第23話 訪れる冬
コーン…コーン…コーン…
秋めく森の中を乾いた音がこだまする。その音の元では3人の男たちがリズムよく薪を割る姿があった。これからやってくる冬に備えて大量の薪を揃えているのだ。その様子を畑で作業しながら眺めるメスティは実に満足そうだ。
あんなにもやせ細っていた兄弟たちの体はしっかりとした筋肉がついて来た。薪割りというのは単純な作業だが、しっかりと身体を鍛えられる。あれだけたくましい体つきになれば大抵の問題は解決できるはずだ。
そして午後からは森の中へ薪になりそうな枝を拾いに行く。丸太を割って薪を作るのも良いが、アリルのために研究室を作ってやりたい。予定では来年は新しく家を1つ2つは作るつもりだ。そのために丸太はできるだけとっておきたい。
薪を拾いながら食料も確保して行く。別に畑があるのだから森で肉以外の食料を取る必要はない。しかし木の実というやつは結構うまい。それに甘みがある。甘味が乏しいこの地では木の実の甘みは貴重だ。
「どうせなら蜂でも育てて蜂蜜取りたいな。」
「蜂蜜ですか!最高じゃないですか…あれはとんでもない贅沢品ですよ…」
「蜜蜂みたいなのは時々見るからいないことはないと思うんだよな。作物の受粉にも役立つし、間違いなく有用だ。生活にゆとりができたからいろいろやっていきたいな。」
「それなら果物とかもやりたいです!酒も作れるし甘くて美味しいし!」
「良いな。酒は街でも良い値で売れる。果樹園用のスペースも確保するか。果樹の種は用意してないが、果物そのものがあるからそこから種を取ろう。来年が楽しみだな。」
「はい!」
秋になるとこんな話が増えてくる。これからくる冬を乗り越えた先の話。来年はどんな楽しいことが待ち構えているのだろうか。それを皆で考えるのが楽しくてしょうがない。
「そういえば今年の冬は何をしますか?」
「新しく家を作る予定だからそこに使う板材を作る。今の家は丸太をそのまま使っただけだしな。しかも床は地面のまま。だから次の家は板材を使って床も作る。壁ももう少し隙間風を減らすようにしよう。あと暖房ももう少し効率化させようか。」
「次の家を作る材料の用意か…じゃあでっかい家作りましょうよ!自分たちの部屋なんかも作ったりして!」
「暖房の問題もあるからほどほどにな。ここの冬は寒すぎる。下手にでかくすると暖房の薪が足りなくなる。」
そんなことを言うメスティではあるが、個人のスペースというのは確かに欲しい。一人でゆっくりとする時間というのも大切だ。そう考えれば大規模な建築をするのも悪くない。
そんなことを考えながら薪や食料を集める日々が続く。そして畑で今年最後の収穫と片付けを終えた数日後、雪と共に3度目の冬がやって来た。
雪により音が吸われ、無音の白銀の世界。風も少ないのでまるで写真でも見ているかのような光景だ。そんな雪覆われる世界に突如、積もった雪をかき分ける存在がいる。それは雪で塞がれていた井戸から現れると周囲を見渡し、煙の出る家へと向かった。
「クァックァ!いやぁ寒いなこの辺りは。よっ!元気にしているか?」
勢いよく扉を開く河童に対し、他の面々からは寒いから早く閉めろと無言の圧力をかけられる。だがそれと同時に河童のその姿に驚愕した。いつもと変わらぬ姿なのだ。
「お前…寒くないのか?」
「寒いにゃ寒いがまあ平気だな!お前らはこんなところに閉じこもって何してんだ?」
「何って…寒いから中で暖を取りながら内職してんだよ。」
「かぁ…不健康なやつらめ。こんなところに閉じこもっているから寒いんだ。外に出て相撲でも取れば一発であったまるぞ。」
「スモー?なんだそれ。」
「すもう、だ。なんだ知らないのか。相撲はまあ武術の一種だな。男と男のどつきあいよ。ぶつかり合って先に円の外に出るか、足の裏以外の場所が地面に着いたら負けだ。武器を使わない純粋な力比べよ。やろうぜ!」
「ええ〜…まあでも…少しくらいなら良いか。相撲ってやつは初めて聞く武術だ。ちょっと待ってくれ。少し動きやすいように服を変える。」
「服を変える?何言ってんだ。相撲の服装は回し一本よ!回しは俺が用意してやったからこれつけろ!」
「はぁ!?!?マジで言ってんのか!?外がどれだけ寒いと…」
「いいから、ほれほれ。」
「……わかったよ。」
若干の反抗はあったものの割と素直に従うメスティ。他の面々は一旦見学をすることになった。こんな極寒の中で裸になるのは流石に命に関わる。
