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第15話 貰えるものは貰う主義です

 どこからともなく料理を運んで来たメスティは机の上を片付けて食事を並べた。そして昼食会が始まるのだが、アリルは黙々と食べるだけだ。会話しようにも二人の会話にまるでついていけないのだ。


「そこでこの薬品を使ってな…」


「確かにそれなら上手くいきそうですけど、製作料上がっちゃって売り物にならないでしょ。価格抑えるためには…こいつとかいいんじゃないですか?」


「それはダメだ。そいつを使うとこっちの成分が分離しだす。」


「ならこれを使って分離抑えれば良いじゃないですか。」


「む!その手があったな。ならばここをこうしてやって…」


 数枚の書類に書き込みながら話をするメスティと老人。チラリと覗いたが、一体何が書いてあるのかわからない。それに具体的なことは一切言葉に出さない。


「なんでそんなにこいつとかあれとかしか言わないんですか?私は別に誰にも言わないので好きに喋っても良いですよ?」


「ん?ああ、これは昔からの癖だ。国の研究所で働くときなんかは誰がどこで聞いているかわからないからな。研究内容は必ず暗号を使って紙に書く。そうすることで研究の秘匿化を…」


「よし、これで上手くいくはずだ。わしは研究を開始するが…そもそもお前は何しに来たんだ?」


「ああ、最初に言った通りこの子が錬金術の加護を授かったので機材が欲しいんですよ。街で買うには金が足りないので、先生のお下がりください。どうせ先生以外にこの国に錬金術の加護持ちいないじゃないですか。」


「ん?そうか、お主は知らんのか。1年前に錬金術の加護をもった奴が出たぞ。」


「そうなんですか!俺の一つ後輩にか…」


 メスティが一人森の中で絶望し、アリルたちと出会ったあの時あたりに錬金術の加護持ちが誕生したのだ。きっと国では大騒ぎだっただろう。


「それじゃあ先生の使わなくなったやつはそいつに…」


「いや、そいつの親は貴族だったからな。一から全部作らせたらしい。わしにも色々依頼が来ておるわ。お前が来た時もそのガキの教科書作り中だ。面倒なことこの上ないが、金は良いのでな。」


「先生が直接教えれば良いのに。まあでも貴族派ということは…先生みたいに変人になって欲しくなかったということだろうなぁ。そいつの名前は覚えていますか?」


「知らん。顔すら覚えとらんわ。同じ加護を持っているとは思えぬほど馬鹿だからな。」


 大きくため息をつく老人。どうやら余程の馬鹿らしい。ここまでの反応をするのはなかなかいない。まあ親が貴族ということは富や権力ばかり求めているのだろう。何か対処を考えておかないといずれそいつは面倒なことになるだろう。


「まあそれなら先生のおさがり貰って行っても問題ないですね。」


「問題はない。だが…その小娘は使えるのか?」


 ギロリと睨みを効かせる老人。その目にビクリと体を震わせるアリル。アリルは今この老人に見定められているのだ。次代の錬金術の加護持ちとしてやっていけるのか。自分の物を与えるだけの価値があるのか。

 そしてアリルには自信を持ってやっていけると言える根拠がない。しかしメスティは隣で笑った。


「先生。誰にもの言っているんですか?アリルは俺が育てるんです。俺が信用できませんか?」


 隣で笑うメスティに呆然とするアリル。するとそれを見た老人は今日一番の笑顔を見せた。


「それもそうだ!メスティ、お前が育てるのであればなんの心配もいらぬな。そんなことも忘れるとはわしも老いたかな?欲しいものは全て持っていけ。…小娘、名はなんだったかな?」


「あ、アリルです。」


「そうか。アリル…覚えておこう。我が弟子の弟子よ。お主がこの国を動かすその時が楽しみだ。」


 非常に上機嫌な老人はそのまま自身の研究室へと戻って行った。それを見届けたメスティはアリルを手招きして地下室へと降りていく。勝手知ったるメスティはすたすた歩いていき、地下室の先にある金庫の暗証番号を入力すると中へと入った。


「ここには結構やばいものもあるから勝手に触らないように。えっと確かあれはこの辺に…」


「…すごく信頼されているんですね。」


「俺の知識のほぼ全ては先生から教わったからな。魔法学校ではほとんど学ぶことがないくらい先生には世話になった。…先生には子供がいないから俺のことを自分の子供みたいに育ててくれたよ。」


「そうなんですか。」


「お、あったあった。こいつを探してたんだよ。」


「その古ぼけたリュックですか?」


「モンスターの皮で作られた特別製だ。頑丈さも良いところだけど、先生が作った自信作でな。収納量が拡張されているからかなりの量が入る。さらに重量軽減、揺れ軽減…あと何があったかな?まあいっぱい入るリュックサックだ。これにどんどん詰め込もう。その足元の取ってくれ。」


「い、いいんですか?金庫の中のをこんな勝手に…」


「別に先生は使わないし。それに先生はここにあるものはもう一度作ろうと思えば作れる。まあ全部が全部は貰わないよ。必要なものだけだ。」


 メスティはここに何があるかまるでわかっているかのようにどんどん回収していく。そしてものの30分ほどで満足したのか金庫を後にした。


 次にやって来たのは研究室…の隣にある物置だ。そこにはもう使わなくなった研究機材が並べられている。するとメスティは軽くチェックしたのちにどんどん機材を回収し始めた。しかしここでアリルに疑問が浮かぶ。


「研究機材なんて今後も必要になるんじゃないですか?」


「研究機材が必要になるのは新人か3流錬金術師だけだ。一流の錬金術師なら魔力を用いて研究機材と同じ環境を生み出せる。ここにあるのはすでに魔力で同じ効果を出せるようになって必要なくなった機材だけだ。先生はよっぽどな研究でない限り、材料さえあれば全ての工程を魔力だけで完了できる。」


