良い。」
火を生み出し、土を生み出し、水を生み出すような具象化系の魔法は実は難しい。魔力量も必要となるが、魔力コントロールや知識も必要になる。メスティの通っていた学校でも具象化系ができるのは8割ほどだ。
そのうち火、水、土、風、電気といった異なる具象化系魔法が全て使えるのは学校でも1割もいなかった。その上、加護を授かると魔力の性質が加護の性質に変異するため、魔法師系の加護でない限り、加護を授かった後に全ての具象化系魔法が使えるのは1%もいないだろう。
「そ、そういうことなら分かりました。他にも俺たちにできることは…」
「石集めと早く元気になること。しばらく穴が掘り進んだら土を引き上げる作業もしてもらうからな。」
そして井戸掘りが始まった。直径1m半ほどの穴をひたすら掘り進めていく。穴が深くなってからは仲間たちに土を引き上げてもらう。ただ穴の底でずっと作業していると空気が淀み、息が苦しくなる。魔力消費が厳しいが、風魔法で空気の入れ替えも必須のようだ。
そして1週間ほどで水の湧き出る地層まで掘り進めることに成功した。穴の深さはおよそ8m。ただしこれで井戸の完成というわけにはいかない。この後は集めてもらった石を側面に並べ、井戸が崩れないように仕上げていく。
しかし数百は石を集めてもらったが、井戸の側面全てに置ききれるほどの量ではない。メスティも石集めに協力するが、探すのに時間がかかりすぎて作業が難航している。
「仕方ない…魔法でなんとかするか。」
魔法で土を生み出し、レンガ状にしていくメスティ。こんなことができるのなら最初からやればよかったのにという気持ちが仲間たちに一瞬湧くが、レンガを生み出すたびにメスティの額から流れ落ちる汗を見たら何も言葉が出ない。
そして一月という日数をかけて井戸が完成した。これで水問題は解決だ。代償としてメスティはしばらくの間休みが必要となった。しかし一月も経てば仲間たちの体力もそこそこついてきた。まだ子供ということもあり、体の回復速度が速いのだろう。
そしてじっくりと休むメスティは4人を観察していて気がついたことがある。そして昼休憩の際にそのことを切り出した。
「お前らの妹魔力持ちだな。」
「え!?本当ですか!」
「ああ、これまで完全に体力消耗して魔力も尽きていたみたいだけど、体の調子が良くなってきたから魔力も回復したんだろ。体が完全に回復したらどの程度の魔力総量になるか楽しみだが…今歳は幾つだ?」
「歳…確か……14だったと思います。」
「そうか。加護継承の儀は15歳になる年に行う。そうなると次の春だな。だがそうなると面倒だな…」
「ご、ごめんなさい…」
「ん?ああ、そういう意味じゃない。加護継承の儀はちゃんとした祭壇で行わないと本来得られる加護よりも弱い加護を引いたりするんだ。それに魔力訓練も必要になる。今からじゃ魔法学校にも入学できないし…この場所でなんとかするしかない。祭壇を作ろう。」
祭壇作りが急遽決まった。そのためにまずは祭壇の場所探しだ。しかしその前にやって置きたいことがある。
「ま、魔力訓練ですか?」
「ああ。とは言ってもまだ体が回復しきれていないからな。体が回復するまで無理はできない。だから今できることだけだ。手を出して。」
女の手を握るメスティ。するとそこからメスティの魔力が流れ込んでいく。そしてメスティの魔力は女を包み込んだ。
「魔力訓練法の一種だ。他者の魔力で体を纏うように包み込む。包み込んだ魔力は内部魔力に干渉する。高濃度魔力を常に浴び続けるから体が熱くなってくるかもしれないけど、水でも浴びて耐えてくれ。魔力のおかげで体の回復が早くなると思う。それから魔力量も少しずつは増えるはずだ。1時間したらさすがに俺の魔力は消える。だから1時間ごとに掛け直す。」
「わ、分かり…ました…」
呼吸が荒くなっている。魔力慣れしていない特徴だ。おそらく元々の魔力総量も大したことはなかったのだろう。早めに魔力総量を上げる訓練をして正解だ。
魔力持ちは魔力なしと比べて10倍は使える。魔力で身体強化をすれば子供であっても魔力を持たない大人を腕力だけで軽く倒せる。魔力持ちは国でも重要視される。魔法学校が魔力持ちなら無料で入れるのが良い例だろう。
そしてメスティは単独行動する。目的は祭壇を作る場所探しだ。しかしすでに場所の候補は決まっている。ここにきた初日に歩き回ったのが功を成した。わずか数分で目的の場所にたどり着いた。
「いつ見ても立派な大木だ。この辺りで一番の最高齢だろうな。樹齢200…もっとあるな。500年近いんじゃないか?」
今の場所でなければこの場所を拠点にしようと考えていた。しかしこの立派な大樹は人の手でいじるべきではないと判断し、この地を拠点にするのはやめた。しかし祭壇を作るのならばここが最適だろう。
大人10人が手を繋いでようやく木の幹を一周できそうなこの巨木。実に見事だ。祭壇を作るのには神聖な場所が向いていると言われているが、この場所以上にこの森の中で神聖な場所はないだろう。
「さて、場所は問題ないな。それじゃあ祭壇を作るわけだが…りっぱな建物を建てるのも違うな。なんかこう…小さな祠でも作るか。」
そして新たな畑の開墾作業の合間に祭壇の設計を考え、じっくりと準備していく。こればかりは勢いでやるわけにはいかない。じっくりとじっくりと考える。そして材料も集める。そして気がつけば季節は秋を迎え、この地で2度目の冬を迎えることとなった。