第24話 まだ見えぬ頂
夜。皆が寝静まった時間にむくりと起き上がるアリルの姿がある。アリルは喉が渇いたのか暖房で水を少し温めるとゆっくりと飲み干した。そしてふぅと息を吐く。
「あ、少し薪追加した方が良いかも。」
暖房の薪が少なくなっている。このままでも朝まで寝られるくらいには暖かいのだが、追加しておけばもっと暖かく眠ることができる。そこでアリルは薪を2本ほど追加してやる。そしてもう一度眠りにつこうかと布団に戻ろうとすると寝床に自分以外にもう一人いないことに気がついた。
そこで防寒着を着込んだアリルは外へと出た。するとそこには月明かりに照らされながら今日相撲をやった土俵の上に立つメスティの姿があった。するとメスティもアリルに気がついたのかこちらを向いた。
「どうした?眠れないのか?」
「メスティさんこそ…眠れないんですか?」
「…ああ、ちょっと考えていてな。」
「……外は寒いですよ。中に入りましょ。」
「…そうだな。」
アリルに言われゆっくりと歩き出すメスティ。ゆっくり近づいてきたメスティの手を掴むと氷のように冷たくなっている。低体温症一歩手前だ。一体いつからあそこに立っていたのだろうか。
慌ててメスティを暖炉の前に座らせるとお湯を沸かし始めた。こんなに冷えていては命に関わる。そして人肌よりも少し暖かいくらいまで温まったお湯をメスティに飲ませた。
「ダメですよ。あんなに寒いところにいたら危ないです。」
「すまん。」
「……今日の相撲のこと思い返していたんですか?」
「…ああ。」
「…河童さん、ものすごく強かったですね。」
ピクリと反応するメスティ。しかし何も言わない。だがメスティが外で佇んでいたのは間違いなくこのことが原因だろう。
「…メスティさん、薄々感づいていましたよね。あの河童さんの強さに。」
「…察しが良いな。」
やはりかとアリルは納得する。メスティはあの河童について色々感じていたのだろう。今思い返せば不思議な点があった。
メスティは騎士見習いたちをこっそり尾行していた騎士団の団長の気配にも気がついた。しかしこの地に帰って来た時、ガルたちに混ざって並んでいた河童にはまるで気がつかなかった。それだけでも気配を消す術だけでも河童は団長以上ということとなる。
「いつからあの河童さんが強いと思っていたんですか?」
「いつからだろうな。俺にもよくわからない。ただ一つだけ言えることは…俺にはあの河童がどれだけ強いのかわからないということだ。」
「わからないんですか?けど今日…」
「あんな遊ばれている状態じゃ判断なんてできないよ。…俺が想像できるレベルよりかは強いんだと思う。だけど…その先がわからない。あの河童…底が見えない。」
メスティはぶるりと身震いをする。それを見たアリルはとりあえず、温めた水を飲ませてメスティの心を落ち着かせた。
「例えばですけど…あの団長さんと比べたらどうなんですか?」
「団長と?…そうだな。団長の真の実力は俺もまだ知らない。あの人とも何度も手合わせしたが、本気を出してくれたことはないからな。…でも正直……いや、なんでもない。」
メスティはその先は何も口にしなかった。だからアリルもそれ以上のことは聞かない。そして無言の時間が続く。目の前で燃えていく薪を見ながらゆっくりと時間だけが進んでいく。そしてメスティの冷え切った体も随分と温まって来た。
「さて…そろそろ眠るか。すまんな、余計な時間を使わせて…」
「メスティさんは…どうしたいんですか?あの河童さんよりも強くなりたいんですか?」
「強く?…いや、俺には無理だ。俺の加護は生産特化型の信仰系魔導加護だ。強さを求めたところで戦闘特化型の魔導加護が相手になったりしたら俺には勝てない。」
「なんで…なんで諦めるんですか?頑張ればもっと強くなることも…」
「加護による優劣というのは絶対に存在する。それに俺は結構鍛えたから今でも十分強いんだ。加護なしで使える技術はほとんど学んでいる。」
