+Just JoKing
ラブコメと言ったら「おもしれ―女」だよね、と思った結果がこちらです。
「田中くん、好きです。付き合ってください」
「嬉しいな。ありがとう。ところで、俺は平行世界の地球出身で将来は地元に戻る予定なんだけど、その時はついて来てくれる?」
「…… は?」
「平行世界の地球では、ずっと昔から優生学を実践してきたんだ。まあ、簡単に言うと眉目秀麗文武両道の人類を選別し続けてきたってことなんだけど、そのおかげもあって、平行世界間を移動できるくらいに文明は発達できたんだ。でも、一方で、種の多様性が失われてしまってるんだよね」
「…… えっと?」
「そのせいで、免疫の型に偏りが出来ちゃってて、ちょっと前に死に至る病が流行ったときに人口が激減してしまってさ。それで、俺は遺伝子の多様性を取り戻すために、より原始的な人類がいる地球に伴侶を探しに来たってわけ」
「…… 断られてるのかな?」
「俺のことが好きならついて来てくれる? 科学はここよりも発達してるし、そう悪いところじゃないよ」
「バカにしないで!」
静かな図書室に、ぱちん、と破裂音が響く。図書室の最奥にある本棚の陰で、わたしは思わず肩を竦める。もちろん、本棚の陰にいるので会話をする二人の姿は見えない。
バタバタと走り去る足音。 …… 扉はもう少し、静かに閉めた方がいいんじゃないかなぁ。
勢いよく閉まる扉を心配するわたしのカバンの中でスマホが鳴る。
わたしは焦る。連絡を待っていたこともあって、マナーモードを解除していたんだ。
できるだけボリュームを下げていたはずなのに、静かな図書室に単調な電子音が響き渡った。
スマホに手を伸ばす前に、本棚の向こうから、予想通りの人物が現れた。腰高窓の高さに合わせた本棚に座るわたしを見て、困った表情を浮かべている。
「井上さん、その、いつから」
わたしは気まずく手にしたスマホを玩ぶ。表示された通知元は好きな歌手の公式アカウントからのもので、待っていたものではなかった。
「…… わかってると思うけど、後から来たのはそっちだからね」
「そうだね。うるさくしてごめん」
わたしの言い分に、特進クラスの彼 ―――― 田中穣(ただし、仲がいい子たちはジョーと呼んでいるようだ)は困った表情を浮かべる。
そもそもわたしが放課後の時間を潰していたこの場所に後から来たのは図書委員の田中であり、先ほど走り去ったかわいらしい声の主(おそらく私立文系クラスの古賀さん)だ。
「…… あの、このことは」
「誰も言わないよ。彼女がどうするかは知らないけど」
「ありがとう」
自分がフッた女子を気遣い、ほっとしたように肩の力を抜く田中は、先ほどまでよくわからん話を口走っていたとは思えないアイドル系イケメンである。
そう、普段の彼はイケメンで成績優秀で運動もでき、嫌味のない性格は先生たちはもちろん、男女関係なく同級生たちからの信頼も厚いという、少女漫画ならヒーロー …… いや、出来すぎてつまらないため、当て馬あたりに配置される系の男子だ。少なくともさっきみたいなアタマおかしい発言をするようなヤツじゃない。
「…… フるとしてももう少しやり方があったんじゃないかな」
思わず零れ落ちたわたしの言葉に、田中は困ったように眉を顰める。
「フッたつもりはなかったんだけど」
「えぇ?」
「付き合ってから知るよりいいかなって」
いやいや、どう考えてもフッてるでしょ、あれは。わたしが抗議の意味を込めて、訝し気に見やれば田中は苦笑いを浮かべてみせた。
「…… その設定まだ続くの?」
「設定とかひどいな」
わたしの問いに田中は笑って口先だけで非難する。わたしは付き合う気はないけど、沈黙するのも気まずくて、言葉を探す。
「…… そもそもうちらの歳で結婚とか重くない?」
「俺、あっちだと一応、王だからさ。できれば早く帰って来いって言われてんだ」
その設定、まだ続けるんかい。
大体、田中は王様と言うよりも、王子様って感じである。と言うか、一部の女子の間ではそういう扱いを受けている。
「王子じゃなくて?」
わたしが茶化せば、田中はきゅっと目を細めた。笑っているようにも、何かを誤魔化しているようにも見える。そして、さすがイケメンである。誤魔化されたいって思う子も多そうだ。
「先王だった父上は流行病で亡くなったんだ。だから第1王子だった俺が即位済み」
「え、…… 死を冗談に使うのはどうかと思う」
田中の表情に戸惑いながらも、わたしが諫めれば、彼はわずかに眉間に皺を寄せて、口の端を歪める。
冗談だよね?