裸になったメスティは河童の手によって回しを締められる。そして回しをつけたメスティを見た河童は満足そうに頷く。それを見た他の3兄弟も思わず声が漏れる。アリルも目を隠されていたが、回し姿のメスティを見たいともがいた。
「す、すごい…ちょ…ちょっと待ってくださ…」
興奮しすぎたのかそのまま目眩を起こすアリル。確かにアリルが目眩を起こすほどメスティの身体は仕上がっていた。
身体中の筋肉が浮き出ているが、必要な脂肪も備わっている。筋肉もデカすぎない。かといって決して小さくもない。身体を動かすために考え抜かれた筋肉量だけがそこにはある。
まさに理想の肉体。しかし河童はそんなメスティを笑った。
「ちいせぇ身体だけどまあ及第点だろ。よっしゃ、相撲とろうぜ。」
この理想の肉体を小さい身体だと笑う河童。それに対しムッとするアリル。アリルにとってはこの肉体こそが完璧なのだ。これが良いのだ。だがメスティは何も言わなかった。いや、外野の言葉などまるで耳に入っていない。
完全に集中している。威圧感を抑えているが、他の4人は抑えきれない威圧感をガンガン感じている。メスティのここまで本気の姿は初めて見た。
そして外では河童が雪の上に大きめの円を書いている。ここが相撲を行うための土俵だ。
「よし、まあ一から全部教えるのは面倒だからとりあえず今回は簡単にやろう。まず勝つ条件は相手をこの円の中から出すこと。それから足の裏以外を地面につけること。手の指一本地面に触れたらダメだぞ。あとは目潰し金的はなし。あとグーパンは無しだ。相撲で使って良いのは張り手。投げ技。そしてぶちかましよ。」
「要は押し出すか投げれば勝ちってことだな。」
「そういうことだ。さあ、かかってこい。」
河童は円の中、土俵の上で仁王立ちする。まさに好きにかかってこいというやつだ。完全に油断している。メスティは土俵の中に入ると呼吸を整え始めた。
「一応聞いておくが…魔力を使った身体強化禁止とは言ってないよな?」
メスティの体から魔力が溢れ出る。しかも魔導の力を使ったメスティができる最高の身体能力強化だ。今のメスティの筋力は計り知れない。そんなメスティに対して河童は何も言わず、ただ待ち構える。
「行くぞ…」
メスティは持ちうる全ての技術を使い河童へとぶつかって行く。その衝突音は人間がぶつかる音ではない。それに離れて見学していた4人にも足元から揺れが伝わってきた。それだけとんでもない威力の体当たり。
間違いなくメスティの全身全霊の一撃。だがメスティは身体中から汗を吹き出していた。間違いなく全力の体当たりであった。これ以上はないと言えるほどの一撃。だが河童は一歩たりとも動いていなかった。
「たいしたもんだ。初めてでこれだけのぶちかましができるのはなかなかいないぞ。ほれ、もう一回やってこい。」
顔色ひとつ変わっていない。この程度なんてことないと言いたげな表情だ。そしてメスティは目の前の現実が受け入れられないのか、一心不乱に何度もなんども河童へとぶつかっていった。
そして数十回ぶつかったあたりだろうか。とうとうメスティはその場に膝をついてしまった。それを見た河童は満足そうだ。
「良い相撲だった。頑張ったな。ほれ見ろ。身体から汗が吹き出ているじゃねぇか。身体、あったまっただろ?」
「ああ……」
「よかったよかった。ほれ、他の奴らもやろう。あ、嬢ちゃんはすまんな。相撲のルールで女性は土俵には上がれないっていう決まりがあるんだよ。今は簡単な土俵だが、まあ罰を受けたくないからな。」
申し訳なさそうにいう河童。しかしアリルとしてはあんな裸になってやるような武術はやりたくない。だがその言葉に一番引っかかったのはメスティだ。今の言葉には何か感じるものがある。
「なぁ…相撲ってもしかして……魔導の一種か?」
「おお、そうだぞ。元々は神域加護、魔導相撲だ。まあ俺がやっているのは河童相撲っていう流派だけどな。ちなみに河童相撲が一番人気がある。お前らも相撲やるなら河童相撲教えてやるからな。」
メスティの読みは当たった。河童の言う魔導相撲とはメスティの魔導農家の加護と同じ信仰系魔導加護の一つだ。しかもこの辺りでは一切伝聞が残っていないところを見るとあまり世に知られていない信仰系魔導加護なのだろう。
衝撃の出会いに驚くメスティ。しかし今はそんなことよりも休んでいる間に冷えたこの身体を部屋の中で温めるのが優先だ。




