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第35話 来たる人々

 ふわりと吹く風が田んぼで育つ稲を揺らす。膝下ほどまで成長した稲はまだまだグングンと大きくなりそうだ。その隣ではキュウリの苗たちが成長し、アーチ状に組んだ木の枝に絡みついている。収穫はまだ先だが、これだけ元気に育てば大量の収穫が見込めるだろう。


 そんな作物たちの隣を大慌てで駆ける人の姿がある。普段ならばこの時間は雑草抜きをしているのだが、今日ばかりはそれもお休みだ。とうとうワディたちがこの地に到着したのだ。


 だが正確に言えば彼らがいるのはここからしばらく離れた場所だ。あくまでワディたちは逃亡者。人気の無いこの地であってもできる限り隠れて過ごす必要がある。


 そしてガルたちはそんな彼らの元へ必要なものを届けるために大急ぎで動いているのだ。


「板材をこれ以上荷車に載せるのは無理だ。俺はもう出発するぞ。」


「わかった。こっちの分は手で運ぶ。」


「お兄ちゃん、ポーション運ぶの手伝ってぇ…」


「わかったわかった。割らないように慎重に運ぶぞ。」


 アリルたちが大荷物を持っていった先ではメスティが病人の治療にあたっている。元気そうなものたちも病人のために疲弊した体を必死に動かして治療の手伝いをしている。正直ここまでよく来られたものだと思うほどの状態だ。


 病人の数は症状の軽度なものを含めるとほぼ全員。そのうち半数近くが寝込んでいる。メスティが迎えにいってから2週間以上の時間を要したのも頷ける満身創痍さだ。もしもメスティが彼らを保護しなかったら、騎士団が討伐するまでもなく半壊していたことだろう。


 アリルは今こそ自分が活躍しなければならない自体だと理解し、メスティの元へ駆け寄る。そんなメスティが治療にあたっているのはかなり病状の重いものだ。


「ポーションを与えたが、さほど効果が見られない。似たような症状を街で聞いたことがない。おそらく風土病の一種だと思う。感染経路は食事による病原菌の集団感染。ほぼ全員が感染していると見て良い。ガルたちはちゃんと離れた場所で作業しているか?」


「大丈夫です。絶対に近づかないようにしてます。荷物を置くときは風上に置くのも徹底してます。」


「よし。魔力保有者と疲労の少ない元兵士なんかは症状が軽い。重症者は疲労とストレスで免疫が落ちているものだ。ガル達もおそらく平気だとは思うが、感染させないように念には念を入れて置く。軽症者はこの地で十分な食事と十分な休息を取れば回復するはずだ。問題は重症者だ。このまま放っておいても回復しないだろう。」


「わかりました。メスティさんに言われていくつか薬品を揃えておいたのでそれを使ってなんとかしてみます。」


 すでに病人がいるとの報告を受けていたアリルは数日前から様々な薬草を用いた変種のポーションを作成している。だがどれが目の前にいる病人に効果があるのかはわからない。


 そこで重病人を使って変種ポーションの投薬実験を行う。間違った投与を行なったら死ぬような劇薬ではないので、これが原因で死ぬことはないはずだ。


「医薬系の能力はまだ使えないか?」


「鍛治系を伸ばしてきたので正直全然です。特に生産系が主なので、今はこれが限界です…」


「病人が出るような気配なかったから俺も後回しにさせた。そのツケが回ってきたか…」


 錬金術の加護は上位の加護。しかし上位の加護にもデメリットがある。それは万能すぎることだ。万能ということはなんでもできてしまうということ。そしてそれは多くのことを覚えなくてはならないということでもある。


 錬金術の加護には大きく分けて医薬系と鍛治系の2つがある。ポーションの作成は医薬系、製鉄などは鍛治系だ。ある程度の相互関係はあるが、基本的には別々に成長させていく必要がある。そしてアリルは現在鍛治系を伸ばしている錬金術師だ。病人の診察などは不得意である。


 だがそれはこれまでのこと。今この瞬間からアリルの錬金術の加護の医薬系を成長させる。そのための練習相手はここに山ほどいるのだから。


「良いか?まずはいつも通り錬成空間を展開させるんだ。そして錬成空間内に対象となる人物を入れる。次に成分分析だ。鉱石なんかに使うような感じでやれば問題ない。」


「わかりました。でも…なんの成分を見れば?」


「すべてだ。対象に含まれる成分を全て数値化し、可視化しろ。だが人間に含まれる成分なんてものはそう簡単に理解できるものじゃない。…まずは3つくらいから始めるか。炭素、カルシウム、タンパク質。この辺りが簡単だ。」


 アリルはメスティに言われた通りに成分の感知を始める。だがそんな生易しいものではない。アリルから魔力がどんどん放出されるが、これといった成果が得られない。そしてそのままアリルの魔力は尽きてしまった。


