第3話 色々やって来た
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「春だ…春が来たんだ……ようやく…ようやく……」
春の到来。それを知って地に足がつかないメスティ。しかし一度深呼吸して落ち着く。まだ春が来たといっても冬が残っている。雪はそこかしこにあるし、気温も完全に春だと言えるほど高くはない。
だからまだ焦る時ではない。今やることは少なくなった食料の補充が重要だ。森の中をはしゃぐように歩き回り、わずかな山菜を手に入れる。
久しぶりの生の葉物に思わずテンションが上がる。日持ちさせるために乾燥させきった肉や野菜とはわけが違う。その香りやえぐみを堪能しながら久しぶりに楽しい夕食を済ませた。
そしてこの日から雪解けが終わるまで毎日散策をした。一日中出歩いても寒さで凍え、火がなければ動けなくなるようなことはない。ふと辺りを見渡せば食べ物が見つかる。春というのはこんなにも素晴らしいものなのかと感動した。
そして雪解けが終わる頃、ようやく初めての種まきが始まる。この日のために街から何種類もの作物の種を持って来た。この時期に蒔ける種ももちろんある。一つ一つ丁寧に蒔かれていく種にはメスティの愛情がたっぷり込められている。
そしてその日からメスティの監視の日々は始まった。種が鳥に食べられないか、獣が掘り起こさないか、病気にかからないか。あらゆる心配をするメスティをよそに種は無事発芽した。
種から芽が出たその日はお祭りである。そして日々育っていく芽を見て収穫できるその日を心待ちにする。そして畑の残り半分に他の種子を蒔いて芽が出た頃にその日はやって来た。
「これ…もう食べられるよな?」
最初に蒔いたタネはラディールという小さな根茎を作る野菜だ。種を蒔いてから収穫まで非常に短い期間でできるもので、街でも小さな鉢植えで育てるものもいた。
あの時は随分物好きなと思ったが、今ではその気持ちが良くわかる。この艶やかな肌。たくましい葉。キュートな根っこ。どれを取っても愛らしい。食べるのが惜しくなる。というより食べても良いものなのだろうか。
「だけど食べなくちゃ俺死んじゃうしな。じゃあ…ありがたくいただこう。こう見ると…生きていくのには他の命を奪わなくちゃならないんだな。罪深いな…いや、奪っているっていう言い方が良くないのか。命をいただいているんだ。あなたの命……いただきます。」
勢いよくかぶりつく。その瞬間瑞々しさとわずかな辛味、そして鼻に抜ける爽快な香りを感じた。山菜とは違う食べるために作られた作物の美味しさ。格別だ。身体に染み込むようだ。その瞬間このラディールを生み出すに当たって努力した先人たちへも感謝していた。
「すげぇなぁ…こんなの作るのか……ああ、本当にありがとうございます。あなたたちのおかげで俺はこんなご馳走にありつけました。ご馳走になりました。」
深々と頭をさげるメスティ。すると頭を下げた先にはまだ他の食べごろのラディールがあった。思わず喉が鳴る。そして次々に収穫し、食していった。
そしてその日からメスティの食事は豪勢になっていった。作物は一度収穫が始まれば毎日毎日他の作物も収穫できるようになる。食べきれないほどの食事に毎日笑みがこぼれるメスティ。
しかし食べ始めてからわかった。これ以上収量が増えれば本当に食べきれない。下手をすれば廃棄することになる。そんなもったいないことはできない。だが保存する方法もないため、今はとにかく食べるしかない。
「次からは作付け量もしっかり考えよう。とりあえず今は食べて食べて食べまくろう。食事量が減って体がしぼんじゃったしな。それから腹減らすためにも畑増やして魔力消費するか。」
