第12話 街
「よ〜し、街見えたぞ。ラストスパート!」
「も…もう無理……」
メスティに声をかけられながらヘロヘロと走るアリル。ほんの数日の間定期的に走り続けただけだが、アリルの身体強化の魔力操作技術は飛躍的に伸びている。これなら帰りはもっと早く走って帰ることができるだろう。
そんな二人はようやくたどり着いた街の入り口で門番たちにより、入国審査にかけられる。本来国民権を持っていないアリルの入国に時間がかかるものだが、それ以上にメスティの入国に時間がかかっている。
そして先に仮入国証を手に入れたアリルから遅れること2時間後、ようやくメスティも入国を果たした。
「大丈夫でしたか?」
「まあとりあえずはな。ただ居られるのは3日間だけだ。最低でも4日後の早朝までにはこの国を発たなくちゃならない。しかもその後は最低1年間街から100キロ圏内に近づくことを禁ずるってさ。」
「そんな…酷い……」
「まあ仕方ないさ。それが魔導の加護保有者の宿命だ。時間もないから急いで動くぞ。着いてこい。」
メスティに言われ足早に移動を開始するアリル。すると一気に街の中心部まで移動する。大通りの奥には王の住む城まで見えるほどだ。するとメスティは城の方をじっと見つめ、そして目を逸らした。
メスティにとって城は自分を追放した王の住む場所だ。色々と考えることがあるのだろう。だからこそそれを察したアリルは何も口にしなかった。
そんなメスティに着いていくと大きな建物へとたどり着いた。メスティに文字を教えてもらったおかげでそこがなんなのかアリルにもわかる。ここは村に住んで居たアリルにとってちょっと憧れる場所だ。
「ここはギルドですね?」
「ああそうだ。まずはここで作物の買取を頼む。街で何をするのにも資金源は必要だからな。先に俺のギルド証の更新をするから二階に行くぞ。」
初めてのギルドに入るアリル。するとそこでは普段見ることのないほど大勢の人々が忙しく働いている。典型的な田舎からのおのぼりさんのようにキョロキョロするアリルを見かねたメスティはその手を引いて足早に二階へと移動する。
「一階は納品や買い付けに来た業者が主だ。俺たちみたいなのはまずは二階に行く必要がある。それから二階に上がったら俺から離れるなよ。あと…」
メスティは足を止めてアリルへと魔力を送る。メスティの魔力がアリルの体を包み込む。それを確認するとメスティは頷いて二階へと上がって行く。
一体二階には何があるのか。緊張と楽しみを併せ持っていたアリルの感情は二階へ上がった瞬間に恐怖一色へと変わった。
そこら中に屈強な男たちが並んでいる。数人女性の姿もあるが、誰も彼も歴戦の戦士のような風貌だ。それを見たアリルはメスティの服をギュッと握りしめて絶対に離れないように着いて行く。
「おいあれ…」
「ああ、間違いない。奴だ。」
「だがあいつは…」
こちらにも聞こえるくらいの声で明らかにメスティとアリルのことを話している。それに気がついたアリルは恐怖で心臓が熱くなるほど脈打つ。するとメスティは可愛らしい受付嬢の前にたどり着いた。
「久しぶりポードライトさん。ギルドカードの更新したいんだけど、失効してないよね?」
「ええ、大丈夫ですよメスティ様。あの噂が街中に広まってから姿を見ませんでしたが、これまでどこに?」
「辺境の地で孤独に暮らしていたよ。街への接近禁止令もあったからね。今日は許可を取ったから久しぶりの街だ。あ、それから納品書のリスト見られる?」
「ええ、もちろんです。更新のために一度ギルドカードをお預かりします。時間がかかるのでそちらでお待ちください。」
ギルドカードを渡したメスティは近くの空いている席に腰をかける。アリルもすぐ隣に腰をかけるがずっとこちらを観察してくる視線が恐ろしくてずっと震えている。それこそメスティが気を利かせて飲み物を頼んだことにも気がつかないほどに。
そしてそんなアリルの恐怖は現実のものとなる。一人の大男がこちらに向かって近づいてきたのだ。それも明らかに敵意をむき出しにして。それを見たメスティはアリルの頭に手を乗せるとそのまま撫でてやった。