その確認の言葉を呑み込んでしまった。
なんだかひどいことを言ってしまったような気がして、わたしは仕方なく、田中の冗談に付き合うことにする。
「まぁ、田中が王様だとしてもさ、田中がこっちに移住?(でいいのか?)すればいいじゃん。本当に相手のことが好きならさ」
わたしの提案に、田中は半ば呆れたように笑う。
「7000万の民を捨てて?」
数字が具体的だな? どんだけ設定造りこんでるんだろ?
少し悩んだ末、さらなる提案を口にした。
「兄弟はいないの?」
「妹と弟がいるけど」
「女王とか素敵じゃない?」
「そんな簡単じゃないよ」
わたしの再度の提案に田中は、今度は明らかに呆れて大きく息を吐く。そんな姿も様になることに、わたしはムッとして、言い返した。
「簡単じゃないからときめくんだよ。100年後には王冠を賭けた恋になるかもよ」
わたしの反論に、田中は目を見開いた。
つか、本当にかっこいいな。でもなんというか、本当に芸能人的な、現実味がないかっこよさだ。
その姿をみて、わたしは自分の失言に気が付いた。
そもそも、田中の野郎、恋愛で努力したことなさそう。
反論にならなかったな、と彼を見上げれば、田中はわたしをマジマジと見つめてきた。
「なに、」
「いや、井上さんがそういうの、ちょっと意外で」
「どーいうこと?」
「もっとドライなタイプかと」
「…… そんなこと」
「でも実際は?」
「まぁ、王位捨てて来られたら結婚なんてメじゃないくらい重たいし、たとえ好きだったとしても自分の立場をわきまえない無責任さにちょっと引くかも」
「だよね、」
正直に答えれば、田中はくしゃっと顔を歪めて噴出した。いつもそつのない彼にしては、ちょっと珍しい気もする。
「やっぱりドライじゃん」
結局、結論付けられた田中のわたしに対する評価は変わらなかったようだった。
ドライだって(笑)。ウケる。
わたしは視線を田中から窓の外 ―――― 放課後の校庭へと視線を投げた。
校庭では運動部に混じり、吹奏楽部が基礎練習している。
「それとも ………… 身に覚えがあるのかな?」
「なんの?」
「簡単じゃない恋」
「は?」
「まるで自分を律するみたいに理性的であろうとする」
唐突な田中の言い分に、わたしは再び彼へと向き直った。田中は面白そうに口の端を撓ませた。アイドル顔負けの完璧な笑み。
「井上さんは好きな人いる?」
彼の質問の意図がくみ取れず、わたしは困惑して眉を顰めるしかない。
さらには、何も負い目がないはずなのに、先ほど彼らの告白現場をのぞいてしまった後ろめたさから、正直に答えてしまった。
「………… いるよ」
「どんな人? 同じ学校?」
しかし、さすがにその追撃に答える義理はない。わたしは彼を無視して、再び校庭へと視線を投げた。
無視したにもかかわらず、田中はわたしの傍によると、本棚の天板に手をつき、窓の外を見やる。
「…… そういえば、井上さんが図書館くるのって珍しいね?」
「たまにはね、」
彼は視線を校庭に向けたまま問う。
「好きな人、ここから見えるところにいる?」
「知ってどうすんの?」
わたしはわざとらしくため息をついてみせた。
今度はわたしが呆れて彼を見やる。見上げれば、彼もまたわたしへ意味深な視線を投げてきた。
「………… 気になる子の好きな人って気になるなって」
「は?」
「冗談だよ、」
どこからどこまで?
