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第2話 ここが我が土地、終生の地

「地図によると…ここから先が全部自分の土地か。広いは広いけど…完全に森の中だな。」


 森の中を歩き続けたメスティはようやく自分の領地へとたどり着いた。しかしたどり着いた先はただの森だ。一度たりとも人間が暮らした形跡はない


「ここから先ならどこでも住んで良いけど…暮らしやすい場所探してみるか。」


 ここまで来るのに疲弊した体に鞭を打って自身が得た領地を歩き回る。しかしどこを歩いても森、森、森である。そこでせめてしっかりとした地面に拠点をおきたいと土壌を調査し、2時間後にようやく拠点を定めた。


 足元には硬い岩盤層。だが少し離れれば森が生み出した腐葉土の豊かな土壌が広がっている。ここならば岩盤層の上に家を建て、腐葉土で作物を育てることができる。暮らし始めてから何か問題が起こることもないだろう。


 そして翌日からメスティの開拓の日々が始まった。まずは家が欲しい。そのためにはここ一帯に生えている木々を伐採する必要がある。メスティは早速荷物の中から斧を取り出し、伐採を始める。


 まずは試しに斧を無造作に木へと振り下ろす。すると鈍い音を立てながら斧は樹木の樹皮だけを突き破った。


「随分と硬いな…しっかりとした木だ。ただこれじゃあ一本切り倒すのに1日かかりそうだ。それじゃあ…」


 メスティは斧を振りかざす。そして振り下ろされた斧は風切り音を立てながら樹木を大きく穿った。先ほどとは桁違いの破壊力である。


「魔力込めれば早そうだな。……というより必須か。そうなると食料確保を急いだ方が良いな。」


 木の伐採は一旦諦め、食料確保のために奔走する。魔力というのは筋肉に似ている。魔力を使えば使うほど疲弊し、回復させるためにはたくさん食べてしっかり休むことが必要だ。この一帯の木々を切り倒すのには相当な魔力が必要になるだろう。


 魔力を問題なく使用するためには十分な食料備蓄が必要だ。そのために2日間かけて食料をかき集めた。幸いなことにこの森は豊かだ。食料不足になることはないだろう。そして十分に食料が確保できたところで伐採を始める。


 木々の伐採は順調に進んだ。こっちに来る前に街で買ったこの斧は魔力で硬質化させたことで、値段以上の働きをしてくれる。魔力で強化した肉体ならば1日で20本近くは切り倒せる。食料も確保できているので何の心配もない。


「木材の加工手段も少ないし、切った木を積み重ねてログハウスにするしかないな。まあ50本もあれば家建つだろ。」


 それから合計3日間かけて木々を伐採し、2ヶ月かけて家を完成させた。なるべく加工は簡単にしたが、それでも慣れない作業に予想以上の時間がかかった。ログハウスが完成した時にはうっすらと涙目になる程感動した。


「これで何の心配もなく寝泊まりできるぞ。次は…畑を作るか。」


 食料の安定した確保。特に人間が美味しく食べるために改良された野菜の栽培は食を豊かにしてくれる。森の恵みを享受し続けるのも楽しい生活かもしれないが、せっかく木々を切り倒して広い空き地ができたのだからそこを活用しない手はない。


 だがメスティはすぐにその甘い考えを改めることとなった。


「この切り株…ビクともしない。一回土を掘らなくちゃだめか…」


 土を掘り、切り株の全体像を見るメスティ。しかし大地に深く根ざした木の根は土を掘り返したくらいじゃどうにもならない。そこからさらに木の根を切る必要がある。


 そしてメスティが切り株一つ処理し終えたのはその日の夕暮れの頃であった。


「切り株一つに丸一日?ここ全部終わらせるのに2月かかるぞ……いや、さすがに体に限界がきているんだな。」


 日々働き詰めのメスティの体はすでに限界だ。そのことに気がつき1週間丸々体を休めることに専念した。しかし未だ慣れない環境に完全復活はままならない。それでも以前よりもはるかに体が動くようになった。


 回復した体で全ての切り株を掘り出し、土を掘り返す。しかし土壌には多くの石と木の根が残っている。それを丁寧に取り除き、森の中から腐葉土を運び込んで土に加える。そこから害虫対策に害獣対策も徹底的に行う。