「材料だけで…ですか?」


「そもそも機材があれば作れるものは加護の力が無くたって作れるんだ。錬金術の加護の力がなくちゃできない物を作れるからこそ、錬金術の加護に価値があるんだ。どんな加護だってそうだぞ。加護の力があるからこその力を使えてようやく一人前だ。」


 基本的に簡易ポーションやそこらへんの薬剤ならば魔力を持たぬ町医者でも作ることができる。メスティもよく先生に言われ、様々な薬剤を作ったものだ。しかしどんなに勉学に励もうと、どんなに研鑽を積み重ねても到達できぬ高みがある。


 それが加護を持つものと持たぬものの差だ。それがあるからこそ国は加護を持つものを重用する。奇人変人と噂される先生も大臣の地位につける。


 アリルはまだまだ加護の力を、その価値を知らない。それを知る日が来るのはまだまだ先のことだろう。だがそれを聞いたアリルは一つの疑問を抱いた。


「だったらなんで先生さんは結婚しないんですか?有用な加護を持つ人の子供もまた有用な加護持ちになるんですよね?」


「あ〜それは考えたことある。けど…色々あるんだろうな。何度かお見合いの話は来ていたらしいが、全部断っているらしい。これはプライベートなことだから俺も聞かないことにしている。」


「それは…確かにそうですね。」


「まあそんなことより全部回収終わったな。最後に研究資料いくつか貰っていくとするか。」


 全ての研究機材を回収し終えたメスティたちは最初に先生がいた部屋へと戻る。するとそこには空中に浮かんだ液体を見ながら細かく記入している先生の姿があった。


「もう完成したんですね。結果は問題なさそうですか?」


「もう少し各薬品の濃度を変えてもよいとは思うがな。まあこのくらいできておれば問題なかろう。それにしてもお前はわしの金庫まで漁りおって…遠慮を知らんな。」


「昔偉大な先生にこういう時は遠慮をするなと言われたので。ここぞとばかりに徹底的に持って帰らせていただきました。後いくつか研究資料と本をください。」


「本当に遠慮がないな。しかし研究資料はわかるが、本は必要か?今更何を読む。」


「俺じゃなくてアリルが読むんです。先生のおすすめした本は全て暗唱できるほど読まされましたからね。俺だって四六時中アリルのそばにいるわけではないので、一人で勉強するようにですよ。」


「それもそうか。ふむ…ならこれをやろう。わしの新作だ。」


 突如空間から出現した一冊の本を手渡されたメスティ。それにさっと目を通したメスティは驚きで思わず声を漏らした。


「こんなのを書いていたんですか!先生の主義じゃないでしょうに……」


「後世にわしの偉大さを伝えるための1冊だ。2冊目はまだ執筆中だからそれだけ渡しておく。」


「一体何冊書くつもりなんですか…でもこれは非常にありがたいです。アリル、先生の書いた錬金術師の教科書だ。はっきり言って国宝級の価値があるぞ。ただ暗号化されているから読み方は今度教える。…先生。ありがとうございます。」


「気にするな。どうせわしには必要ないものだ。しっかりと役立てろ。」


「はい。……じゃあついでにもう一つ良いですか?表に出せないようなやばい研究資料も見せて欲しいなぁ…なんて。」


「それを見てどうするつもりだ。わしを破滅させる気か?」


「うちの領地は査察も来ないし、旅人も来ないのでそういうのやってもバレないんですよ。なのでお願いします!」


「お主というやつは……絶対にバラすなよ?バレたらお前もわしも縛り首だ。」


「もちろんです。」


 空間から突如現れる一冊の本。そこにはかなり厳重な封印が施されている。そしてその封印を解くとメスティへと手渡した。メスティはその本にサッと目を通すと思わず血の気が引いた。


「もう少しマイルドなのが来ると思っていたんですけど……激ヤバじゃないですかこれ。」


「だから絶対にバレるなよ。絶対だぞ。」


「わかり…ました。やばいにはやばいですが、間違いなく役には立ちますね。ありがとうございます。それじゃあそろそろお暇しますね。」


「それが良かろう。……メスティ。」


「なんですか?」


 帰ろうとしていたメスティは顔を向ける。すると先生から巾着袋を投げ渡された。ズシリと重たいその中には金貨がぎっちりと詰まっている。


「小遣いだ。お前のギルド員としての稼ぎはみんな孤児院に寄付していたから金がなかろう。それで必要なものを買え。」


「え…ちょ……良いんですか?」


「構わん。もう生きているうちにお主と会えるのは数少ない。…魔導の力に目覚めたお主の人生はこれから厳しいものになるだろう。心しておけ。」


「わかりました。…でもまだ目覚めたばかりで使い方が全然わからないんですよね。一体何を成せるのか…」


「よく言うであろう。魔導の力にハズレはない。お前のその力も決してハズレることはない。その真価を知った時、お主は世界を動かす。わしが言うのだから間違いない。」


「…ありがとうございます先生。今後も励ませていただきます。」


 深々と頭をさげるメスティ。アリルも慌てて頭をさげるとすでに部屋の外に出てしまったメスティの後を追おうとする。しかし先生はそれを呼び止めた。


「アリル…わしの弟子を…メスティをよろしく頼んだ。」


「え…えっと…私に何ができるかはわかりませんが、全身全霊で彼を支えるつもりです。」


「そうか…メスティは良い友を持ったな。また何かの機会で街に来た時は寄って行きなさい。食事くらいは奢ろう。」


「ありがとうございます!それじゃあ…失礼します。」


 笑顔を見せて部屋を後にするアリル。それを見送った先生は満面の笑みを浮かべ、再び自身の研究へと戻った。



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