田中の顔を見ても、アイドル顔負けの爽やかな笑顔。かえって胡散臭い。
少しだけ考えたけれど、すぐに思考を放棄した。
わたしが再び窓の外に視線を投げれば、校舎から教師が出てきてグランドへ向かう。
音楽担当でブラバン顧問の竹本先生だ。
ジャズとかやる先生で、授業で披露されるピアノの他にもサックスが吹けるらしい。見目も悪くなく、スラリとした長身で生徒たちに人気がある。
「…… 竹本先生だ。熱心らしいのに部活開始に遅れるなんて珍しいな」
「竹本先生だって担任持ってなくてもいろいろ忙しいでしょ。今度テストあるし、その準備とか」
田中の言葉にわたしは思わず先生を擁護するようなことを口走った後、自分の失態に気が付いて口を噤んだ。
田中は怪訝そうにわたしを見て、そして、ふと、思いだしたように「そういえば竹本先生、結婚したんだっけ」と言った。
わたしは「そうだね、」と軽く相槌を打つ。
竹本先生の結婚は、先日の授業で、本人から告知があった。
日頃、先生のことを好きだと公言していた友人をからかい半分、慰め半分で視線投げれば、彼女は大きな目を見開いていた。
その時、わたしは気が付いた。
わたし達が思うよりも、ずっと彼女は真剣に恋をしていたのだ。
皆でいる時は、明るく振舞っていた彼女は、わたしと二人きりになると、ふと、その大きな目から涙を零した。
もちろん、わたしは驚いたけれど、もっと驚いていたのは彼女自身だった。
『ごめん、結構本気で好きだったんだ』
彼女はそう言って、ひとしきり泣くと、『気持ちだけでも伝えたいな』と呟いた。
その日の放課後、まろやかな曲線を描く頬を辿る涙は、夕日を反射して本当に美しかった。
黙り込んだわたしに、田中は何を思ったのか。
「井上さんの好きな人って、竹本先生?」
つまらないことを聞く田中に、わたしはできるだけきれいな笑みを浮かべて見せた。田中みたいにはいかないけれど。
「だったらなんだって言うの?」
わたしの返答に、田中は自分で聞いた癖に衝撃を受けたように肩を揺らした。
「え!? マジ?」
わたしは答えず、ただ意味深に口の端を持ち上げる。
「マジかぁ ……」
何故か落胆したように繰り返す田中に、わたしは先ほどの彼を真似してみせる。
「冗談だよ?」
さすがにアイドルみたいな笑顔は無理だったが、田中はわたしの顔を見て腕を組んだ。
「う~ん …… 井上さんのそういうとこ、本当に読めないよね」
お互いさまもいいところである。そもそも、わたしと田中は分かり合えるほどに仲良くないし、何なら、こんなにしゃべったのは初めてだ。
とりあえず、彼のことをよく知らないわたしから彼に言えることは一つだ。
「…… まあいいけど、田中はさ」
「うん?」
「冗談のセンスあんまりないみたいだから、マジメに生きた方がいいよ」
わたしの提案に、彼はいったん目を見開き、そしてやはりアイドル顔負けの笑顔を浮かべた。
「アドバイスどうも。 …… 井上さんは面白いよね」
田中の心外な評価に、わたしが眉を顰めた瞬間、手の中でスマホが鳴る。
通知画面を見るために、画面を表に向ければ、そこには待っていた友達からの通知が表示されていた。
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