 作業としてはそこまで複雑なことではない。しかしメスティが10m四方の畑一つ手に入れるのに半年の歳月を要した。そして畑を手に入れた頃にはすでに冬が到来していた。


「さすがに間に合わなかったか…最近は食料集めの合間に畑作りをしていたからな。でもまあ…この寒さで土壌の中の害虫はいなくなりそうだな。本番は春が来てからだ。」


 本当はもっと早く作物の作付けを行えば冬が来る前に初収穫が望めたかもしれない。しかしこの地では作物の種はここまで持ってきた分しか存在しない。もしもこの種がダメになれば街に行かない限り2度と作物を育てることはできない。


「行商人でも来てくれればな……冬が明けたら街道作ってみるか。自分でも使うことになりそうだしな。」


 冬が明けたらやりたいことが増えていく。しかし今はこの冬を越すことが第一だ。食料は秋の間に溜め込んだものだけだ。今後食料を集めることはまず無理だ。食料不足にならぬように魔力の消費もできる限り抑えたい。


「薪はそれなりに集めた。この辺りがどの程度冷え込むかわからないけど、何とかなるはずだ。食料も何とかなる。この前獲った猪の干し肉もある。…できれば冬の間も狩りをするか。」


 ずっと家の中にこもっていれば体を悪くしそうだ。冬の間も最低限の活動はした方が良い。そしてメスティ1人の冬は始まりを告げた。


 冬の間の平均気温は−10度ほど。二桁のマイナス気温の時は外に出るのがしんどい。マイナス一桁が実に暖かいと感じるほどに。


 街の方はこんなに寒くなることはなかった。おそらく周囲の地形の問題なのだろう。だが今年一年過ごしきれば来年からその月の気温や気候などがある程度わかる。この寒さも来年以降は対処できる。


 だが一番の問題は孤独だ。ここでは人と出会うことは決してない。それが心を蝕む。自分がこんなにも弱い人間なのかと感じるほど、孤独が辛く感じる。


 それに太陽の光が恋しい。防寒のためこのログハウスには扉と排煙口以外に開いている場所がない。太陽の光が恋しくて外に出るが、あまりの寒さにすぐに家の中に戻る羽目になる。


「頑張ってガラス窓作るか。小さくて構わない。陽の光が欲しい。このままじゃ…本当におかしくなる。」


 膝を抱きかかえ、うずくまるメスティ。徐々に徐々に惨めな気持ちになって来る。こんなことならこの魔導農家なんていう訳の解らない加護は欲しくなかった。こんな加護さえなければ街で暮らせたというのに。


 魔導の加護は強大な力だ。そしてその強大な力は周囲にも影響を与える。戦士系の魔導の加護を持つものがいる地では魔力持ちは戦士系の加護を得やすくなる。魔法師系の魔導の加護持ちがいるなら魔法師の加護を得やすくなる。


 だから基本的に魔導の加護を得たものは国から離れた領地を授けられる。一つの系統の加護ばかり集まれば魔力持ちの多様性が失われる。何事もバランスが大切なのだ。


 だからメスティもこの地へ来た。訳の分からぬ魔導の加護のために希少な魔力持ちが失われてはならない。そういう判断のもと、メスティを隔離したのだ。


 この判断を下した王は正しい。メスティが王ならばきっと同じことをした。だから恨んではいない。決して恨んではいないがどこか…どこかもう少し違う場所はなかったのかと言いたくなる。


 長い冬。長く長く…何とも苦しい冬は終わりが見えない。いつになったら終わりが来るのか。早く春が来て欲しい。もうこんな生活は終わりにしたい。


「ダメだ…こんなことじゃダメだ。俺は…もう一生この地で暮らすことになるんだ。最初の1年目からこんなんじゃダメだ。外に出よう。いくら寒くったって構うもんか。体が凍えたら火を起こして温まれば良い。」


 このままではダメだ。今の状況を打破するためには外に出るしかない。外は寒さで凍えるほどだ。しかし家の中で閉じこもって心が朽ちていくのを待つよりかは数段良い。


 寒さに凍えながら薪を拾う。余裕があれば獲物がいないか探索する。それすらも飽きたら雪をかいて、畑を耕した。雪の下というのは存外暖かい。だから雪をどけて土を掘り起こせば冬の寒さが土の下までよく染みる。この寒さで土壌の害虫が死ねば春が来た時に良い作物が育てられるはずだ。


 ただひたすらに春を待つ。こんなにも春が来るのを待つのは人生で初めてのことだ。まるでメスティは春に恋しているようだ。


 そして徐々に寒さにも慣れて来たのか、寒さを気にせず動けるようになって来た。雪の上も上手に歩けるようになって来た。するとその頃には雪の降る量も減って来た。上着が暑くて邪魔になるようにもなった。そして雪の下から淡い緑が見えた頃、メスティは春の到来を知った。



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