第27話 より上を目指すために
風呂が完成し、数日が経過した頃。メスティはいつものように祭壇へと祈りに来ていた。そんなメスティの姿はいつもと比べとても綺麗に見える。
「毎日風呂に入ったことで髪質がよくなり、肌ツヤも良くなりました。寒さで血行が悪くなっていたのが随分良くなったようです。まだ冬も半ばですが、この調子ならば何の問題もなく過ごせそうです。」
毎日入浴していた効果が如実に出ている。おかげで最近はより一層仕事が捗っている。それにアリルがヒートストーンをさらに量産したおかげで家の中も随分暖かくなった。薪の消費量も格段に減っている。これならば新しく建てる家は大きくても問題ないだろう。
「春が来る頃には皆見違えるように成長していることでしょう。私自身河童に相撲を教わってから随分成長したように思います。まあ比べられる相手がいないのではっきりとはわかりませんがね。それから来年はキュウリを大量に作る予定なので、冬のうちから畑の開墾作業をしていきたいと思います。」
キュウリの大量生産を行い、河童から大量の鉱石を手に入れる。そしてアリルが育ってくれれば大量の金属製品が手に入る。街で高値で売れるものも作れるようになるだろう。
「ただそろそろ新しい住民も欲しいところですね。農作には人手が必要です。春が来たら人探しもしてみようと思います。それから…新しい種も欲しいところですね。」
去年はキュウリの種を手に入れた。そうなれば今年は新しい種が欲しいところだ。ただ手に入るどうかは神の気まぐれだ。
「欲が過ぎましたね。申し訳ない。さて、それじゃあこれから河童と相撲を取りに行くのでそろそろ失礼しま…」
メスティが立ち上がろうとしたその瞬間。木の上から大量の雪が落ちて来た。あまりの雪の量に雪の中に埋もれるメスティ。どうやら神のご機嫌を損ねたらしい。
「すみません…本当にすみませ……ん?これって…」
頭を上げたメスティの目の前には青々とした葉に覆われた包みがあった。明らかに自然物ではない。もしやと思い開いてみるとそこには黒い種が無数に入っていた。
「次なる種ですか?えっと…今の雪はお叱り?それともこの小包落とした時の衝撃でたまたま?ま、まあどちらでも良いか。ありがとうございます。では春になるまで大切に預からせていただきます。」
まさかの次なる試練の種をゲットである。しかも今回はキュウリの時とは違い種が大量にある。それだけ育てるのが困難ということなのだろうか。
そして帰宅したメスティはいつものように河童と相撲を取り組み、しばらくしてから朝食を食べる。その際に新たな種を授かったことを皆に伝えた。
「へぇ新しい種ですか。」
「キュウリか!新しい尻子玉の種か!」
「キュウリとは全然違いますよ。何の種なんだろう。」
「まあ春が来たら蒔いてみるさ。とりあえず、キュウリの時みたいに魔力吸われまくったら嫌だから今のうちから魔力吸わせておく。これ以上食べる量増やさないようにほどほどにやっておくが、まあ…保証はできない。」
「食料は問題なく持ちそうですよ。なので心配しなくて大丈夫です。あ!それよりもアリルが困ってて…」
「えっと…実は他にも錬金術をやってみたくて…そのための材料が足りないんです。一応リストにまとめたんですけど、この辺りで手に入るかどうか…」
「どれどれ…採掘系が多いな。……ん〜この辺は難しそうだな。この辺はこの辺りが岩盤層だからもしかしたらあるかもしれない。試しに採掘してみるか。何か良いものが手に入るかもな。」
そうして午後からはアリルのための採掘を行うメスティ。ただ周辺は雪に覆われどこに何があるのかわからない。しかしメスティは記憶からどの辺りを掘れば良いのか当たりをつける。
「この辺いってみようか。」
雪をかき分け、土をかき分ける。するとメスティの予想通り岩盤層が見えて来た。あとはここをツルハシで砕いて行くだけだ。
かなり頑丈な岩盤層だが、魔力で強化されたツルハシの前ではその頑丈さも無意味だ。ガツガツと破壊されていく岩盤。すると突如小さな空間が現れた。
「お、これは…当たりだな。」
メスティはその辺りの岩石をアリルの元へと運ぶ。それを見たアリルは喜んでいる。
「石灰石!この辺りでも取れたんですね!」
「ああ、まあ含有量は少ないと思うが何とかなるだろう。強化石の生産頼んだぞ。」
「さすがにわかっていましたか。はい、頑張ります。」
強化石とは石灰と他複数の岩石を組み合わせることで作られる強固な建材の一つだ。材料をそのまま混ぜ合わせるだけでも十分な強度を出すが、混ぜ合わせる際の水を魔力水にすることでより強固な石となる。
これを家の基礎に使えば頑丈な家が建てられる。アリルもそれを考えてこれを作ろうとしているのだろう。さらにこれに必要な生石灰を作る際には石灰石を1000度近くまで熱する必要がある。
