第21話 河童の取引
「嘘…だろ……」
衝撃の言葉に手に持つキュウリを落としかける河童。その様子を見ていた他の面々は大した動揺もない。河童が動揺した言葉を発したメスティも平静にしている。
「いや、そりゃそうでしょ。キュウリは夏の作物だから秋になる今頃はもう片付けなくちゃいかんよ。現にもう葉っぱは枯れているし。実ももう付いてないだろ?」
「嘘だッ!!!」
「いや、嘘じゃないし。というか正直な話、街に行っても売れないから来年からはもう少し作付面積減らさないと。自分たちで食べる分だけで十分だから…苗は5〜6株でいいかな?」
「ちょ!待てよ。なんならここの畑全部キュウリにしたって良いくらいだぞ!」
「しねぇよ。お前だって持ち帰ってそのままじゃんか。働きもしないお前のためになんでキュウリ育てなくちゃならないんだよ。」
「ちょ…ちょっと待ってろ!」
慌ててその場を飛び出し、井戸へ飛び込む河童。その様子を見ていたメスティたちはどうでも良いと言わんばかりに昼食に戻った。そして昼食を食べ終え、作業に戻ろうとしたその時、再び井戸から現れた河童は皮袋を片手にやって来た。
「遅くなったな。これ、今までのキュウリの代金だ。受け取ってくれ。」
「いや、来年キュウリ減らすって言わなかったら絶対持ってこなかったじゃん。全く…それにあれだけ食ったのに代金ってこんな小袋かよ。」
パッと袋を開けて中身を見るメスティ。すると一度顔を上げて目を擦る。そしてもう一度見直したメスティは身体が震えている。一体何事かと皮袋を覗き込むアリル。するとそこには小指の爪ほどの小さな金貨がぎっちりと詰まっていた。
「き、金貨だらけじゃないですか!こ、こんな大金…」
「ん?ああ、お前らには金に価値があるんだっけか。俺たち河童は基本的に水の中で暮らすからな。鉄なんかだとサビちまう。だからこの金ピカを貨幣に使うんだ。だから俺たちには一般貨幣だな。」
「来年はキュウリの作付け面積を大規模に増やします。これは決定事項です。」
「よっしゃぁ!!」
街では金にならなかったキュウリがとんでもない量の金貨に生まれ変わった。正直街で売るどんな野菜よりも価値がある。メスティは頭の中で計算しまくる。来年の夏が待ち遠しくなって来た。
「ちなみにこの金貨使えば何が買えるんだ?」
「買えるものか?そうだな…魚とか…後お前らだったら金属とかか?宝石なんかも交換できるぞ。」
「…どれも最高じゃんか。魚って言ったけど、ここの池で養殖できるような魚もあったりするのか?」
「そんなの何種類だっているぞ。なんなら食べ比べして決めるか?」
「まじでか!お願いしますカッパの兄貴!」
「現金なやつだな…まあいいや、じゃあ夕食までに揃えておく。」
そういうと河童は再び井戸の中へと戻って行った。それを見送ったメスティたち5人はハイタッチをする。河童のおかげで今後は新鮮な魚が食卓に加わることとなるのだ。そして今日の夕食は魚三昧だ。今のうちからメニューを考え、ワクワクが止まらない。
そして皆浮き足立ちながら農作業に励むと夕方前に河童が6匹の魚を手に戻って来た。今日だけは農作業を早めに切り上げることにしよう。
「ほれ、でかいのが6種と…ちっこいのが2種だ。話を聞いて来たが、こいつらなら育てやすいということだ。」
「何匹かは同じ系統の魚を街でも見たな。ただ…基本的にこの辺りで見かけない品種だ。とりあえず焼くと煮るで試してみよう。こっちの小さいのは…食べがいがなさそうだな。」
「こいつは油で揚げて食うと美味いぞ。こっちのは焼いて酒に入れると美味いんだ。香ばしい香りがたまらんぞ。」
「揚げる?お前作物から油を取るのがどれだけ大変かわかって言ってんのか?ここでそんな贅沢品は不可能です。酒もここで作れるようになるにはアリルが頑張るしかないです。」
「わ、私ですか!?え、えっと…アルコールの製造は錬金術では初歩の段階なんですけど…ごめんなさい…」
「油と酒が欲しけりゃ買って来てやるぞ。そのくらいうちのとこで売ってる。」
「マジか…河童万能だな。ああ、ちなみに価格も教えてくれ。」
「そうだな。酒は一瓶10カッパーくらいだな。油は6カッパー。この辺の魚はだいたい2〜3匹で1カッパーだ。」
「また謎単位出たな。1カッパーってこの金貨でいくらだよ。」
「1カッパー1枚に決まっているだろ?」
「魚が金貨1枚すんのかよ!馬鹿高いな!!」
「お前らにとっちゃそうかもしれんがこっちじゃただの小銭だぞ。」
金貨を小銭扱いする河童。こっちじゃまずありえない話だ。こんな小袋いっぱいの金貨があれば数年は遊んで暮らせる。しかし河童相手ではただの小銭。それを考えるともったいなくてこの金が使えない。
「あ、その金を溶かしたりすんなよ?河童法に触れるからな。そんなことしたら取引は中止だ。」
「そんな!金貨だぞ!こっちならこれ1枚でどれだけの食料や物資が買えると…」
「そっちの都合は知らん。だからあんまり金持って来たくなかったんだよ。いいか、約束しろ。その金は俺との取引以外では使うなよ。使ったらもう2度とお前とは取引しない。」
「そ、そんな…」
この金貨を街で使えば大金持ちだ。しかしそんなことをしたらもう2度と取引はしないという。この地で河童を使えば街に行かずとも物資が手に入るというのはかなり価値が高い。しかしそのために金貨を小銭感覚で消費するのはあまりにも惜しい。
「そ、そういえば鉱石も買えるっていう話だったよな?」
「ああ、基本的にいらないクズ石だからバケツ一杯で1カッパーだ。クズ石って言っても普通の鉱石だと思うぞ。俺たちゃ金属なんて必要ないからよくわからんけどな。」
「それにかけるしかないか。そのクズ石から金属を取り出して街で売る。鉱脈の無いこの地が鉱山になる可能性が…アリル!」
「は、はい!」
「一刻も早く錬金術師として腕を上げろ。絶対に上げろ…マジで頼む……」
「ぷ、プレッシャーが…で、でも頑張ります……」
この河童金貨をこの国の貨幣に換金できなくなった以上、鉱石を買ってそこから金属を取り出して金を稼ぐしかない。そしてそれができるのはアリルだけだ。もちろんメスティたちも専用の設備を作ればできないことはないが、それにかかるコストや手間を考えればアリルに任せるのが一番だ。