「よぉよぉ…女とイチャイチャしてんじゃねぇか。久しぶりだなメスティ。」
「お前こそ久しぶりだなハドウィック。ランクは上がったか?」
「ああ、もちろん上がったぜ。今じゃギルドの稼ぎ頭よ。それで?みょうちくりんな加護を授かって辺境送りのお前はこんなとこで何してんだ?みんなも知ってるよな!」
皆に訴えかけるハドウィック。すると所々から笑い声が聞こえる。それを聞いてさらに震えるアリル。もう今にも倒れてしまいそうだ。そしてそんなわかりやすく怯えているアリルに気がつかないハドウィックではない。
「おいおいかわいそうに子猫みたいに震えてるぜ。お嬢ちゃん。俺たちにいじめられたくなかったらここから消え失せるんだな。まあここから動けたらの話だけどな。」
「おいハド、こいつは俺の連れだ。手を出したらただじゃおかねぇぞ。」
「ただじゃおかない?オメェ…誰に向かってもの言ってんだ?あ゛?」
メスティへと詰め寄るハドウィック。それを見たアリルはメスティの服を震える手で掴んでここから去ろうと声なく訴えた。しかしメスティはなんとも余裕そうな笑みを見せている。
「そう絡むんじゃねぇよハド。ほら、お前の大好きな掴み合いでもやろうぜ?」
片手を突き出し、指先を動かして挑発するメスティ。それを見たハドウィックはまるで襲い掛かるようにその手を握った。ここからは完全な腕力勝負。しかし未だ座ったままの青年メスティと大男のハドウィックではその差は歴然。誰もがそう見えた。だがその差は逆の意味で歴然であった。
「い、いでぇ…ふ、ふざけんな…俺は…このギルドの……」
「前よりかは良くなったなハド。だが図体ばっかりでまだまだだぞ。もっと飯を食え飯を。そんで働きな。」
まるで赤子を捻るかのように余裕の笑みを見せるメスティ。立ち上がっていたハドウィックは膝をついて頭を床に擦り付けそうだ。するとそこへ先ほどの受付嬢がやってくる。
「メスティ様、ハドウィック様。ギルド内での喧嘩はご法度ですよ?」
「ただじゃれてただけさ。そうだろハド。俺たち仲良し。ああ、今日泊まるところないから泊めてくれ。いいだろ?なんてったって友達だからな。」
「な!…あ、ああ…わかったよ。」
「ね!俺たち友達。だからただのお遊び。それよりも更新終わった?」
「ええ、終わりました。それから納品書のリストです。」
「ありがとう。アリル、こっち頼んだ。俺はこっち見るから。」
さらりと納品書のリストを確認するメスティ。それを見たアリルの体から震えは消えていた。周囲からの視線も感じない。すると調子が出てきたのかアリルはすぐに納品書のリストを確認していった。
そしてそれから1時間後、納品書のリストから納品できるものを選択し、その納品依頼を受けてすぐさま納品を開始する。だが納品書のリストだけでは足りない。まだまだ出荷したい作物が多くある。
「納品依頼以外のものも出荷したい。買い取ってくれる?」
「多少お値段は下がりますが可能です。では納品したいものをこちらに。」
メスティは時空ムロからどんどん作物を取り出して納品していく。納品依頼のある作物は通常よりも多少高く買い取ってくれる。こうやって依頼のないものを出荷させる場合はどうしても値が下がってしまう。それでも量を出せばなかなかの値になるはずだ。
「量が多いので査定結果は明日になります。昼前までには出しておきますのでよろしいですか?」
「それで大丈夫です。あ、それからこれなんですけど…」
メスティはキュウリを何本か出す。それを見た職員は興味深そうに見ている。それを新種の作物だと伝えるとさらに興味深そうに見てくる。
「とりあえず何本か出しておくから査定してくれる?美味しいから。」
「わかりました。いくつかの商会に話してみます。」
キュウリの美味しさを知ってくれれば今後の大きな収入源になるかもしれない。なにせこの世界でキュウリを作れるのはメスティだけだ。
そしてこの日はギルドカードの更新と出荷で丸一日潰れてしまった。出荷量がかなりのものだったからというのもあるのだろう。メスティたちがこうして街に来ている間もガル、ギッド、ゴラスの3人が頑張って収穫してくれたおかげだ。