畑を増やしておけば今後何かあった時に便利だ。早速取りかかろうとするメスティの耳になにやら怪しげな音が聞こえた。そちらへ視線を向けるメスティ。するとメスティの周囲に複数の人間が現れた。
「ヘッヘッヘ…こんな森の中でまさか人が住んでいるとはな。」
「おとなしく食い物をよこしな。」
「下手な動きをするんじゃねぇぞ。」
「騒がなかったら何もしない。穏便に済ませましょ。」
盗賊に囲まれたメスティ。相手は4人。うち1人は女のようだ。多勢に無勢。メスティはそこからピクリとも動くことができない。じりじりとにじみ寄ってくる4人。そして抵抗されないようにメスティを縛りつけようと襲いかかって来た。しかし…
「あちょ!」「いだぁ!!」
「ホワタッ!」「ぐえっ…」
「チェスト!」「ぎゃ!」
「え?え?ちょ…ちょっと待って。」
「待たんわ。てい!」
近づいて来た3人をあっという間に倒すメスティ。残る1人の女もメスティを縛り付けるために持って来たロープで縛り上げる。10秒にも満たない早業である。
「つ…つえぇ……」
「な、何者だよ…」
「い、命だけは…」
「相手の力量もわからない素人なんかに負けるかい。それにしてもお前ら臭いな。あんな物音立てなくたって匂いですぐにわかったぞ。」
あまりの匂いに鼻を摘むメスティ。しかしよく見てみればこの4人は全員痩せ細っている。それに今も軽く小突いたくらいなのに動けずにいる。相当弱っているらしい。
「口減らしで村から追い出されたってところか?」
「お、お願い!命だけは助けて!すぐにどっかに消えるから!お願い!!」
「どっかに消える体力も残ってないだろうが。ちょっと待ってろ。何か作ってやる。…これだけ弱っているなら野菜をとろとろに溶かしてスープにした方が良いか。」
襲われたというのに嬉しそうなメスティ。冬の間に人と会話したい欲求が溜まっており、襲われた程度のことはどうでもよくなっている。嬉しそうに調理を始めるメスティ。しかしそれが4人にさらなる恐怖を覚えさせた。
しかし十数分後にメスティが野菜スープを持ってくるとそんなことはどうでもよくなった。メスティから食事を受け取ると4人は急いでスープを飲み干す。
「やっぱり慌てて飲み干したか。お前らの胃腸も弱っているから急な食事は体に悪い。ゆっくり飲め。そしたらお代わりやるから。」
「うめぇ…うめぇよぉ……」
「冬の間…木の根や皮ばっかり食ってたから…」
「ありがてぇ…ありがてぇ…」
「美味しい…本当に美味しい…」
「話なんか聞いちゃいねぇか。それ食い終わったら一旦体洗うぞ。このままじゃ臭くてたまらん。」
身体を洗ってやるが、一度じゃ綺麗にならない。仕方なくここでは希少となった洗剤で3回洗ってやった。そして洗い終わったところでおかわりのスープを飲ませてやると今度は大切そうにチビチビ飲んだ。
「それで?俺のさっきの予想は当たりだろ?」
「は、はい。ずっと向こうの村で秋終わりに捨てられました。それで食べ物を求めてこの森に入って…」
「薪と食料を集めたんですけどそれだけじゃ足りなくなって…薪だけは冬の間でもなんとか取れたけど、食い物は…」
「秋に入ってから追い出されたんじゃ間に合わないよな。」
「はい…本当にもう…ギリギリで…だからここの畑を見た時思わず…」
空腹は人を狂気に落とす。食い物がなくてどうしようもなくなったらどんなやつでも犯罪に手を染めるだろう。メスティも冬の間に苦しい思いをしたから彼らの行動を頭ごなしに責められない。
「まあいいや。どうせ行く当てないんだろ?ならここに住め。ここは俺の土地だから誰にも文句は言われないぞ。」
「え!い、いいんですか?」
「構わん。領民は欲しかったところだ。」
春というのは本当に良い季節だ。畑で作物は作れるし、領民がどこからともなくやってくる。春万歳。春最高。
こうしてメスティの1人しかいなかった領地は領民が4人増えた。