第26話 お風呂を作ろう
大量の砂利を前にアリルは呼吸を整える。これから行う錬金術は基礎中の基礎だが、それでも油断すれば怪我をする。メスティに心配をかけないためにも失敗はできない。
「錬成領域を展開。材料の同期を確認。破砕を開始。」
アリルの目の前の砂利がゆっくりと崩れていき、やがて砂へと変貌する。目の前の砂利が全て砂に変わるまで30分以上かかった。本来ならば5分以内にできなくてはならない。まだまだ修行が足りない。さらにそこから使用する物質だけを取り出すと目の前に大量の砂が浮かんだ。
「ふぅ…圧縮を開始。完成形状球体。イメージは空気を完全に抜く。わずかな隙間ができればそこから割れる。ゆっくり…ギチギチに……」
複数の球体が生まれて行く。物質の分解と抽出、そして構築。これができなくては錬金術師とは言えないだろう。そして1時間ほどかけてアリルは10個の球状の石を生み出した。そしてそれらが正しく完成しているか調べる。
「錬成領域を展開。解析を開始…1個失敗か。まだ10個同時は早かったかなぁ…いや、やるんだ。これはもう一度材料行き。あと91個頑張るぞ。」
メスティから依頼されたヒートストーンは合計100個。先はまだまだ長い。しかし数をこなせば確実に上達する。アリルは再び石球造りを始める。
そんなアリルの近くではガル達が露天風呂用の施設の木材加工をしている。大量に用意した板材を使ってしまうが、必要経費だ。
「着替え用の小屋と風呂用の屋根ってなると丈夫に作らないとな。雪の重みで壊れたら大変だ。」
「屋根には木の皮を貼り付けて防水対策にしよう。」
「足元汚したく無いし、靴を脱ぐ場所も欲しいな。」
あれこれ話し合いながらどんどん作業を進めて行く。そんな彼らが話し合っている家の外ではメスティが一心不乱に穴を掘っている。
メスティの手に迷いはない。すでに完成予想図ができているようで的確に穴を掘って行く。そしてそこへ河童が防水用の泥を持ってやってきた。
「随分急いでやってるな。」
「今日は雪が降ってないからな。雪が降っている時にやったら作業中に何度も雪かきが必要になる。こっちの地面からその泥塗っていってくれないか?」
「いいぞ。こっちは洗い場だから多少傾斜をつけた平面か。塗った後に焼いてやると丈夫になるぞ。」
「足で踏む場所だから丈夫な方が良いな。薪を大量に消費するが、全部塗り終わったらがっつり焼いてやるか。」
それぞれ思い思いの作業が続く。そして1週間後。その時はやってきた。
「風呂ができたぞぉ!」
「「「「バンザーイ!!」」」」
急ごしらえの入浴施設の完成だ。浴槽と洗い場は河童の防水泥を焼き締めたもの。男女の間仕切りと屋根、そして着替え小屋は木造の隙間風が入り込むもの。正直外面はそんなによくない。
「…春が来たらもう一度建て直そうな。」
「そうですね。」
雪に降られながら凍える指先での建築作業は想像以上に困難だった。とりあえず今あるものは仮設というふうに考えておく。そして新たに風呂用に掘った水路へ井戸からの水を流す。
その水は勢い用流れていき、アリルの用意したヒートストーンエリアへと流れて行く。一桁ほどしか温度のない井戸水は60度ヒートストーン40個により30度ほどまで温度を上げる。そして50度ヒートストーンで45度ほどの温度となる。
これで露天風呂に入るのにちょうど良い温度だ。しかしそこからさらに80度ヒートストーン20個で60度近くまで温度を上げる。
「そんなに熱くしたら入れなくないですか?」
「今は浴槽が冷えているからな。60度のお湯入れても2〜30度まで下がるぞ。まあそのあたりは湯加減を見ながら調節だな。」
お湯をためるのには1時間ほど時間がかかる。途中3〜4回ほどヒートストーンへ魔力供給を行った。そしてついにその時が来た。
「風呂だぁ!!」
歓声とともに服を脱いで風呂場へ突入する一同。だがそのまま入浴はせずに先にきっちりと体を洗う。せっかくの風呂を汚したくない。
「それにしても外の風景見られないのは少し残念ですね。」
「まあな。ただこの目の前は畑だからな。目隠ししないと流石に嫌だろ。それに雪が振り込んで寒いし。」
「洗い終わったんで先に失礼しまーす!」
「あ!ずるい!!」
他の者達も慌てて体を洗い風呂へとダイブする。そして皆恍惚の表情を浮かべた。ここにいるものは初めて風呂に浸かるものばかりだ。初めての入浴は湯に浸かった瞬間まるで疲れが抜け出るような思いだ。そして体の芯まで温まる。
「こんなのずっと入っていたい…」
「入る時は俺かアリルに言え…魔力供給必須だから……」
「いいなぁ…俺も魔力欲しい……」
より一層魔力に憧れるガル達。そしてゆっくりするためにヒートストーンへ早めの魔力供給を行なっていると隣から声が聞こえてきた。
「おおアリル。どうだ湯加減は…」
「最高ですぅ……はぁぁぁ……気持ちいぃ……」
とろんとした表情で湯船に浸かるアリル。向こうは1人で使えるので開放感がすごいだろう。こっちは4人で入っているので少し狭く感じる。そして十数分ほど湯船に浸かっているとゴラスが気づいた。
「げっ!メスティさん。今腕掻いたら垢が…」
「温かい風呂に浸かったから垢が柔らかくなったんだな。俺も似たような感じだ。もう一度みんなで体洗うか。」
「そういや汗かいたからか知らないですけど頭も痒い…」
「俺らってこんなに汚かったんだ…」
すぐに湯船から上がり体を洗う4人。そんな声を聞いていたアリルも自分の体に触れて、まだ汚れが残っていることを知る。そして再び体を洗いに行く。
「普段から体拭いているんだけどなぁ…拭くのと入浴するのじゃ全然違うんだ。……毎日お風呂入ろ。」
毎日お風呂に入ることを決めたアリルはシャンプーを手に取る。このシャンプーはメスティから許可を得て買った少しお高いものだ。髪は女の命という言葉もあるくらいなのでシャンプーは良いものを買った方が良いだろうと思ったのだ。
ただメスティも少し良いシャンプーを買っている。下手なシャンプーを買って河童のように禿げても嫌だと思ったのだろう。
ただ多めにシャンプーを買ったとは言え、シャンプーは消耗品だ。毎日風呂に入っていてはそのうちなくなってしまう。その辺りを考えなくてはならない。
「…このシャンプーが無くなる前にシャンプーを作れるくらい腕をあげる。頑張る。」
新たに気合いを入れ直すアリル。若干動機は不純だが、それでも腕前をあげるモチベーションが上がるのは良いことだ。
それから皆2時間ほど湯船に浸かると風呂を上がった。そしてお湯を抜く際に湯船に浮かぶ垢を見てもう少し清潔な体を保とうという気持ちと、毎日の風呂洗い当番を決めるのであった。




