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第16話 緑のおじさん

 昨日もハドウィックの家に泊まらせてもらったメスティとアリル。今日はこの街でゆっくりできる最後の日だ。今日の夜一泊することまでは許されるが、明日の早朝までにはこの街を発たなくてはならない。


 そして寝泊まりさせてもらったお礼にメスティとアリルは早朝から部屋の隅々まで掃除をしている。ルーナはそこまでしなくても良いと言ったのだが、これが唯一できるせめてものお礼だ。


 ハドウィックは昨日から商人の護衛に泊りがけでついているためこの場にいない。帰宅するのは明日になるそうなのでハドウィックにはちゃんとしたお礼は言えない。


「今日も泊まる予定なんでしょ?そんなに気を使わなくて良いから。」


「明日はみんなが起きる前にはここを発っているので。面倒なことに日の出から1時間以内って決まっちゃっているんですよ。」


「あら、そうなの?じゃあお弁当くらいは作っておくわ。」


 そこまで気を使わなくて良いと言うメスティだが、そのくらいはすると言うルーナ。こうなってしまってはお言葉に甘えるしかないだろう。そしてギルドで金が受け取れる時間になる頃を見計らってメスティたちはギルドへと向かった。


 ギルドについたメスティは受付へ声をかけると今日は用意ができているとのことで少し席について待つことになった。その間に周囲をキョロキョロと見回すアリル。


 するとそこにはまだ10代にもいかないような子供から屈強な大男までいる。ただあの大男とあの子供が同じように働けるとは思えない。


「あの…メスティさん。ギルドって主に何をするんですか?」


「ん?そうだな…ギルドの仕事は大きく分けると3つある。一つは農家や採取屋からの商品の買い付け。もう一つは業者への商品の卸売。そして傭兵の斡旋。ハドウィックがやっているのが傭兵業だ。俺らからやっているのが商品の買い付けだな。そして今その辺にいるのが業者で、ギルドから商品を卸売りしている。」


「へぇ…別々に組織しないんですか?」


「している国もあるらしい。だがこの方が効率的だ。商品を買った業者が帰りの護衛に傭兵を雇う。生産者が作物を荒らす害獣駆除に傭兵を雇う。こういう時にわざわざ他のところに行く必要がない。それに傭兵も装備を整える時にギルドを通して買えば安く装備を整えられる。効率を求めた結果だな。お、来たぞ。」


「大変お待たせいたしました。こちらが査定の一覧表になります。お待たせしてしまったので多少色をつけさせていただきましたが、これでよろしいでしょうか?」


 一覧表に目を通すメスティ。出荷する際にある程度値段に予測をつけていたのだが、その予測よりかは良い結果となっているようだ。満足げに頷くメスティ。しかし一つだけ気になるところがある。


「ここにはキュウリの値段が入っていないようですが、キュウリの料金はどうなっているのでしょうか?」


「キュウリ…ですか?ちょっと…お待ちください。」


 なんのことかわからぬ職員は他の職員たちの元へ行く。そして数分ごちゃごちゃと話し合っているともう一人職員を連れて戻って来た。


「お待たせしました。メスティ様からお預かりしたあの作物のことですね?実は……」





「…さん…メスティさん!メスティさんってば!!メスティ!」


 ぐいっと引っ張られたメスティは放心状態のままその場に尻餅をつく。その目の前には心配そうな表情をしたアリルの姿があった。だがメスティは未だ心ここに在らずといった調子だ。


 正直ギルドに入ってしばらく経ってからの記憶がおぼろげなメスティ。しかし何があったのかはしっかりと覚えている。今こうして街の中の用水路にいるのもそれが原因だ。キュウリが一本も売れなかったのだ。


 キュウリが売れなかった原因はいくつかある。まずは数の問題だ。メスティが持って来た量はそれなりにあったのだが、他の一般的に流通している作物と比べればごく少数だ。


 そして誰も見聞きしたことのない作物というのは市場価値がまるでわからないため、販売者も消費者も手を出しにくい。そもそも美味しいかどうかすらわからないのだ。そんなものに金を出せるほど消費者に余裕はない。