これは鉱石から鉱物を取り出し、金属を生成するための一つ前の練習にもなる。この調子ならば夏頃には銀や銅、そして鉄の生成も可能になるかもしれない。
それを思うと春が待ち遠しい。楽しみがどんどん増えていく。そしてメスティは再び石灰石を採掘しにいく。建築の基礎に使うのならばまだまだ大量に必要になるのだから。
「いやぁ暑い暑い。穴の中の作業は蒸れるな。」
穴の中からひょっこり顔を出すメスティ。その手には大量の石灰石が入ったバケツが握られている。そして穴の周辺には大量の石灰石の山がある。このバケツの中の石灰石もこの山の一部になるのだ。
アリルの腕前が上がればこの石灰石の山もどんどん無くなっていくのだが、まだその日は来ないらしい。現在アリルは600度ほどまで温度を上げることに成功しているが、目標の1000度まではまだ届いていない。
雪解けが終わったら家の基礎を作ろうと考えているので、アリルが間に合わなければ魔法を使わず、火を焚いて生石灰を作るつもりだ。
だがアリルの特訓のためにも、そして無駄な薪を消費しないためにもこの手は使わないつもりだ。そこでメスティは荒療治に出ることにする。
「え?メスティさんの魔力を供給するんですか?」
「別にできないことじゃない。ただこれをやると体内の魔力回路が荒れるからかなり体力を消耗するんだ。簡単に言えば無理な運動をして全身筋肉痛みたいなことだ。魔力回路が荒れるから魔力による体力回復もできない。2〜3日は寝たきりだ。その後も数日間は魔力を使えないだろうな。」
「そ、それは…嫌ですね。でも…それやると上達するんですか?」
「今のアリルの状態は魔力の放出不足で起きているからな。一度俺の魔力を通してやれば魔力の放出量が格段に増えるはずだ。魔力を持つものなら一度はやったことのある練習だ。人によっては5回はやるな。」
「そうなんですか!?じゃあ何で今までやってくれなかったんですか?メスティさんだってやったことあるんでしょ。」
「いや…俺も何回かやったことあるんだけど、別にこんなことしなくても魔力放出量問題なかったから。他人の魔力が体内に入って来て気持ち悪いだけだったし。正直必要ないと思ってた。自分で魔力使っていれば自然とできるようになるからアリルも問題ないかなって…」
「くっ…この天才め。でも誰もが通る道ならやってみたいです。」
「本当に大丈夫か?本当にキツイぞ?」
「だ…大丈夫です。」
メスティが念入りに言ってくるので不安になるアリル。しかしそれでも今より良くなるのならば是非ともやりたい。するとメスティはアリルを外へと連れ出した。
「魔力が漏れると何かしら問題が起こるかもしれないからな。開けた所が良い。それじゃあ錬成領域を作って石灰石の温度を上げていってくれ。その途中で魔力追加するから嫌がらずに受け入れてくれ。」
「わかりました。じゃあ始めます。…錬成領域を展開。材料を確認。魔力炉を生成。温度の上昇を開始。」
アリルの前に浮かぶ石灰石の温度が上昇していく。100度、200度、300度…そして600度を超え、650度まで到達したところで温度の上昇が悪くなっていく。
その様子を見ていたメスティはやはり魔力の放出量不足だと理解する。魔力放出量が多ければもっと温度の上昇スピードが早い。魔力コントロールがこれだけできれば魔力放出量さえどうにかなれば1000度までは問題なくいくだろう。
「それじゃあいくぞ。集中を切らすなよ。」
メスティはアリルへと魔力を流し込む。それを感じ取るアリル。しかしまだ魔力放出量は上がらない。その時、メスティから流れ込んでくる魔力がどんどん上がって来た。それに伴い体が焼けるように熱くなるのを感じるアリル。
体内の魔力回路が上限値を超えた魔力を流されたことによって熱暴走を起こしているのだ。しかしメスティからの魔力供給量はさらに上がっていく。
そしてそれと同時に石灰石の温度が再び上昇を開始した。その温度は800度に到達する。だがまだ物足りない。メスティからの魔力供給がさらに上がる。
「あぅ……こ、これ以上は……」
「お?まだ喋る余裕あったか。じゃあもっと上げて良いな。」
「こ…この…鬼畜……」
笑いながら魔力供給量をあげるメスティ。もうアリルの体は限界だ。しかし石灰石の温度は目標の1000度を超えた。1000度を超えた石灰石は白くなっていく。そして魔力供給が限界になったのかアリルはその場で気絶してしまった。
「おお、生石灰完成したな。それに…アリルの体の魔力回路が良い感じに壊れている。これなら修復した時により強靭な魔力回路に生まれ変わるはずだ。この壊れ方なら回復も早いからよかったな。」
満足そうな笑みを浮かべるメスティはアリルを抱きかかえ、家へと戻っていく。そしてそれから数日間、アリルは指ひとつ動かせないほどの状態で過ごすこととなった。




