第31話 騎士団からの依頼
「おお!受けてくれるか。それは良かった。」
「まあ手紙の内容は世間話ばかりで依頼の内容自体はよくわかってないんですけどね。とりあえず立ち話もなんなのでこっちで座って休んでください。」
メスティは家の前まで案内する。そして丸太を使った椅子に座ってもらうとメスティも対面に座った。
「何もないところですけど、空気と野菜と水は美味しいですよ。ゴラス!飲み物を用意してくれるか?」
「わかりました!」
家の中でガタガタと動き回る音が聞こえる。こちらの話を盗み聞きでもしようとしていたのだろう。するとアーネストはいくつかの書類を取り出してその場に広げた。
「早速依頼の内容を説明させてもらうぞ。依頼内容は野盗集団の討伐だ。人数は50人以上はいるという報告を受けているが、おそらくそれ以上はいるはずだ。100人…まではいかないと思う。」
「結構な人数ですね。素性は分かっているんですか?」
「頭目は貴族の子息だ。跡目争いで負け、逃げてきたらしい。他の者達は取り巻きとそいつを慕う領民だ。」
「ふむ…なかなかな人徳者のようですね。領地から逃げ出したのにそれだけの人間がついてきている。それで?なぜこんな依頼が俺の元に?その領地の領主に任せれば良いのでは?」
「理由はいくつかあるが、こいつは国王派の人間なんだ。しかも従順に仕えてくれている。」
「最近の貴族にしては珍しい。ああ、だから跡目争いで負けたんですね?他の貴族達から都合が悪いということで。」
現在この国には国王派、貴族派、そして中立派の3つの勢力がある。貴族派は自身の利権などしか興味がないので、人民のための政策をする際に邪魔をしてくる。それに一部の貴族は自分たちが王に成り代わろうと考えている。
正直なんとも面倒な連中だ。国内で分断すれば他国に隙を見せるだけだというのに。ただこれは魔力を持つものと持たないものの間に起こる優生思想も一因しており、どこの国でも根深い問題なのだ。
そしてアーネストがわざわざメスティに依頼してきた理由もだいたい理解した。跡目争いに負け、野盗になったとしてもこの貴族の子息は国王派の人間。それを見捨て、殺されることにでもなれば他の国王派の貴族達が離れて行く可能性がある。
「しかし騎士団で保護することも可能なのでは?」
「すぐに対処できればそうだったが…野盗集団だと言っただろ。彼らはいくつかの商人を襲って物資を奪っている。」
「まあ…50人を超える大所帯なら物資不足になりますからしょうがないですね。……その表情。もしかして騎士団に討伐命令が下されたとか?」
「そのまさかだ。なかなかやり手のようで貴族達が出した討伐部隊は返り討ちにあってな。そして襲った商人の中には有力貴族と繋がりがあるものがいたらしく…」
「なんとも運が悪い。国王派の元貴族を騎士団が討伐なんてしたらやばいことになるじゃないですか。それで俺っていうことですね。」
「ああ、この地は人が来ないから彼らを保護してもバレない。団長は君なら秘密裏に動いて彼らを説得して保護できると考えている。それに領民が少ないようだから人が増えることは良いことだろうってな。」
メスティは頭の中で考える。確かに領民が増えるのは良いことだ。それに野盗と言っても話を聞く限りは善人のようだ。しかし他の貴族連中にバレた時に貴族派の面々が敵対することだろう。メリットがあればリスクもある。その両方を考え、結論を出した。
「まあ100人もいない元貴族の子息連中を対処できないような奴らが敵対したところで問題ないか。それに団長に借りを返すと思えばメリットしかないですね。その代わりいくつかお願い聞いてもらえますか?色々物資が必要なので、信頼できる人間にそういったものをここまで届けて欲しいんですけど。」
「そういうことなら構わない。むしろそれだけの大人数を新たに住まわせるのだから当たり前の判断だろう。」
「ありがとうございます。それじゃあ…明日までにリストを作るので、今日は泊まっていってください。風呂も用意しますよ。」
「風呂があんのか!そいつはありがたいな。」
風呂のことを知った瞬間喜ぶ騎士達。早速風呂の準備と馬達への飼葉も用意してやる。ただ問題は寝る場所が用意できないことだ。するとメスティがそのことを言う前に野営の準備をするアーネスト。
「飯と風呂を用意してもらったんだ。寝る場所くらいは気にするな。」
「すみません。あの家が完成したら宿も用意しますね。」
人が来ることを全く考えておかないと言うのも問題だと感じたメスティ。今後のことを考え、最低限のもてなしができるようにはしておきたいところだ。
そしてその日の夕食はできうる限り豪勢な食事を用意した。すると隠し持っていたのか騎士達は懐から酒を取り出した。
「ここまで飲まずに持ってきたんだ。団長のおごりでな。お前ももう飲める歳だろ?」
「飲んじゃまずい歳から団長に飲まされたことありましたけどね。…随分奮発しましたね。」
「お前相手に手抜きはできないんだとさ。お仲間さんの分もグラスは用意しておいた。」
「ああ、国民登録したから人数把握してたんですか。」
「当たりだ。」
グラスに注がれた酒を眺めるメスティ。そして香りを楽しみ、口に含んだ。そこから口の中で酒を転がし堪能すると喉の奥へ流し込む。まるで酒を飲みなれているように楽しむメスティに騎士達は感心し、アリル達は憧れた。
「さすがは街有数の高級酒ですね。香りも滑らかさも素晴らしい。この地でもこんな酒を作ってみたいものです。」
「酒飲みじゃないのにそれだけわかるとはな。酒のツマミも完璧だし、お前酒飲みになりそうだな。」
「いえ、ほどほどにしておきます。団長酒癖悪いですし、ギルドでも酒で身を滅ぼす奴を何人も見てきましたから。」
多くの反面教師を知るメスティは酒に飲まれぬように気をつけている。そんなメスティの周りではアリル達がメスティのように酒を飲んでいるのだが、その良し悪しがわからずにいる。アリルに至っては酒の辛さとアルコール分が嫌なのか渋い顔をしている。
その様子を見ながら騎士達は酒を飲む。あのメスティの仲間というのはどんな奴らなのかと面白がっているのだ。その中でもアリルには一番注目している。この中で紅一点と言うのもあるが、その魔力量にも注目しているのだ。
「良い巡り合わせがあったんだな。今回の奴らも良き出会いになれば良いんだが…」
「悪人じゃなければそれで十分ですよ。ただ場合によっては…」
「わかっている。その時はうまく頼むな。」
メスティは小さく頷く。今話している元貴族を領民にすると言う話はあくまで善人であると言うのが前提だ。もしもどうしようもない悪党だった場合、そんな奴らを領民にするわけにはいかない。
だからこそ悪人だったその時は誰にも気がつかれぬように彼らを消す必要がある。随分と汚れ仕事になってしまうが、そうはならないことを願うばかりだ。




