第22話 増える畑
「一粒足りとも残すなよ。」
「もちろんです。」
「けど…流石にこの量を手作業はキツイですね。」
眩しい日差しと秋風が吹く中、メスティたちはバーメンの実を取る作業をしている。先週刈り取ったバーメンを今日まで乾燥させ、今日中に食べられる状態にしようとしているのだ。
そのために刈り取った苗を叩きつけて、実を落としている。膨大な量があるためかなりの重労働だ。しかしこの後この実をすり潰し粉にして、ふるいにかけて食べられない部分を取り除かなくてはならない。
「重労働だが仕方ない。来年にはアリルがきっと良い道具を作ってくれる。」
「アリル。頑張ってくれ…」
「今年は兄ちゃん達頑張るけど、作付面積増やしたらもう持たない…」
「餌やり終わったんで合流します。」
一人後から合流したゴラスも作業に加わった。ゴラスは先ほどまで魚への餌やりをしていた。魚は食べ比べをした結果、4種類を育てることとなった。
もう少し数を絞っても良いかと思ったが、この地の環境に適応できるかという問題もある。下手に数を絞ってその種が死んでしまってはどうしようもない。
そのため魚の養殖のために池を区画分けしたりなど、なかなか忙しい日々だ。本当はこのバーメンの刈り取りももう少し早くする予定だったのだが、忙しさのあまり遅くなってしまった。
だが忙しくなった分、間違いなく食は豊かになった。食事に困ることはまず間違いなく無い。すると井戸から大袋を持った河童が現れた。
「あ〜重てぇ…おい、今日も持って来たぞ。」
「ありがとう。ほら、代金のキュウリだ。」
「これこれぇ!あ〜沁みるわぁ…」
キュウリを齧って満足そうに頷く河童。そんな河童が持って来た袋の中には大量の鉱石が入っている。パッと見ると鉄鉱石、銅鉱石、銀鉱石などが見られる。ただ何が入っているのかは基本わからず、かなりバラバラだ。
銀鉱石が多い日があれば銅鉱石が多い日もある。そんな鉱石は全て家の近くに山のように積み上がっている。アリルがここから鉱物のみを取り出せる日が来た時のために用意しているのだ。まあ本音はアリルへプレッシャーをかけているだけなのだが。
そんなアリルは一人錬金術の練習に励んでいる。日々練習しているので腕前はそれなりに上がって来ている。だが正直な話、錬金術師と呼ぶどころか薬師と呼ぶこともできないほどの低レベルだ。
錬金術師として最低限の基礎ができるようになるのには1年はかかると言われる。そこから鉱物の分離ができるようになるのはさらに2年はかかるとも言われる。アリルが使い物になるのはまだまだ先の話である。
そんなアリルが現在行っているのは魔力水の生成だ。様々な薬品作りの基礎剤となる魔力水は基礎中の基礎だ。まずは水から不純物を完全に取り出し、純水を作る。そこへ魔力を加えて混ぜ合わせるとできるのが魔力水だ。
そんな魔力水には各薬品によって魔力濃度が決まっており、その魔力濃度を調節するのが非常に難しい。これが完璧にできるようになるためには長いと半年はかかると言われている。
だがアリルの師であるメスティはこれを後数日で覚えさせようとしている。そんなのは不可能、と言いたいところだがアリルはもうかなり安定して魔力水を作れるようになっている。すると作業をしているメスティの元へアリルが無数の水球を浮かべながら駆け寄って来た。
「メスティさん!どうですか?」
「おお、良い感じじゃないか。その端のは魔力節約のために井戸水から精製した純水だな。反対側のは魔力から生み出した純水。それでこっちから順に魔力濃度2、4、6、8、10%。100%濃度の魔力水もできているな。一度ポーション作りとかしても良いかもな。井戸水から不純物を取り出せるなら薬草から薬効抽出もできるだろ。」
