第33話 避けられぬ戦闘
「全員警戒を怠るな。相手は…よほどの自信家だな。前からまっすぐ来る。」
武器を持った大勢が臨戦態勢で警戒する。たとえ誰であろうがここを通すわけにはいかない。今だけは絶対に万が一のことがあってはならないのだ。すると草陰から現れたその男は両手を上にあげヘラヘラと笑っている。
「あ〜ごめんなさいね。お気になさらず…」
「縛り上げろ!!」
相手は間違いなく魔力持ち。しかもかなりの実力者のようにも見える。ヘラヘラとしているが油断はできない。そして大勢が飛びかかった瞬間、男はその場から消え、突如私の目の前に現れた。
「この探知結界は君だね?なかなか優秀な魔法師のようだ。常人なら勘違いだったで済ませそうなものをきちんと敵だと判断した。」
「くそ!貴様!!」
すぐに魔法で撃退しようとするが、相手の方が一歩早い。すぐに私の腕を抑えると杖を取り上げ、私を人質にしてしまった。
「杖を触媒にする結界術か。なかなか良い代物だな…こんな感じか。」
杖が手から離れ、消えてしまった探知結界をそいつは再び発動させた。しかし私と比べて結界強度と範囲があまりに広すぎる。
「何者だ…お前は……」
「信用できないかもしれないけど、敵じゃないから安心してほしい。…まあ聞く耳は持たないよなぁ……」
男は諦めたような表情を取る。するとその男の視線の先には激昂したあのお方がいた。
「ワディ様!」
「無事かシェムー。今すぐ助ける。おい…私は今非常に機嫌が悪いんだ。死にたくなければその手を今すぐに離せ。」
「あ〜そうみたい。一応話し合いに来たんだけど…」
「そうか、ではお前を伸した後に聞いてやる。」
ワディ様は一直線に男に近寄ると神速の槍を男の顔面めがけて突き放った。男はそれをギリギリでかわすと私を抱えたまま大きく後ろに下がった。
「はぁ…楽に済むかと思ったんだけどな。ちょっとその槍借りるよ。後お嬢さんはここでお待ちを。」
男は近くの兵士から槍を奪い取ると再び突っ込んできたワディ様と槍の勝負に出た。しかしそれを見た私は内心笑ってしまった。ワディ様は騎士団で槍術を学んできた一流の槍使いだ。こんな小僧に遅れをとるわけがない。
そして私の目では見えぬほどの攻防が続くと今度はワディ様が大きく後退した。その表情には汗と焦りが浮かんでいる。
「この私と槍で対抗できるだと?しかも…そんなボロ槍で……」
「ん〜あんたの槍さばき覚えがあるな。かなり磨かれた技術だ。このレベルとなると騎士団で習ったものだろ。もしかして師匠はアーネストさん?」
「アーネスト様のことを知っているだと?お前……何者だ…」
「アーネストさんめ…知ってて黙ってたな?俺の名はメスティ。数年前まで魔法学校の学生だった。ここにきたのは団長とアーネストさんに頼まれたからだが…話聞く気になった?ちなみにあんたら騎士団に討伐指令下されているよ?結構まずい状態だよ?話聞かない?」
呼吸を整え、冷静になろうとする。この男が言っていることが正しいかはわからない。しかしそれでもこの話は聞かなければならないようだ。
「そんなことになっていたのか…あの積み荷はまずいと思ったのだが…」
「医薬品の積み荷襲っちゃったのかぁ…医薬品は重要物資の上、高価だから騒ぎになるよなぁ…」
お互いのことを話し合い、状況を理解する二人。警戒はまだ一部解けていないようだが、下手な行動をしない限りはもう戦闘は起こらない。するとメスティは不思議な魔力反応を感じ取った。
「あ!もう生まれるみたいだぞ。あんたの子だろ?」
「何!こ、こうしてはいられない!」
慌てて走り出すワディ。彼らがなぜこんなに慌てているのか、なぜこんなに周囲を警戒しているのか。そしてなぜ医薬品の積み荷を襲い、そのまま奪ったのか。それは全て今この時のため。赤子の出産のためである。
それから十数分後、元気な赤子の声が聞こえてきた。無事に出産できたらしい。その元気な声を聞いた後に皆の警戒する雰囲気が消え去り、明るく和やかなものに変わった。どんな危機的状況であっても赤子というのは皆を笑顔にできる力がある。
隣でメスティのことを見張るシェムーもすぐにでも赤子を見に行きたいようだが、メスティを見張ることになんとか集中する。それから数分後、ワディは再びメスティの前に戻ってきた。
「お前の話は理解した。皆とも話し合いお前を信用することにした。それに我々もここにはいられない。だからそちらで匿って貰えると言うのなら是非ともお願いしたい。」
「何もないから農作とかやってもらうからね。自分の食う分は自分で稼ぐこと。それだけが条件だな。それじゃあ荷物をまとめて急いで出発…うん。全速力で急げ。血の匂いがする。手練れだな。」