ただ今日は出荷しただけ。現金が殆ど手元にないため、どこかに食事に行くこともホテルに泊まることもできない。するとメスティは本当にハドウィックの家へと向かい始めた。
「ほ、本当に行くんですか?」
「ん?そういう話してただろ?どちらにしろ泊まるところなんて他にはないんだから。」
「でも…あんな粗暴な人のところなんて…な、何か良くないことに巻き込まれるかも。あの人は敵です!危ないです!」
ハドウィックのところに泊まるなどあまりに危険だ。メスティが強いからといって寝ている間に何かされたら対処できないかもしれない。命の危険がある。それを思うアリルは落ち着かないのか動き回る。するとそんなアリルに対しメスティは軽くチョップをする。
「あぅ……痛いです。」
「俺の友達をあんまり悪く言わないでくれ。」
「友達って…あれは友達とは……あんなに怖い顔しているんですよ!」
「見た目に惑わされるな。お前はちょっと感情的になってる。冷静に考えてみろ。そうすればわかる。」
「冷静にって…喧嘩御法度のギルド内で喧嘩売って来た人です。悪い人です。」
「はぁ…あの時俺とお前は注目を浴びていた。俺は変な加護を得て弱くなったという情報があった。お前はお前で横でブルブル震えている。格好のカモだ。金目のものを毟り取れるな。あのままギルドを出たらいらぬ襲撃に遭っていた可能性がある。」
「それは…確かにそうかもです。」
「俺はギルドですごいと思う人間が4人ほどいる。一人はギルマス。もう一人はポードライトさん。あの人は本当に仕事ができる。あとギルドの解体業者。そんな中でも一番すごいと思うのはハドウィックだ。」
「…あの人がですか?」
「あいつはあんな見た目だけどすげぇお人好しなんだ。自分のことを顧みないほどにな。今日の俺らみたいに余計な喧嘩に巻き込まれないようにあんなに目立つように喧嘩をふっかける。あれだけ目立ったんだ。俺とお前のことを知らないギルド員はまずいない。そして圧倒的な力でハドウィックを倒した。ハドウィックはギルド内でも中堅より上だ。そんな俺らに手を出そうなんて馬鹿はまずいない。仮に俺が負けたとしてもハドウィックに目をつけられた奴ということで横から手を出そうとする奴はいなくなる。」
「え!わざと喧嘩売ってくれたんですか?」
「そうだよ。あいつに助けられたギルド員は多い。まあそのことに気がつかない奴も多いけどな。前なんて身の丈に合わない依頼を受けたギルド員を見守るためにその周辺でできるやっすい依頼受けたくらいだ。奥さんも子供もいるから金も必要なのに。」
「結婚しているんですか!?」
「ああ、しかも美人。年下の姉さん女房って感じだな。器量も良いし炊事洗濯なんでもよくやる良い奥さんだよ。」
「あんな人に…美人な奥さん…」
「これだけは覚えておけ。ハドウィックとその家族には絶対に手を出すな。もしも手を出したらハドウィックに恩義を感じている奴らから袋叩きにあう。もちろん俺もその一人だ。あと何か困ったことがあったらハドに頼め。俺の連れってことでお前のことも覚えているはずだ。たいていの頼みは叶えてくれるだろうさ。」
「え…ものすごい良い人じゃないですか…」
「だからそう言ってんだろ。まあ俺の言葉が嘘かどうかは今日ハドのところに泊まった時に見極めれば良いさ。ほらこっちだ行くぞ。目印はあの孤児院の建物だ。孤児の子供たちに何かあった時に駆けつけられるようにって孤児院の近くに住んでいるんだ。」
「良い人!」
「ハドも孤児院出身だからな。稼ぎの半分は孤児院に寄付しているくらいだ。本当はギルドの中堅より上なんだからもっと良いところで良い暮らしできるんだけどな。」
「すごい良い人!!」
「ハドがいるから昔と比べて孤児院の孤児の死亡率がガクッと低くなった。休みの日なんかは子供達に勉強教えてるんだ。元々ハドは文字もろくに書けないくらい頭悪かったんだけどな。俺がハドに教えてやったんだ。今じゃ孤児院では先生なんて呼ばれているぞ。」
「めっちゃ良い人!悪く言ってごめんなさいハドさん!!!」