「そうなんですか?でも…相撲は知らないじゃないですか。相撲覚えれば強くなれるんじゃないですか?」
「相撲…か……」
メスティは考え込む。正直相撲はメスティに合った戦闘方法ではない。もっと体格のでかいものが使う戦闘方法だ。それに河童と同じ技を覚えたところであれに勝てる気がしない。
「河童さんも魔導相撲の加護を持っていた人を超えるのが目標だって言っていましたよ?」
「…は?あの河童が魔導相撲の加護持ちじゃないのか?」
「あ、そういえばメスティさんその時は部屋で休んでいましたっけ。自分はあくまで祝福者だって言っていましたよ。魔導相撲の加護を持っていた方は随分昔に亡くなったらしいです。」
「嘘だろ…」
信仰系魔導加護は一定のレベルに達すると信者に対し、祝福を与えることができると言われる。祝福を与えられたものは魔力を持たなかったとしても魔力を保有できるようになり、加護持ちのように独自の魔法を使うことができる。
メスティの魔導農家の加護はまだそこのレベルに達していないが、もしも達すればアリルやガルたちに祝福を与えることができる。
ただし祝福には制限があり、大元である信仰系魔導加護の保有者よりかは強い力を与えられない。つまり魔導相撲の加護を持っていた者はあの河童よりも強かったということになる。
「というか加護持ちの死後もあれだけの力を授けられるほど信仰されてんのかよ…魔導相撲……想像以上にすごい代物なのかもしれないな。」
「だ、大丈夫ですか?」
その場で座り込みうずくまるメスティは身体を震わせる。身体を震わせるほど笑っているのだ。河童がとんでもないほど強いと思ったら、それ以上に強い奴が現れた。
そしてあの河童が祝福者なのだとしたら、メスティも魔導相撲の祝福を与えられればあの河童並みに強くなれるかもしれない。いや、魔導農家の加護がある分、メスティの方が強くなれるかもしれない。
自分が限界だと感じていたその先が見えたのだ。自分の知らない未知の領域が見られるかもしれない。これほど心踊る愉快なことはない。
「あ〜…ぶっ飛びすぎてどうでもよくなったわ。なんかそんなに強い奴がいっぱいいるなら俺もまだまだ強くなれる気がしてきたわ。よし!寝るか。」
「元気になって何よりです。それじゃあおやすみなさい。」
翌朝。眠るのが遅かったメスティは若干の寝不足気味になりながらも日課である祭壇への祈りへとやってきていた。これだけはどれだけ雪が降ろうと必ずやらなければならない。
「俺はこの世界の広さを解った気になっていました。天才などと呼ばれて…自分より強い団長と頭の良い先生を見てこの人たちが世界の頂点なのだと勘違いしていました。実際は俺なんてただの凡人でしかないのに。こんな今の俺に何ができるかはわかりません。ですが…上ってやつを目指してみようと思います。」
もうメスティに迷いはない。頂点が見えぬ巨大な頂を知ったのだ。それを見てみたいという欲求が溢れてくる。この魔導農家の加護が足かせになるのかもしれない。しかしそれでも目指してみたい。
「だから…相撲ってやつを教えてくれないか?お礼はするぞ。来年は大量にキュウリを育ててやる。」
メスティのその言葉に反応したのか木の陰から河童が姿を現した。メスティはその姿を見てやっぱりかという表情をした。メスティは河童がいることには気がついていなかった。しかしそれでもきっといると思ったのだ。
「キュウリ大量と聞いちゃ教えないわけにはいかないな。その言葉忘れんなよ?」
「もちろんだ。俺は上を目指す。そのためには安い出費だ。」
メスティは目をギラつかせる。こんなにも本気になったのはいつ以来だろうか。その目を見た河童は嬉しそうに笑った。
「じゃあまずは基礎的な稽古をつけてやる。それからルールを教えないとな。どうせだから初っ切りを教えてやろう。」
「ああ、全部教えてくれ。全部覚えて必ず自分のものにする。」