シェムーから借りている探知結界の杖に反応があった。敵の数は10…20…30と増えていく。そのことを伝えると急いで荷物をまとめ始める一同。しかし生まれたばかりの赤子がいるため、あまり急ぐことができない。
「しょうがないか。時間稼ぎは必要だな。」
「私がやろう。父親としてあの子を守るために…」
「いやいや、あんたがまとめなくてどうすんの。急いで荷物まとめさせてあっちの方角に向かって移動して。俺も適当に戦ったら引くから……良いこと思いついた。」
メスティはニヤリと笑みを浮かべ悪巧みをする。久しぶりに存分に暴れまわってやることにしよう。
森を蠢く怪しげな影が無数にある。その気配も希薄でその姿はうまく捉えにくい。すると一斉にその動きを止めた。彼らの視線の先に人影が現れたのだ。
「その風貌…そしてその槍…魔槍士ワディだな。」
「………」
「我らの前に潔く出てくるあたりが元騎士らしいな。我々に気がついたことは褒めてやろう。だが我々相手に正面からなら勝てると思っているのはなんとも愚かだ。」
数人が前に出て武器を構える。いつでも襲いかかれるぞと言わんばかりの姿だ。しかしワディと言われた男はその場からピクリとも動かない。フードで顔を隠しているせいで視線もよくわからない。
そしてにらみ合いが始まる。じりじりと近づく襲撃者たち。それに比べ本当にわずかにも動かないワディ。あまりに動かないのを不気味に感じつつも、どんどんにじり寄る。そして飛びかかろうとしたその瞬間。ワディの背後の樹上から2人の男が襲い掛かった。
正面の敵に集中したところで背後から襲撃する暗殺術の一つだ。背後の二人は魔力持ちで気配を消せる。暗殺集団である彼らが相手にバレた時に使う常套手段でもある。
だがそんな手慣れた連携は瞬時に半歩下がったワディによって躱された。さらに背後から襲撃してきた二人の眼前に迫る槍の柄が映る。そして二人同時に目潰しを食らうとそのまま回転された槍に巻き込まれ地面に取り押さえられた。
そして地面に突っ伏す二人の首に手が添えられる。するとその手から膨大な魔力が注ぎ込まれた。その魔力により首元にある魔力回路がズタズタに破壊され、衝撃で気を失う。
「魔力撃だと…そんなことができるほどとは聞いていないぞ。」
魔力撃とはアリルがメスティから魔力供給をしてもらった技術に似ている。あの時は注ぎ込む魔力量をゆっくりと上昇させていったため、全身の魔力回路が壊れて結果的に魔力出力が上昇した。
しかしこの魔力撃とは瞬時に膨大な魔力を流すため、一部分の魔力回路のみが破壊される。そしてその衝撃で数日間は気絶したままだし、魔法を使うこともできなくなる。
ただし魔力撃は相手の魔力出力よりもはるかに高い魔力出力が出せなければ使えない技だ。そのため魔力撃ができると言う時点で相手は自分よりはるかに格上の相手だと認識できる。そしてワディがそれほどの実力者などと言う情報を彼らは聞いていない。
「…どうしますか?」
「…任務は任務だ。それに所詮奴は一人。数で押せば十分片付けられる状況だ。槍術相手に暗殺術に特化した我々が正面から戦うのは不利だが…わかっているな。」
「ええ、もちろんです。」
合図とともに襲いかかる数十人もの集団。幾人かは気配を消しているが、最初の奇襲がバレている時点で彼らが気配を殺しても気がついているはずだ。だからここからは完全に格上相手への正面衝突。
あまりに無謀だが、人数差があるのだからどうとでもなる。そう考えていた。しかしそれはあまりに甘かった。槍の前にまるで近づくこともできない。
槍の間合いとは実に広い。槍を躱して相手に近づくためには最初の一撃を躱してから数歩は必要だ。その数歩を詰めている間にやられてしまう。だが今はそもそも最初の一撃が躱せない。
槍の切っ先に触れた瞬間、槍の先から魔力撃が襲いかかり触れただけで気絶してしまう。誰も彼も最初の一撃で瞬時に気絶してしまう。あまりに格が違う相手だ。だがそれでも構わない。なぜなら彼らは囮だからだ。
最重要任務はワディを殺すことではない。だからワディをここに足止めして他の者達が先へ進めればそれで問題ないのだ。すでに十数名がワディの拠点へと向かおうとしている。たとえワディがどんなに強かろうと関係ないのだ。
たとえどんなに強くても、何も関係ない。そう考える暗殺者達。だがそれは理解の範疇での強さの話だ。常人の理解を超える強さとなると話は別だ。例えば今こうして包囲している襲撃者たちが倒され、先へ向かった十数名の仲間も瞬く間に倒されることになれば話は別なのだ。
「これほどの槍術使い…かの魔槍アーネストに匹敵するのではないか?ただの追いやられただけの落ちぶれ貴族だと聞いていたのに…くそ……諜報班め。正しい情報も集められんのか…」
再び目の前に現れるワディ。そして最後に残った一人をなんとも優しく気絶させ、深い眠りに誘ってくれた。




