第1話 魔導農家ってなんですか?
新作書きました。9月中は毎日投稿します。
視界の先まで草原が広がる。かつては巨大な森であったこの一帯は戦争や国による大規模な建材収集により木々のない土地となった。ただ十数年も経てば再び木々が生い茂る土地になることだろう。なんせここはもう誰も手をつけていない土地なのだから。
そんな草原の中に一本の街道が通る。かつて大規模に伐採した木々の搬出のために作られたこの街道は今でもしっかりとしている。ただしこの街道を使うのは年に数人しかいない。そして今、老馬に引かれながら一台の荷馬車がのんびりと揺られていく。
荷馬車に座るのは1人の老人。荷物はわずかな塩瓶と細々とした生活必需品。そして荷物を抱えた1人の少年である。
「のどかな道だねぇ…風が気持ちいいや。」
「お〜い、水取ってくれ。」
「水ね。はいはい…はいこれ。もうだいぶ少ないからどっかで汲んだ方が良いんじゃない?」
「この辺は草しかないから水なんぞない。…そろそろ駄賃代わりの水をくれんか?」
「お安い御用だよ。」
少年がくるりと手を動かすと手のひらの上に拳2つ分ほどの水球が浮かんだ。そして老人から水筒を受け取るとそこに満杯になる程、水を注いでやった。
「おお、ありがたやありがたや。魔法は便利じゃのぉ…」
嬉しそうに水を飲む老人。普段ならばこの老馬の分まで水を乗せなくてはならない。だがこの少年のおかげで水を乗せずにすみ、さらに浮いたお金で多めに塩を買えた。少年としても馬車にタダで乗れたのでずいぶん助かっている。
「しかし魔法使い様がこんな辺鄙なところに何の御用なんですかい?」
「ん〜…爵位と領地を貰ったんでね。そこへ向かっているんだよ。」
「へぇ!お貴族様ですか。そいつは失礼しました。土地がもらえるなんて羨ましい。もしやうちの村ですかい?」
「いや。もっと別の場所だよ。もっともっと別の…誰もいない場所。ただの追放だよ…」
「え?今なんて?」
「何でもないよ。少し休ませてもらう。」
ごろりと寝転がる少年。そしてそのまま瞳を閉じて眠りについた。
「次、祭壇に上がりなさい。」
初老の男に呼ばれ、自分と同じクラスの男が祭壇の前に座る。そして祈りを捧げると光が男を包み込んだ。そして光が弾けた時、男は数秒前とはまるで別人と言えるほどの魔力量を有していた。
「汝に授けられたのは戦士の加護。明日からの配属は戦士科となります。」
「ただの戦士かぁ…まあいいか。」
自分の受け取った力に満足していないのか不満そうに祭壇を降りる男。そんな男がちらりと羨望の眼差しを自分へと向ける。それだけ自分は期待されていた。
すると今度は1人の女が立って祭壇へと向かう。そして祭壇へ登る前にこちらに視線を送った。ただしこの視線は羨望ではない。負けられない、勝負だという力強い闘志の視線だ。
自分はふらりとその視線を躱そうとする。だがそう簡単には逃げられないだろう。彼女から敵視されるのは今に始まったことじゃない。
そして祭壇に登った彼女を光が包む。先ほどまでの光よりも数段強い光だ。会場からもどよめきが起こる。
「素晴らしい…汝の加護は魔法騎士の加護です。戦士系上位職の騎士に魔法を合わせた素晴らしい加護です。あなたが配属される科は……後日学園長と会議して決めましょう。」
「ふふん!まあこんなものですわ。さあ…次はあなたの番ですわよ!!」
祭壇の上からビシッと指名される。それに対し自分は苦笑いしかできない。そして夢の中で追体験している自分としてはただ彼女に謝罪するしかなかった。
「では次で最後ですね。メスティくん、祭壇の前へ。」
ようやく最後に自分の番が指名された。そして立ち上がり祭壇へ向かう自分を今日一番のざわつきが送り出す。
祭壇の前に立ち、緊張の中ゆっくりとしゃがみ、祈りを始める。するとその瞬間、会場中を照らす光がメスティの体を包み込んだ。
「なんと!これは一体……おお!!魔導の…魔導の文字が見えます!!!」
歓声と悲鳴が上がる。それもそのはずだ。全ての加護の中でも最上位に当たるのが魔導と呼ばれる超級加護だ。世界有数の大国であったとしても片手ほどしか魔導の加護を持った人間がいない。
魔導の加護を持てばそれだけで一国の王になれる。ほんの小さな小国が数年で大国になる程の影響力を持つ。それだけの力がある加護なのだ。
問題は一体なんの魔導の加護なのか。隣国の魔導拳闘家ならばその一拳で山を穿つ。謎の多い魔導飛脚人ならば世界の端から端まで翔けるという。ただ魔導の加護は世界に一つしか存在しない。一つとして同じものはないのだ。同じ魔導の加護を得るためには元の魔導加護の保有者が死ぬまで待つしかない。
メスティが授かる魔導の加護はこれまでの歴史上に存在した加護か、はたまた未知なる加護か…
そしてメスティから光が消えた時、鑑定官はその加護を読み上げた。
「魔導農家!魔導農家の加護です!!」
「魔導…農家?なにそれ……というか待って。この感じ…体内魔力に変化がない?」
本来加護を授かれば必ず変化するはずの体内魔力に変化がない。メスティは慌ててその場で胸をさらけ出す。メスティの胸の中央には魔力を持っている人間にだけ存在する魔結晶という小さな石が存在する。
そして加護を授かるとその魔結晶周辺に魔紋という刺青が浮かび上がるのだが、それが一切ない。いくら魔力を込めても魔紋が浮かび上がることはなかった。
「確かに加護は授けました。しかし…おそらく何かの条件を達成しなければ魔紋が授けられることはないのでしょう。すぐに城の蔵書を調べましょう。大丈夫です。何かの手がかりが見つかるはずです。」
「わ、私も調べます。絶対に糸口を見つけてみます!」
メスティは目を覚ました。周囲は赤く染まっている。もう夕暮れだ。ずいぶん寝ていたらしい。すぐにどのくらいまで移動したのか確認するとこの先に森が見える。
「村の方向はどっちだい?」
「んあ?起きたんか。村はここを曲がったところだ。暗くなるが今日中に村には帰れる。」
「そっか。ならお別れだ。俺が行くのはこっちだから。」
「もう暗くなるのに森に入るのか?あぶねぇぞ。村で一泊してけ。」
「ありがとう。でも…しばらくは人里に近づくのは禁止されているんだ。」
「ん?今なんて言った?」
「ここまで乗せてくれてありがとう!それじゃあ行くから。」
メスティは馬車を飛び降りると魔力を足に込め、その場から消えるように立ち去った。まるで狐につままれた気分の男だが、荷台を見るとお礼としてわずかな貨幣が置かれていた。