「本当ですか!じゃあ薬草採って来ます!」
「俺も付き合おう。悪いけどしばらく頼めるか?」
「わかりました。」
3人に任せてメスティはアリルとともに森の中に薬草採取へと出かける。薬草というものは意外とそこらへんに生えている。ただ品種によっては薬効が多いものもあれば少ないものもある。いや、基本的にほとんどの薬草は薬効が少ない。薬効成分の高い薬草というのは珍しい。
「こいつは下痢止めになる。だが薬効成分を摂取しすぎると腹痛の元になる。こいつは解熱に使える。これは毒キノコだが、成分の中に裂傷の治癒効果があるものがある。薬効抽出の精度が上がったら材料に使ってみると良い。お、これは良いな。ポーションの材料に一番よく使われる薬草だ。街周辺じゃ乱獲されすぎてなかなかお目にかかれない。」
「本当に詳しいですねメスティさんは。」
「先生に教えてもらったからな。それに俺もギルドの一員だ。傭兵もしていたけど、採取もしていた。採取はちょっと手の空いた時の小銭稼ぎになるからな。」
「ギルドですか。採取と傭兵でそれぞれランクがあるんですよね?メスティさんは採取のランクはいくつだったんですか?」
「採取ランクは銀1級だ。金級に行くには数回長期遠征が必要になるから学生の俺には無理だった。まあ銀級もあれば十分なんだけどな。」
「銀級ってすごいじゃないですか!一番下の木級から数えたら3ランクも上ですよ!」
「木級なんて小銭稼ぎの孤児院の子供か新人くらいだけだぞ。普通はその上の鉄級かさらに上の銅級だ。」
「…それって暗に俺すごいって言ってませんか?」
「俺の場合は先生から直接依頼受けて薬草採ってたからだよ。銅級までいった採取屋は戦闘力も必要となるからみんな傭兵の方に力を入れ出す。そっちの方が儲かるからな。採取の銀級以上は薬師か変わり者だけだ。おかげで俺は変人扱いされたもんだよ…」
遠い目をするメスティ。どうやらそのせいでなかなかな扱いを受けたようだ。アリルもこれ以上踏み込んではいけないと思ったのか、話をそらそうとする。
「そ、そういえば毎回薬草採取しに森の中まで来ていたら大変ですし、薬草畑作りませんか?」
「薬草畑か…ありっちゃありなんだが、薬草ってやつは案外気難しい。」
「そうなんですか?」
「薬効成分っていうのは基本的に薬草自身が虫から食われないように生み出す忌避成分なんだ。だから栄養豊富な土壌、虫が寄りつきにくい人の手が加わる場所だと薬効成分が薄れやすい。もちろん例外もあるけどな。だから先生の庭は手入れ全然されてなかっただろ?」
「あ!あの庭の汚さにも理由があったんですね!」
あの広い庭の乱雑さの理由を知ったアリルは驚いている。それを見たメスティは苦笑いをする。まあメスティ自身あの庭に植える薬草採取を依頼された時は新しく植えるよりも、もっと庭を綺麗にした方が良いと思っていた。まあ正直理由を理解した今でもあれはどうにかした方が良いとは思っている。
「でもですよ。メスティさんの魔導農家の加護があれば薬草を育てるのも早くなったりするんじゃないですか?」
「俺のは農家だぞ。作物以外は…」
「じゃあ薬草畑で働く人はなんて呼ぶんですか?」
「……薬草農家だな。あれ?いけそうな気がする。試しにいくつか土ごと持って帰って育ててみようか。」
「はい!」
少し発想が凝り固まっていたかもしれない。作物限定で効果があると思っていたが、農家という枠組みで考えれば植物なら何を育てても影響を与えられるかもしれない。とはいえ薬草畑を作ったとしてもアリルが錬金術師として成長しなくては無意味になってしまう。
さらにプレッシャーがのしかかろうとしていることに気がついていないアリルは呑気な表情で薬草採取をする。