「まあそんな簡単にできるとは思っていないさ。今解析できるのは水と銅と銀、それにカルシウムと鉄か?」


「そうです。少量の成分はまだできなくて…」


「なら気体系もやっていくか。空気から窒素や酸素なんかも解析できるようになっておくんだ。も少し頑張れば解析の魔法が使えるようになるはずだ。上級魔法の鑑定が使えるようになれば鑑定官の真似事もできるぞ。それに…解析ができるようになれば記憶図書館も開かれるはずだ。」


 錬金術の加護の最も優れているところは物質の分解と生成…ではない。一番優れているところは記憶力だ。


 錬金術の加護に必要な知識はあまりに膨大だ。その膨大な知識を蓄え続け、保持し続けるのはまず不可能。人間とはどんなに頑張ろうと忘れてしまう生き物なのだから。


 そこで錬金術の加護には記憶図書館と呼ばれる膨大な記憶の貯蔵庫がある。そこに収録された記憶は一生忘れることはなく、思い出したい時に取り出すことができる。


 メスティの師であるメラギウスの記憶図書館には数万冊分の記憶の本が存在しており、その知識の本一つで豪邸が建つほどの価値があると言われる。


「けど今こんなことしていて良いんですか?もっと治療に専念した方が…」


「どのポーションが効くかわからないからしばらく待たなくちゃいけない。だから今やれることはないよ。とりあえず、みんなが寝られる家を仮設しちゃおう。」


「わかりました。…なら身体強化できるように魔力とっておいた方が良かったんじゃ?」


「身体強化はあくまで素の肉体を強化する技だ。素の肉体が強固な方がより大きな力を出せる。」


「つまり…魔力なしで体を鍛えろって……わ、私草むしりに行ってきま…」


「ガル達に感染させる可能性が万が一にもあるから行っちゃダメ。ほら、とっととやるよ。」


 メスティはアリルとワディたちと共に仮設の住居を建造していく。ただ板材はあるが、この大人数のためとなると作業に時間をかけているわけにもいかず、雨風をなんとかしのげる屋根と壁くらいしか作ることができなかった。


「メスティさん!とりあえず藁と毛皮をもってきました。」


「助かる。そこに置いておいてくれ。それから俺とアリルは今晩はこっちで過ごす。夕食を大量に作って持ってきてくれ。」


「わかりました!」


 決して近づかぬように荷物を置いていくガル達。夕食も彼らに任せればなんとかなるだろう。するとアリルが声をあげてメスティを呼んだ。


「どうした?」


「これ見てください。さっきポーションを飲ませた人に食事を与えたら、一度食べた後に吐いてしまって…そしたらその中にこれが。」


「寄生虫だな。これが原因か。…居場所がバレないように火はほとんど焚いていなかった。もしかして…ワディ……お前川の水をそのまま飲ませたのか?」


「う……実は一時期水源が見つからなくて、脱水状態だった時に川を見つけてその場で……」


「このお馬鹿…森の中の水は綺麗に見えるが、動物達も飲む水だ。雑菌なんて山ほどいる…と言いたいところだが……いや、なんでもない。」


 メスティは口を閉ざす。川の水は確かに雑菌がいるかもしれないが、それでもこんな集団全員が寄生虫に感染する確率は低い。おそらく彼らが飲んだその時に上流で動物が飲んでいたか、動物の死体が水辺にあったのだろう。


 最低最悪のタイミングで川の水を飲んでしまったのだ。そんなことがなければ数人が寄生虫に感染する程度で済んだものを。だが今それを言っても仕方ない。


「アリル、ポーションを虫下し系の駆虫ポーションに切り替えろ。この寄生虫がなんの寄生虫かは知らないが、それでなんとかなるはずだ。」


「わかりました。それなら簡単だったので多めに用意していたはずです。お兄ちゃん達がきた時に持ってくるように頼みます。」


 通常のポーションがほとんど効かなかった理由もよくわかった。ポーションは裂傷の回復や体力の回復剤だ。栄養を吸い取る寄生虫にとってはただの餌にしか過ぎない。むしろ寄生虫の種類によってはポーションによって寄生虫が成長するという研究結果もある。


 ただ寄生虫で良かった面もある。それは生まれたばかりの赤ん坊に感染しないという点だ。病原菌などなら飛沫感染する可能性があったが、寄生虫なら母乳を飲んでいる赤ん坊には感染しない。


 そしてその日のうちに全員に駆虫ポーションを飲ませると数日中には全員が回復していった。一部の重症者は体力が弱っていたため、風邪などを発症したがアリルのポーションを飲んで休息すれば十分に治った。


 一波乱あったが、どうやらこれでようやくメスティは100人近い領民を手に入れることができた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] …へっぽこワディのミスが大戦犯!!!…後で説教!待ったなし! みんなも私も、生水に注意!!!
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