 そしてもう二つ。それはキュウリについているトゲの問題だ。トゲが口に刺さったらどうするのか、身体の中で害をなさないのか。メスティたちはそこまで頑強なトゲでないことは知っているが、初めて見るものにとってはそれがわからない。


 そしてもう一つはキュウリが白く粉っぽくなっていることだ。緑色のキュウリにまるで薬品がついたかのように白い粉が張り付いている。洗うと落ちるその白い粉を危険な薬品だと勝手に判断した業者もいる。あげくギルドも安全性が担保できないと言い始める始末だ。


 だがメスティはそんな薬品は使っていない。これはキュウリが自ら水分蒸発を防ぐために分泌した天然の物質だ。そのことをメスティは説明したのだが、業者としてはわざわざ販売する際に購入者にそれを説明しなくてはならない。そしてそれが事実かどうかもわからない。そこまでして購入する意義がない。


 これらの理由により、ギルドとしても取り扱いはしないという決定を下した。今後メスティがキュウリを持って来てもギルドが買い取ることは決してないだろう。それを聞いたメスティは失意のままギルドを飛び出し、こうして用水路でキュウリのトゲと白い粉を洗い落としていたのだ。


 メスティが綺麗に洗ったキュウリには白い粉もトゲも残っていない。この状態ならばまだ売れる可能性はある。ギルドが取り扱わないという方針を決定したとしても自ら手売りすれば売れる可能性は残っている。だがその可能性にかける時間がメスティにはない。


「ギルドで報酬を受け取り終えて、ここでこうしている間にもうお昼です。今から必要な物資を買い集めなくちゃいけません。それを売っている時間はないんです。メスティさん…諦めてください。これから数時間が私たちの生活を大きく変える重要な時なんです。」


 アリルのいうことになんの反論もできないメスティ。アリルのいうことは非常に正しい。ここで農機具や家で必要な食材や物資を買い集めることがどれだけ重要か。これからの数時間を逃せば次に街に来られるのは最低でも1年後だ。


 それにキュウリが売れるかどうかは大きな問題ではない。他の作物さえ売れてしまえば十分な収入になるのだ。キュウリが売れたところで収入は高が知れている。キュウリのためだけに時間を取るのはあまりに愚かな行為だ。


 メスティもそれを理解する。だがその瞬間にまるで力が抜け落ちるように体が動かなくなる。メスティは悔しいのだ。自身の魔導農家の加護という謎の加護がようやく陽の目を見るときが来たかと思ったら、それはただの幻想でしかなかったと知らされたのだから。


 そんな力の抜け落ちたメスティの手からこぼれ落ちた一本のキュウリが用水路を流れて行く。プカリプカリと浮き沈みをしながら流れて行くキュウリを追いかける力がメスティにはもうなかった。


 だがここで立ち止まっているわけにはいかない。こうしている間にも刻一刻と時間は過ぎて行く。しかしメスティは立ち上がることもできない。するとアリルがメスティの両肩を掴んだ。


「しっかりしろメスティ!私たちの王はあなたなんだ。あなたがしっかりしてくれなくちゃ私たちが大変な目にあう。あなたがいなくちゃ困るんだ!だから…だからお願いしますメスティ!」


「俺が…そうか……そうだな。こんなことで立ち止まっているわけにはいかないな。すまない…もう大丈夫だ。」


 アリルの肩を借りながら立ち上がるメスティ。それを見たアリルはホッと息をついた。しかしこんなにも弱っているメスティを見たのは初めてだ。よほどショックだったのだろう。


「それじゃあ流れていったキュウリを回収しましょう。廃棄するとペナルティがあるんでしょ?」


「ああ…すまん。ちょっと動揺し過ぎたな。自分でもこんなにショックを受けるとは思ってもみなかった。急いでキュウリを回収して買い物を始めよう。」


 小走りで用水路を流れていったキュウリを追うメスティとアリル。まだメスティは本調子ではないようだが、これならなんとかなるだろう。しかし用水路の流れが随分早かったのかキュウリはだいぶ流されてしまったらしい。


