第20話 水問題解決
メスティの帰還から1週間が経過した。帰還してからのここでの暮らしは大きく変化した。まずは全員分の農機具を揃えることができたため、作業効率が飛躍的に上がった。
さらに料理器具や調味料なども充実したおかげで食事のメニューが増え、食もさらに豊かになった。それから洋服もちゃんと自分の服と着替えが用意できた。そのほかにもちょっとした物足りなさを補うことができた。
やはりちょっとした物でもないとあるでは生活が大きく変わる。そしてメスティはこれならさらに畑を増やしても問題ないと畑を1つ増やし、さらにもう1つ増やそうとしている。
ただ2つ増やしたところで河童による井戸の増水で畑が一つ水没しているので、実質は1つ分しか増やしたことにならない。本当は畑の水没問題も解決したいところだが、一度水没した畑を元に戻すのはなかなかの手間がかかるということで、畑の増設を優先させた。
そして畑を水没させた張本人である河童はというと、時折井戸から姿を現すとキュウリを食い、さらにキュウリを抱えて再び井戸へと戻って行ってしまう。メスティはそのことにイラつきながらも、売る事の出来ないキュウリを美味しそうに食べる河童を見て喜んでもいる。
「っていうかあのクソガッパまたキュウリ持ってどっかに行ったな。あの井戸の底どうなってんだ?」
「メスティさんにわからないんじゃ僕たちにもわからないですよ。」
「だよなぁ…はぁ……まあいいや。ここの畑作り終わったらあの水問題どうにかするわ。とは言っても横に大穴掘って池作るくらいしかやることないけどな。防水加工しないと他の畑に水が染みそうだから色々考えないといけないな。」
「池ですか…池作るなら魚とか泳がせたいですね。」
「そうなんだよなぁ…ただこの辺には地下水脈はあるけど、川はないんだよ。周囲探し回ったけど全然ないからなぁ…」
河川問題はこの地に来た時からメスティが思っていたことだ。川の一つでもあれば魚で安定した食料確保ができたのだが、それができない。まあメスティがいれば狩が問題なくできるので特に気にする必要もないのだが、たまには魚を食べたい。
「そういえばそろそろバーメンの収穫ができるんじゃないですか?」
「乾燥具合にもよるけど…来週あたりにはできそうだな。」
バーメンとは穀物の一種で、パンの原料だ。ほかにも様々な利用方法があり、街でも重要な食物の一つだ。ただ加工設備がいくつか必要となるため、ある程度生活に余裕が出てこないと手を出しにくい作物でもあった。
「バーメンの収穫までには水没問題も解決しておこう。作物の管理は頼んだぞ。」
「はい!自分たちに任せてください!」
心強い言葉にメスティも笑顔になる。本当にこの4兄弟に出会えてよかった。彼らは本当に勤勉に働く。作物の管理に関して彼らに任せてもなんの心配もない。
ただ長男のガルや次男のギッドに関しては結婚適齢期に入って来ている。今後の暮らしを考えれば、彼らには結婚してもらいたい。ただ相手がいないのだからどうしようもないのだが。
それから2日後、畑の増設が終わったメスティは池造りに取り掛かる。とは言ってもやることは単純だ。ただ穴を掘る。それだけの作業。
しかしただの池ではない。井戸から溢れ出る水を全て受け止められるような大きな池にしなくてはならない。大きさは畑一個分ほど、深さはメスティの身長よりも深く。
はっきり言って今までの作業の中で一番の大仕事になるだろう。だが魔導の力に目覚めたメスティの腕力を持ってすればみるみると大穴が彫られていく。
そしてわずか3日で予定していた大池を掘ることに成功した。このスピーディーな仕事に4兄弟も思わず感服した。
「じゃあここからが大変だぞ。ここに防水処理を施さないといけないからな。…この側面と底全部に…」
「ざ、材料あるんですか?」
「それを探すんだよ。はぁ…」
掘るだけ、耕すだけなら簡単だが、材料を用意しなくてはならないとなるとそれが一番大変だ。防水材に使える粘土質の土はこの辺りでも多少なら見つかるが、この池全てを覆うとなると膨大な量が必要となる。
それだけの量を探すとなると一大作業だ。もしかしたら年内の完成は難しいかもしれない。するとそこへいつものようにキュウリを取りに河童がやって来た。
「お?なんだすげぇことしてんな。で、何してんだ?」
「お前を埋めるための大穴掘ってたんだよクソガッパ。」
「クァ!?おっそろしいこと言うんじゃねぇよ。まあこの感じはあれだろ?池だろ?」
「そうだよ。それで今から防水処理しなくちゃならないからみんなで粘土探しだ。」
「防水処理か。そういうことなら良い材料あるぞ。ちょっと待ってろ。」
そう言うと再び井戸の中に潜り、1分ほど経ったのちに大きな壺を抱えて戻って来た。
「河童村特産の泥だ。これをだな…えっと待ってろよ…水を染みさせたくない場所に2カッパ分塗って一晩なじませればオッケーだ。」
「2カッパ!?なにその謎単位!」
「まあその辺は確認してやるから安心しろ。とりあえずどんどん持ってくるから塗っちまいな。」
「河童…お前…」
「へへっ…気にすんな。キュウリの礼だよ。」
「いや、お前が井戸水溢れさせなかったらこの池必要なかったんだからお前も塗るの手伝えよな。あとキュウリの礼は別でちゃんとしろ。」
「……クァ…」
河童を正論でぶん殴るメスティはとりあえず河童の持って来た泥を塗り始める。泥の色や質感的にこの辺りでは取れない種類の土のようだ。アリルの錬金術の加護の力が上がっていけばその内この土を元に河童がどこから来ているのかわかるだろう。
そして丸一日かけて2カッパ分の厚みの泥を塗り終えた。そして一晩放置し、さらに念のため半日放置する。そして井戸から溢れ出る水の流れを変え、池へと流れ込むように変更した。
勢いよく流れ込む井戸水は防水処理された池の中にどんどん溜まっていく。満水になるまで2〜3日はかかるだろう。
「ようやくこれであっちの畑も復活するな。ああ、俺は今のうちに水が溢れた時のことを考えて森の中へ流れる水路を作っておくわ。もうしばらく頼むな。」
「わかりました!」
再びメスティの肉体労働が始まる。大きな水路を掘り、それを森の中まで続くようにずんずんと掘っていく。この作業は水路にわずかな傾斜をつけなければならないため、丁寧な仕事が要求される。
そんなメスティはどこかを目指してひたすら掘りすすめる。そんな掘り進めた先には水の流れていない川の跡らしきものがあった。
かつてはここにも川が流れていた、と言うわけではない。ここは雨が降った際だけにできる水無し川だ。メスティはこの存在を覚えており、これを利用しようと水路をここまで引っ張って来た。
ここに水を流してしまえば、自然とその水はどこかへ流れていく。もしかしたらここに小川ができることで森に何か変化が起こるかもしれないが、それもまた一興である。
「よし、これで問題ないな。一応水路にも防水処理…はしなくて良いか。これで水問題は解決だな。」
これでようやくひと段落ついた。そんなメスティの仕事で火照った体を風が冷ます。もう夏の暑い風から秋の涼しい風に移行して来ているようだ。風ひとつに季節を感じられるようになったメスティは笑みを浮かべる。
もうすぐ秋の豊富な味覚を楽しめる。その後には辛い冬が待っているが、今年の冬も楽しい冬になることだろう。