「どこまで流れていったんでしょうか…」


「どっかで見落とした可能性はないと思うんだが…。あ、あそこにいる人に聞いてみよう。何か流れて来なかったか。あの…人?…に……あれ何?」


「め、メスティさんが知らないなら私にもわからないですよ…なんですかあれ…人なんですか?緑の皮膚した人?それになんか…背中甲羅みたいじゃありません?」


 用水路を下った先にいた怪しげな緑色の人間。用水路の中に両足を突っ込みながら涼んでいるのだろうか。一体何者なのか怪しんでいるとその緑の人間の手に食べかけのキュウリの姿があった。


 すると二人の前でキュウリをもう1齧りしたその緑の人間は恍惚の表情を浮かべている。


「この尻子玉うめぇ…」


「あ…あの……」


「ん?なんかようか?」


「いやその…その手に持っているやつ…」


「あ?これか?泳いでたら流れて来たんだ。小腹が空いていたから食ってみたんだが、こいつは極上の尻子玉だ。…もしかしてお前の尻子玉か?」


「いや…尻子玉って何?それはキュウリって言ってうちで育てた作物で…」


「へぇ…こいつはキュウリの尻子玉か。最高だな!」


「いや…だから尻子玉ってなに?……ていうか誰?」


「おいおい、人の名前を訪ねるときは自分から言うものだぞ。礼儀作法を知らんのか?仕方のないやつらめ……まあ良いだろう。俺は…河童さんだ。カッパの兄貴と呼んで良いぞ。」


「いや呼ばないです。俺はメスティって言います。そのキュウリを栽培した人間です。」


「キュウリ?キュウリってなんだ?……ああ、この尻子玉か。あ!食っちゃまずかったか!すまん!お前の尻子玉。」


「だから尻子玉ってなんなの…まあキュウリに関しては売り物にはならなかったので別に良いです。…美味しいですか?」


「ああ!絶品だぞこの尻子玉!」


「だから尻子玉ってなんなのぉ……まあ美味しく食べてくれるならいいや。まだあるけど食べますか?」


「良いのか?悪いなメスティ。しかしお前すごいな。尻子玉抜かれても死なないのか。」


「尻子玉を抜くって何!て言うか抜かれたら死ぬの!」


「何言ってんだお前。尻子玉だぞ。抜かれて死ななかったやつはみたことないな。お前が初めてだ。」


「いや…だからこれは尻子玉じゃないです。キュウリです…まあでも……気に入ってくれたのなら嬉しいです。どうぞ。」


 時空ムロの中から10本ほどのキュウリを取り出すとその河童に渡してやる。すると河童は目をらんらんと輝かせた。


「すげぇ!こんな大量の尻子玉は初めてだ。メスティ、お前ならこいつを大量に用意できるのか?」


「夏の間だけですけど…可能ですよ。気に入ったのならそのうち俺の家にきてください。まあずっと向こうの森の中なのでなかなか厳しいとは思いますけど。」


「森の中か…水場はあるのか?乾燥してると頭の皿が乾いちまうからな。」


「頭の皿?それってただのハ……あ、いや…なんでもないです。水場ですよね?井戸ならありますけど、川とかはないですね。」


「井戸があんのか。それなら…なんとかなりそうだな。必ず遊びに行くぞ。」


「ええ、いつでもどうぞ。あ、それじゃあ急いでいるので失礼しますね。」


 キュウリの貰い手がついたところでメスティたちはその場を後にする。そしてしばらく歩き、用水路からだいぶ離れたところでホッと息をついた。


「びっくりした…緑色の禿げたおっさんがいるなんて思わなかった…」


「メスティさんでも知らないことがあるんですね。カッパ…って言ってましたよね?」


「本名じゃないと思う。そう言う種族名なのかな?まあでも…キュウリ喜んでくれたからそれで満足だわ。」


「良かったですね。」


 笑顔を見せたメスティ。それをみたアリルも一安心したように笑みを見せる。しかしゆっくりしている暇はない。ここから急いで買い出しをしなくてはならないのだから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] …キュウリを受け入れたカッパに…敬礼!!! …キュウリは、何とか玉って物では断じて無い!!! [気になる点] …この作品の世界にはカッパが存在するのか!…玉ってなんだ?魂? …メスティ…
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